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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

代官と子供2 〜代官の息子と子供〜

作者: カスミ楓


「勝負だ!」

「お断りします」


 代官から息子と娘の教育を頼むと言われてから五日後、僕はスラムでポーションの作り方を教えていたら、突然誰かが怒鳴り込んできました。

 そちらを見ると、身なりの良い中学生くらいの男と、僕よりちょっとだけ年上のやけに綺麗な女がギロリと僕のほうを睨んでいました。

 ……誰この人たち?

 一瞬そう思ったものの、すぐ代官の息子と娘だと察しがついてしまいました。


「ダメだ、私の上司なら強くなければならぬのだ!」

「では貴方が僕の上司で構いませんよ」

「え?」


 いきなり人に剣を向けて勝負だ、なんて言われても訳が分かりませんので即座にお断りしたのですが、それでもしつこく食い下がってきましたので更にお断りしたら驚かれました。

 ちなみに背後には三人ほど騎士がいらっしゃいます。たぶん護衛でしょうけど、自分たちは護衛が仕事でありそれ以外は受け付けません、といった表情です。


「いやそれは困る。私は貴様の部下になれと父上に命じられたのだ。ならばまずは貴様の腕を見るのが常識だろう?」

「それはどこの常識ですか? 聞いたことありませんよ。それに僕は剣なんて、使えるどころか触れた事すらありませんよ」


 元冒険者の息子とはいえ子供、しかも一年前に孤児となったのです。剣なんて買えるお金があるのなら、パン買います。

 もちろん両親は武器を持っていましたけど、さすがに子供の僕には触らせてくれませんでしたし、そっちよりポーション作りをたたき込まれていましたからね。


「ではどうやって貴様の腕を見れば良いのだ?」

「知りませんよそんなこと。それ以前に僕は頭脳労働担当ですから、正直に言えば強くないですよ。あ、ここはこうしないと魔力にムラが出てしまいますよ」

「「はーい」」


 彼らが怒鳴り込んできたにもかかわらず、ポーション作りを教えている二人の子は我関せず、とでも言わんばかりにゴリゴリと薬草を練っています。

 素晴らしい集中力ですね、将来大物になれます。


 ポーション作りには少しですけど魔力が必要です。そして人間は魔力持ちはそこまで多くありません。

 僕は幸いエルフの血が四分の一ほど混じっているので、普通の人間より多く魔力がありましたからポーションの量を多く作れますが、彼らはそうではありません。

 だからポーション作り以外にも資金源を考える必要があるのです。なので勝負だ、と言われてもそんな時間は取れないのです。


「妹よ、こういう場合はどうすれば良いのだ?」

「きっとこの子は剣よりも魔法が得意なのですよ。ポーションを作るには魔力が必要と家庭教師から聞いたことがありますし」

「なんと、それは貴重だな。ならば貴様は魔法を使っても良いぞ。心配するな、魔導師相手の訓練も欠かさずやっておる」


 相手にしない僕に、息子さんと妹さんは二人で何か相談しています。

 ま、確かにポーション作りに魔力は必要ですけど、それが魔法を使える、という事はありません。

 ポーション作りと魔法では、同じ魔力を使うと言っても全く違いますからね。実際僕も灯りと、ライターくらいの火を熾す、コップ一杯くらいの水を生み出す、この三つしか知りません。


