表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

第一話 母が詐欺師だった件

母親は酒場で、俺を女手一人で育てていた。


「ウィルター。アンタのお父ちゃんは、貴族様だよ。アンタは領主様の子どもでさ、あの方もご存知さ。絶対、迎えに来てくれる」


確かに俺は、見目の良い子どもだった。

とはいえ、母親の見目も良かった。

娼婦のような仕事もしていた。

そして、どうやら若い頃の客の一人が、領主様だったらしい。


母は美しくて下品で強欲な人だったが人気があった。そして俺で夢を見ていた。


俺が12歳になったころだ。


ついに、夢は現実になった。

ご領主様の使いが、迎えに来たのだ。


ただし、俺一人だけを。


「どうしてっ! アタシはこの子の母親だよっ! この子を産んだのはアタシだっ! アタシも連れていけ! ねぇ、連れていっておくれよ!!」


母は迎えに来た者たちに喚き、様子が変わらないと打って変わって懇願した。

俺は迎えと母親を交互に何度も見遣っていた。


「あの、かあちゃんも一緒に」

「いいえ。ご子息だけをお迎えにあがりました。血を引いておられるのはご子息のみで、私どもはご子息のみをお迎えするよう命じられております」

「わぁあああああ!!!」


母は頭を両手で抱えて喚き崩れ、オロオロする俺の足首を涙で濡れた手で掴んだ。

「いいや、アタシもだ。あんただけなんて無い」

俺の足首を掴み俺を見上げた母の顔は、化け物のように恐ろしかった。

初めて見る様子に俺は怯え、身を離そうとしたが足首を捕まれている事で動けない。無理に引っ張られて、俺は腰を抜かすように尻もちをついた。


「ご子息の幸せを願うのが母親というものでしょう。あなたには当面のお金をお渡しします。よくここまで育てられた。あとはご子息の立派な成長を祈り陰から見守り、決して邪魔にならないようにする、それが母親というものではありませんか」


冷たさのある態度で迎えの一人は立ったまま、母を見降ろしながらそう告げた。


「どうして、アンタだけ、アンタだけ、嫌よ、だってアタシが領主様の寵愛を受けたのに、アタシが受けたのに!」

「冷静なご判断を。さて、そろそろ別れのご挨拶をしていただきたい。今生の別れとなりますから。後で悔いのないよう、母子らしい会話を交わされることをお勧めします」

「嫌です、母ちゃんも一緒でないと、俺は行かない」

こんな状態の母を残すなんてあり得なかった。

良い母親かと言われればそうでもなく、男をとっかえひっかえして、色々困ったことも多いけれど、俺を愛してくれていた。引き離されるのを抵抗して当然だ。


「いいえ。そんな自由はあなたにはありません。迎えがあった幸運のみ喜ぶべきです。私たちについてきてくださいますように。食べるもの、住むところに不自由はありません。ただし、仕事をお願いします」


「仕事?」

「仕事」

俺は尋ね、母はただ繰り返して顔を上げた。


「えぇ。ご子息は、使用人として屋敷に迎え入れられます。態度によって、お立場は変わるとも聞いております。努めて殊勝な態度であるほうが、よろしいかと。これは私の個人的な意見ですが」


仕事、と母親がまた呟いた。


そして尋ねた。

「あんたたちは、本当に、本当に、このアタシを、置いていくの。連れていかないっていうの」

「その通りです。ですから、別れの言葉の時間だけ、お待ちいたしましょう」


母は震え、相手を睨み、そのまま俺を睨んだ。そしてまた相手を睨んだ。


「出て行って」

「それは叶いません」


「いいや、別れの言葉ってのの時間をくれるっていうなら、その間、出ていきな!」

「秘密の会話ですか。・・・まぁ良いでしょう。20秒だけ、待ちましょう」


20秒。恐ろしく短い時間に驚いた。

そして、直後に言葉通りに迎えの人たちが家を出て行く。


俺は即座に、母に詰め寄った。

「どうしよう、母ちゃん、俺」

「・・・」


母は俺を凝視していた。睨んでいた。


「母ちゃんも一緒に行こう、絶対領主様がなんとかしてくれる、俺の父親なんだろ、なぁ」


母の喉がゴクリ、と動いた。

何を言うのかと俺は口をつぐんだ。真剣に母を見つめ返した。


「アンタだけ、なんてね。はは、やってられないわ」

母の顔が歪んだ。笑ったのだ。


「20秒。入ります」

外からの声がした。

俺の顔が引きつる。


母が俺の耳元に口を寄せた。


- アンタ、ほんとは領主様の子じゃないんだ -


聞こえた言葉に、思考が停止する。

母の顔を見つめる事しかできない。

俺をあざ笑っている。見下している。


その表情に、悟った。

母の長年の嘘だったのだ。騙していたのだ。


母がこんな顔で見下すなら。俺に貴族の血など流れていない。


母は今、俺に向けても怒っている。

俺だけが母の嘘の恩恵を受け、一方の母自身は報われない事に。


扉が開く音がした。足音が近づいてくる。


母は、ニコリと美しい笑みを見せた。商売で客に見せる顔だった。

「うまくおやり」

絡みつくような女っぽい声で。


それが別離の言葉になった。


重くて冷たいものが、俺の心の中に埋め込まれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