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嵐の前の静けさ

 ここは東の国・燦咲(さんしょう)。長き歴史を持つ国家であり、四季折々のこの国は、非常に長閑で平和なところであった。しかし、いつの頃からか、得体の知れないものが国に蔓延り、恐ろしいことに人々を侵食していったのだ。その様子がまるで『心が枯れていっているよう』だと言われ、それにちなんで得体の知れないそれらは『枯魔(こま)』と名付けられた。それとほぼ同時に、枯魔に対抗できる道具も、希望を持つ人々によって編み出されていった。

 その道具は、当時の国では馴染みのないものだったため、姿形が違えど、枯魔を倒せる原理が共通しているものは、総じて『械樞(カラクリ)』と呼ばれた。

 械樞が世に出てから一世紀以上経ち、人々の認識も増えてきたが、増殖する枯魔に対し、械樞を扱える主師(しゅし)と呼ばれる者の数は、圧倒的に少なく戦力が追いついていないのが現状だった。


 そんな中、械樞主師で最も力を持つ一族が現れ、足りなかった戦力の穴を埋めるように、徐々にその勢力を広げていった。その一族は"硝宮(ショウグウ)"と名乗り、都では知らぬ人はいないほどの評判となった。しまいには、硝宮の後継者候補が生まれれば、都中の女性が躍起になって縁談を持ちかけていく事態まで起きた。それだけ硝宮の信頼と実力は申し分ないものだったのだ。


「"硝宮に嫁ぐことができたら、最高の幸せを掴める"…なんて噂があったものよねぇ…」

「先生…?」


 山を下りたところで、ふと桜香は呟いた。不思議に思った響夜は、彼女の顔を覗き込む。それに対し桜香は軽く目を見開いたものの、すぐに淡く微笑み首を静かに横に振った。


「ごめんなさい、何でもないわ。…風が強くなってきたわね…急ぎましょう、響夜」

「あっ、はい!」


 桜香の言う通り、辺りは不気味な風の()で包まれた。木々は大きくざわめき、月の美しい輝きを厚い雲が覆い隠すように広がっていく。「嵐になりそう」と桜香が呟くと共に、二人は小走りで村へ向かった。

 村は、山を出て10分とかからない距離にある。小走りしてしまえば、あっという間に到着した。


「あ、響夜。笠を被るの忘れないでね」

「えっ…あぁ、はい…」


 村に着くなり、桜香はそう指示する。響夜は若干の疑問を抱きながら、手に持っていた笠を目深に被った。それを確認すると、桜香はある家の戸を叩いた。


「…はい?」

「夜遅くにすみません。桜香です」

「! あっはい! 今出ます!!」


 桜香が名乗ると、中から慌ただしい女性の声が聞こえた。間もなく戸が開き、不安げな表情の女性が二人を出迎えた。先に口を開いたのは女性だった。


「それで、桜香さん…弟は…」

「もう大丈夫です。枯魔は祓いました」


 そう告げると同時に、響夜が背負っていた男性を家の中へ運び入れる。弟と言われた男性は、今では穏やかな表情で眠っていた。


「あぁ、ありがとうございます! なんとお礼を言っていいか…!」

「そんなお礼だなんて…械樞主師として当然のことをしたまでです。…それに、一つだけお伝えしたいことが…」

「"枯魔に一度憑かれた身体から祓うと、記憶も共に失う"可能性がある、ということ…ですよね?」

「っ!!」

「お願いする時に聞いておりましたし、助けていただいておきながら文句なんて言えませんよ。記憶が無くなっていたとしても、家族に変わりありませんから」


 女性は少し寂しそうにしていたが、笑顔で了承した。それに対し桜香は、どこか安心したような表情で女性を見つめていた。


「"(ひびき)"さんもありがとうございます。裏山から弟を背負って来たんだから、大変だったでしょう? 帰ったら、ゆっくり休んでくださいね」

「僕はそんな…これくらいしかできませんから…でも、ありがとうございます」

「…それじゃあ、私たちはこれで」


 そんなやり取りを終えたところで、桜香は踵を返して家を出た。響夜も慌てて後を追った。後ろでは、見えなくなるまで女性が手を振って見送っていた。

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