「いえ、ですから僕は強くないですって」

「強くなくても良いのだ、貴様はまだ若いのだしこれから十分伸びる可能性は高い。それに、一度剣を交えばわかり合えるだろう?」


 いや、君も十分若いよね? というか、何ですかそのスポ根のような精神は。

 たぶんこのタイプは一度やらないと、ずーーーーーーっと言い続ける人です、全く面倒な。

 ふぅ、と僕は一つため息を付いて、二人に暫く休憩を取るように伝えました。


「分かりました、じゃ外でやりましょう」

「おおっ! 礼を言う!」


 ものすごく嬉しそうに笑う息子さん。うーん、あの笑顔ものすごく輝いていますね。

 そんなに嬉しいものですかね。


♪ ♪ ♪


 僕は連合王国生まれです。

 帝国と異なり、連合王国はそれなりに暖かく、ここまで雪が降ることはありません。

 そのため、雪場での戦いは正直苦手なんですよね。

 あ、一応この世界、武はそれなりに推進されているんですよ。治安もそうですし、町の外には危険も一杯ですからね。

 ですから僕も武器は持たせて貰えませんでしたけど、格闘はちょっとだけ囓ったことがあります。

 父曰く、素手で殴り合ってこそ漢! という暑苦しい人でしたからね。母はポーション一筋でしたけど。


 さて、僕は九才、対する息子さんは中学生くらい。これは非常に大きな差です。

 ぶっちゃけまともにやったら、勝ち目なんてないでしょう。

 体格もそうですし、相手は剣という武器を持っていて僕は素手ですからね。しかも戦いで使えるような魔法なんて目の前で火を熾してびっくりさせるくらいしかありません。

 でも……。


「うぐぁっ!?」

「お兄様!?」


 戦いが始まると同時に僕が瞬時に詰め寄り、そのまま腹に一発入れたら吹き飛んでいきました。

 あー、ちょっとやりすぎた?

 僕の父は人間でしたが、母はエルフと雪豹の獣人のハーフです。

 連合王国は十八の都市が集まって国を形成してますが、それぞれの都市を治めている領主は種族が異なるのです。

 ま、一番多いのは人間ですけどエルフやドワーフ、獣人やらハーフリングなど様々な種族が住んでいます。そのせいか血の混ざった人も多く、僕もそのうちの一人です。

 うん、四分の一ですけど僕は獣人の血が入っているのです。

 その分若干ですけど、力や速度は人間に比べ秀でていて、さすがに戦い慣れた大人の冒険者相手だと勝てないですけど、同世代の子供ならほぼ常勝なんですよ。

 いくら剣を持っている中学生とは言え、そうそう負けは……って、えええぇ!?


 彼は吹き飛んで壁にぶつかる直前、くるっと身体を回転させ足で壁を蹴ってこっちへ向かってきました。

 速いっ!?

 更に地面を蹴りながら加速し、掬い上げるようにして剣を振ってきます。

 ちょっ、それ当たったら死んじゃう!

 唯一、と言っても過言じゃない肉体の硬質化を使います。これは魔法ではなく、魔力を流し込んで密度を高くするだけなんですよね。その分魔力も馬鹿食いするけど、魔力操作さえ出来るなら誰でも使える便利な技なのです。

 拳に魔力を込め硬化させ、弾く様に剣を逸らせました。すかさず腹を蹴り上げますが、軽くジャンプして避けられました。

 雪の上なのにしっかり力のこもった一撃、さすが雪国生まれですね。っと、感心してる暇はなさそうです。

 というか、強くないですか?

 蹴り上げた足を振り下ろし、頭を狙うけど簡単に腕でガードされました。


 おかしいです。

 スラムで僕は口八丁手八丁で孤児たちを丸め込みましたけど、もちろん口だけじゃなく時には力も見せつけました。

 特に犯罪を常時侵してる孤児などは力で押さえつけた後でないと、全く聞いてくれないんですよね。

 そしてその中にはこの息子さんと同世代の、中学生くらいの子だっていました。その子相手なら圧勝したのですけど、この子はまるで大人の冒険者のように僕の攻撃を軽く防いできます。

 しかも剣を使うくせに、手や足も使ってくるなんて対人を想定した戦い方ですね。

 魔物は体格の大きいものが多いし、単なる人が殴ったり蹴ったところで大したダメージを与えられないので、どうしても武器での攻撃のみしかしない人が多いのです。

 だから僕みたいに武器を使わない人ならともかく、剣を持ってて更に手足まで使う場合は、対人経験のある人が多いのです。


 左足を軸にくるっと周りながら右足で僕を蹴ってきます。

 でも力なら負けません!

 僕に流れる雪豹の獣人の血は、素早さに特化してて力はあまり強くは無いんですけど、それでも単なる人間よりは強いはずです。特に足は速度を出すため、かなりしなやかで筋肉質なのです。

 そこへ一気に魔力を流し込み硬化させ、更に腰を下ろし相撲取りのようなポーズを取りました。

 息子さんの足が僕の足に当たると、肉同士なのにまるで金属が当たったかのような硬質の音が流れ、その衝撃で僕のバランスが崩れそうになりました。

 うっそ!? 力押しで負けてる? 

 それとも僕の体格のせいか?

