月夜の邂逅
ある夜の竹林で、一人の着物を着た女性が、盗人と思しき男と対峙していた。男の手には、不可思議な道具のようなものがあった。
「…私の『械樞』…そなたが盗んだのだな。返してもらうぞ」
「"私の"だぁ? 女の械樞技師がいるかよ! …いやもしくは操師か…? お前こそ、こいつを俺から盗もうとしているんじゃないのか?」
男は女性の言葉を嘲笑った。それでも女性は、涼しい顔で続ける。
「…そう…私の言葉が信じられないか…」
「あぁ、信じられないな! お前がこの械樞の主師だという証拠を見せてみろよ!」
「そうねぇ…」
何がいいかしら、と言いながら女性は、おもむろに小さな箱を取り出した。そして箱を右手に載せ、前に差し出すように腕を伸ばす。差し出した箱に、後ろから左手をかざす。すると、箱の前面と左掌に、同一の花紋が浮かび上がった。
「あまり事を荒げたくないのだけど…」
「!? そっ…その花紋…! そういえば女の械樞技師…思い出した…まさかお前…っ」
「崇高であり荘厳なり…我が"木蓮"の紋において命じる。械樞"幸爛"よ、在るべきところへ戻れ。そして…」
女性の言葉に右手の小箱が反応する。箱が展開されたかと思うと、中から光の花が伸びて咲いた。すると、花が咲いたと同時に、女性は高らかに唱えた。
「人に取り憑いた"枯魔"を浄化し、ここに封印せん!」
「されてたまるかぁああぁあぁああ!!」
そう唱えた時には、男の姿はおぞましいものとなっていた。口は大きく裂け、手も立派な鉤爪へと変化している。異形の獣のような姿で、男は襲いかかってくる。女性は怯むことなく、真っ直ぐに襲ってくる獣を視界に捉えていた。そして、花紋の浮かび上がった左手をゆっくり上げ、獣へ向けて紋をかざした。
「ぎゃああぁああああぁああぁあ!!!!」
彼女がかざした左手から、桜色の光が発せられ、箱から伸びていた花がその光と共に獣を包み込んだ。それにより、おぞましい悲鳴を上げながら、まるで木の表皮が剥がれ落ちるように、異形の姿から元の男性の姿へ戻っていった。光と花は、女性の持つ小箱の中へ吸い寄せられるように消えていった。
完全に男性の姿に戻った時には、彼は気を失い倒れた。女性は、その男性の元へ歩み寄る。周囲は再び静寂に包まれている。そこへ、新たな足音が女性の方へ近づいてきた。
「遅いぞ、もう枯魔は"回収"したわ」
女性は、その足音に身構えることも振り向きもせず、近づいてきた人物にそう伝えた。彼女のほぼ真後ろまで近づいてきて、肩で息をしながら口を開いた。
「せ、んせい…こんな山奥を、よく颯爽と歩けますね…」
「あなた男でしょう。私よりも体力無くてどうするの、"響夜"」
「はい…すみません…」
そう呼ばれ、首を垂れる、女性よりも背の高い男性。彼に対し、女性は倒れている男性を運ぶよう言い渡す。呆れられてはいるものの、彼女の命令にはきびきびと動いた。
「さっき登って来たからわかると思うけど、昨日までの雨でぬかるんでる箇所も多いから気を付けて」
「はい、"桜香"先生」
頼もしい返事に微笑む女性──桜香。響夜は男性を背負い、桜香の後をついていく。とっぷりと夜も更けた竹林を、仄かな月明かりが彼らを照らしていた。