 僕は大体身長百五十センチ程度です。これは同世代に比べかなり大きい方ですけど、息子さんは百七十センチくらいと大人とあまり変わりないくらい。それに伴い体重だって相手の方が多いでしょう。

 質量の差は大きいって事でしょうかね。そういやこの子の親である代官も大柄でしたね。


 バランスを崩した僕へ、息子さんが追い打ちをかけるように腹へ正拳突きしてきました。

 ぐはっ、いったーーーい!

 簡単に吹き飛ばされましたが、何とか態勢を整え手足で地面を滑るようにして速度を緩和させます。

 ここで奥の手を使うか?

 僕は四分の一が獣人です。その獣人の一部には獣化という肉体を獣のように変化する事が出来る人がいます。

 最も僕は手足しか獣化できませんけど、それでも速度は今までより格段にあがります。


 滑ってた身体が止まります。手足は地面に付いて、その格好はまるで四本足の獣のよう。

 一瞬ここまで本気を出す必要があるか、と頭を過ぎりましたが、何となく負けられない気がするのです。ここは一丁やってやりますか!

 そして力を解放し、獣化をしようとした瞬間。


「はい、そこまで」


 その言葉が頭から振ってきたと同時に、僕の意識は刈り取られました。


♪ ♪ ♪


 私の名はロベルナルト=ノイゼンハルク。父カイラード=ノイゼンハルク子爵の正当な跡取り息子だ。

 我がノイゼンハルク子爵家は剣聖と呼ばれたバイスムンを祖とする武家の一つであり、更に公爵家、皇族の血が流れる由緒正しい帝国貴族だ。

 父上はその事に恐縮しているのかいつも胃に手を当てているが、私は誇りに思っている。

 それに皇族の血といっても大貴族なら殆ど流れているし、私の母も辺境伯家という大貴族の一人だったのだからそこまで珍しい訳ではないからな。

 さて剣聖を祖とする我が家は、当然剣技を幼少の頃から叩き込まれる。

 幼い頃から大人を相手取るのだ。ここ最近は身体も大きくなりそれに伴い力も強くなったし、対等に戦えるようになってきたが、子供の頃は正直かなり辛かった。

 だが対等、と言っても我が家に代々仕えている騎士は相当強い。

 更に父上は、それに輪をかけてもっと強い。

 身体だけは大人とさほど変わりなくなったが、それでも父上に勝てる自分の姿が全く思い浮かばない。何時になったら追いつけるのか。


 そんなある日、騎士隊長の一人で私の剣の師匠でもあるタイミアが面白いことを伝えてきた。

 父上がスラムから孤児を拾ってきたと。

 それを最初聞いたとき、剣の才能を持った子でも見つけたのか、と思った。

 我が家に代々仕えてくれている者たちは、大抵そうやって拾ってきたと言われている。この町は魔物と常に戦っている場所だから、腕に自信のあるものも多く居るからだ。

 最近はずっと格上の騎士相手ばかりだったので、気分転換がてら才能ある孤児のお相手でもするか、と思ったところタイミアに止められた。

 曰く、かの孤児は父上の執務室へ連れられているから試合は出来ない、と言うことらしい。

 一瞬思考が止まった。

 何故執務室?

 もっと詳細を聞くと、どうやら父上はその孤児にこの町の様々な執務を尋ねているらしい。

 この町はやっかいだ。

 魔物だけを相手にするのではなく、その利権に群がる亡者どもも数多く棲息する。果ては帝都にすら多いと聞く。全く、帝国貴族ともあろうものたちが嘆かわしい。

 我が母もその一人で、妹とよく密談を交わしている。

 幸い私は次期当主なので父上の側近たちに育てられたが、妹は違う。母上や妹の思考は到底私には理解できない。

 確かに我が家は武家だ。その側近や文官も武寄りになっていて、政治的な駆け引きは苦手な分野だ。

 本来なら母上や寄親の叔父上(母上の兄で辺境伯当主だ)がその辺りを補助してくれれば良いのだが、利益を全部辺境伯家へ持って行こうとするから、どうしても我が家だけで片づけなければならない。

 そんな町の代官の執務は非常に難しい事が多い。剣を振るだけでは勝てないのだ。私も苦手だし、父上だって胃に手を当てている。

 聞いた話によると、帝都や叔父上たちが我が家に優秀な文官たちが揃うのを邪魔しているとか。

 つまり食い物にされている訳だ。この町に来るような冒険者たちは腕っぷしだけの者が多いから、在野で拾う事も出来ない。

 そんなさじ加減の難しい事を父上が孤児に、もっと言えば子供に尋ねている?

 理解出来なかったが、父上のカンは凄まじい。野生動物かと思えるくらいだ。

 その父上が子供とはいえ執務室に招いているのだ。何かしら目的があるのだろう。


 そう思い放置することにした。難しい事を考えると熱が出るからな。


 そしてまた暫くした後、異変が起こった。

 詳しくは聞いてないがギルド内部で不正な事が行われ、多数のものが粛正されたと。そのすぐ後に父上が私の元へ尋ねてきた。


「は? スラムにいってこい、ですか?」

「そうだ。有能な子供を見つけた。お前とカティエラはそいつの部下として勉強してくると同時に、籠絡せよ」

「部下……ですか」

「そうだ。お前が上に立ってはミールが動きにくいだろう? それに勉強するには上ではなく、上を見る立場のほうが便利だし、何より楽だ」

「確かに私も楽な方が良いです」


 噂ではギルド内部の不正を暴いたのはその孤児らしい。随分と頭の回る奴だが、それから教わってこいというのは理解できる。

 だが籠絡?

 そこまで考えてから、なるほどと思った。

 我が妹のカティエラは、見た目だけは可愛い。いや、大貴族のご令嬢は誰も彼も可愛いし、その一人である母上も美人だ。その血を受け継ぐカティエラも例外ではない。

 女をあてがってでも籠絡せよ、ということなのだろう。

 だが我が妹は仮にも歴とした子爵家であり正妻の娘だ。本来なら寄親を同じにしている有力な他家へ嫁がせるのが筋なのに、何故孤児に? 良いのか?

 それなら妾の娘のサイアやアンティアでも良いのではないか。確かに見た目はカティエラに比べ劣るが、それでも十分可愛いし、何よりカティエラほど腹黒くない。

 いくら孤児とはいえカティエラでは相手が可哀想だろう。


「ああ、別にカティエラをミールに与える訳じゃない。そんな事あいつが許すわけなかろう。私の言う籠絡とは金や食糧だ。スラムの孤児たちに恩を売って、ミールに紐を繋げておけ」


 あいつ、というのは母上の事だ。孤児にカティエラを嫁がせる、なんて口に出した瞬間、怒濤のごとく言葉が飛んでくるだろうし、叔父上だって黙ってはいないと思う。

 しかし金や食糧でスラムの孤児に恩を売る。そこまでして、父上はミールという孤児を買っているのか。

 でもそれならカティエラなんぞ邪魔で仕方が無い。

 孤児の部下になれ、など私ですら思うところがあるというのに、カティエラに伝えたらどうなるか予想も付かない。


「それなばらカティエラは邪魔だし、そもそも将来的にこの町から出て行くカティエラに勉強は不要だと思いますが」

「見た目麗しい貴族のご令嬢を連れていけば、お前や騎士たちとは違った意味で萎縮するだろう? ミールはどうか分からぬがな」

「それならサイアやアンティアでも良いじゃないですか」

「いや、ミールがカティエラをどう捌くのかが知りたい。カティエラ如き上手く手綱を握ってくれないようなら、たかが知れている」


 カティエラはまだまだ子供だ。いや私だってまだ十三才で子供だが。

 帝都にいる大貴族や叔父上のような本当の腹黒い貴族を相手する前の練習台という事か。

 確かにその孤児が何か失敗したとしても、カティエラなら黙らせる事は可能だが……しかし可哀想に。


「それとミールの足の運び方を見る限り、そこそこ腕は立ちそうだぞ?」

「それは本当ですか!」

「両親が冒険者と聞いている。おそらくその両親に何らか手ほどきされているだろう」

「ふむ、実戦経験豊富な冒険者の子ですか。それは楽しみです」


 私の師であるタイミアは騎士だ。

 騎士である以上常に訓練はしているが、やはり魔物を毎日相手取る冒険者たちの経験は侮れない。どんな手段を用いても生き残る、という術は冒険者のほうが遙かに高いと聞く。

 私は次期当主であるため、さすがに冒険者を雇って剣を教えて貰う事はできない。体面的によろしくないからだ。

 それに当たり前だが外へ魔物と戦いに出る事も許されてない。

 だからいつか冒険者たちと手合わせしたいと思っていたが、これは行幸だ。

 何としてでも一手手合わせしたい。

 それに私の上司となるなら、最低限の強さは持って貰わないとな。そうでなくては、私だって孤児の部下になんぞなりたくない。


 そして無理矢理試合をさせることに成功した。

 九才らしいが正直、体格は細めだし優男といった雰囲気で、どう見ても強そうには見えなかった。

 だから最初は手加減してやろうと思ってたのだが、いきなりものすごい速度で近寄られると同時に殴られた。

 さほど痛くは無かったが、魔法を使ってくると思ってたせいで意表を付かれた。

 ほぅ、やるではないか。

 闘志に火が付く。

 壁や地面を蹴って剣を振り上げるが、驚いたことに拳で弾き返された。

 私の振る剣速が見えている、と言うことになる。相当目が良いのだろう。

 これは手強い。

 すかさず蹴りが飛んでくるが、それを軽く飛んで避けたら、振り上げた足を下ろしてきた。

 咄嗟に腕で防御するが、凄まじい圧力が足からかかった。

 この細い身体のどこにこんな力があるのだ!?

 腕で防御しながら回し蹴りを放つと、相手も同じように構えた。

 む、この蹴りを防御しようというのか、それは面白い。

 体内に廻る気を振り回した足へ流し込みながら力を蓄え、そして放つ。

 金属音が鳴り響き、相手の態勢が崩れた。

 この蹴りを耐えられた事に若干驚くが、隙は作った。

 押し出すように相手の腹へ気を叩き込むと、最初意表を付かれて吹き飛んだ私のように滑っていく。

 これで一本取り返した。

 ニヤリと心の中で笑う。どうやら私は思ってた以上に負けず嫌いのようだ。


 滑っていった相手はまるで獣のような格好で止まった。

 その次の瞬間、ぶわっと相手から力が溢れるのが見える。

 む、なんだ? まだ手があるのか?

 これは楽しみだ、負けられぬ!

 剣を構え、気合いを入れようとしたときだ。


「はい、そこまで」


 護衛の一人として付いてきたタイミアが相手の裏首を手刀で薙いで気絶させた。

 これからが良いところだったのに!

 それについて文句を言うと言い返された。


「若、何度も言っていますが剣は熱く、心は冷たく、ですぞ。先ほどは互いに心が熱くなりすぎていました。あれ以上続けていれば試合ではなく死合になっていたでしょう」

「む、そうか。しかしその孤児、強いな」

「獣人の血を引いているようで、先ほども獣化を行おうとしていましたな」

「獣人? そんなに強いのか?」

「はい。この子供は半分か、四分の一程度しか獣人の血を引いてないようですし、あまり訓練もしてないようですから若でも十分勝てますが、訓練された純粋な獣人が獣化をしたなら、私でも勝てるか分かりません。子爵なら難なく切り捨てられるでしょうが、若なら手も足もでないでしょうな」

「それほどか!」


 タイミアは父上の側近の一人で騎士隊長だ。強さで言えば上から三番目に位置する。

 その彼が勝てるかどうか分からないなど、とても魅力的な存在ではないか。

 更に聞くと、獣人はこの町に住んでいるものは少ないようで、その理由は寒さに弱い獣人が多いからだそうだ。それは残念である。

 だが連合王国には多数住んでいるらしい。私も是非そこへ行ってみたい。戦ってみたい。


 目を輝かす私に、気絶した孤児を背負ったタイミアは残念そうな顔をしていた。

 どうやら私は剣しか考えてない子供というように写ってるようだ。

 そして予想とは裏腹に、強かった孤児を見る。

 これだけ強ければ十分だ、私の上司として認めてやろう。

 そう内心思いながら満足げに頷くと、タイミアは今度は深いため息を付く。


 仕方あるまい、これがノイゼンハルク家の血なのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] やったー!続きを読みたかったのでとっても嬉しいです。次はお嬢様の捌きかたですね、楽しみにしています。 情けないイメージしかなかったのですが代官物凄く強いんですね…
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