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半人半骨 病弱少年は半骸骨となり  作者: 砂鴉
第1章:惨劇が告げる始まりの物語
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第6話:惨劇の終わりに

 一杯のお茶が注がれる。暖かい湯気が立ち上るそれは、心を和ませてくれる故郷の味。

 “玄米茶”。

 俺の大好きなお茶だ。暖かな温もりとほのかなうまみが体中に沁み渡る。まさかここで飲むことが出来るとは……。見るからに温かそうな湯気を立ち上らせ、優しい香りが鼻孔を刺激する。鼻孔……あるのかな? 少し濁ったその色も心を和ませる。

 玄米茶を啜り、ちらりと窓から外の景色を眺める。机に置いた本を手に取り、日の光を明かりに読みふける。そんな穏やかな時間が俺の楽しみの一つだった。

 もちろん今はそんなことが出来る状況じゃない。

 いろんなことが起きて気持ちの整理が出来ていない。そんな時に温かな玄米茶はうれしい。温かな飲み物は、直前まで緊張ですり減らした精神を――心を和ませ気持ちに余裕を作ってくれる。気持ちが落ち着けば、この先どうするか、妙案が出てくるだろう。まだ見つかっていない友達もいるが、ひとまず落ち着けるのはありがたいことだ。


 淹れたてのそれを左手で持ち、啜る。


「熱っ!!」


 無茶苦茶熱かった。思わず口から湯呑みを離し、口に含んだ中身を噴く。


「志道よく持てたね。まだ熱いよ、これ」

「いや、全く熱くなかったから、いけると思って……」

「はっはっは。我らの骨の手では感覚がほとんどないからな。多少の熱など物ともせん」


 役に立つような立たないような……妙な骨だな。己の左腕を見ながら思う。この骨となった左腕は、今の一番の謎だ。




***




 数十分ほど前のことだ。

 俺たちを助けてくれた骸骨の案内で、俺達は森のある場所に向かうことになった。


「それで、同志ってどういうことだ?」

「だから、死霊になった者同士という事で――」

「その死霊ってのが何なんだよ!?」

「一度死んだ者だ」


 ダメだ。端的過ぎる説明で意味が分からん。いや、さっぱりして分かりそうだが、いかんせん要領を得ない。

 カマキリとの死闘が終わりを告げ、夜の帳が落ち始めた森に静寂が戻って来る。しばらく気持ちの整理をつけながら立夏を宥めていたのだが、そこでこの骸骨は言ってきたのだ。「危ない所だったな! 同志よ!」と。

 いきなり同志って言われても……しかも相手は骸骨。時代がかった鎧を着こんでいるが、それで隠せるはずがないむき出しの骨。しかもその中にはいくつかの内臓器官が丸見えだ。こんな骸骨に同志扱いされても……ねぇ、なんか気味が悪いぞ。

 “この骸骨と俺は同類”と言いたいのだろう。確かに骨ってところは同じだが……。骨って言っても俺は左腕だけなんだが。


「……ううむ、どうも話が合わんな。やはりここは師に説明を頼むべきか……おぬしたち拙者に着いて参れ」


 「話が合わん」はこっちのセリフだ。端的過ぎる説明で意味が分からん。謎の声が人間ではなくなるとか言っていたが、その答えがこの骸骨の同類……なのか? まぁ少なくとも化け物になったのは確か。

 骸骨は少し思考すると俺達を促し先に歩いて行く。ところでこの骸骨、師に頼むと言ったか……骸骨の師となると、やっぱり骸骨だろうか。それとも死霊使い(ネクロマンサー)なんて存在が居るのだろうか。

 何にしても今はこの骸骨を信用するしかないだろう。先ほどまでの態度から味方に付いてくれそうな気がする。警戒しない訳はないが、いくらか信用できるだろう。決して骸骨だからとか、同類と言われたからではない。第一それはまだ認められない。

 とりあえず骸骨に従い、ついて行こうとするが、


「大丈夫かな? あの人」


 その対応は、まぁ当然だろう。知らない人――もとい骸骨を信用するのはかなり危険だ。というか骸骨だからなおさら危険だろう。


「危ないとは思うけど、ここに居てもまた襲われそうだからな。とりあえず着いて行く方がマシだと思う」


 協力してくれた相手だからこそ、ある程度信頼できる。さっぱりわからない状況では、そういった人物がいることはありがたい。

 だから、とりあえず着いて行こう。そう立夏を促す。立夏は少し考え、静かにうなずいた。俺は肉のある右手で軽く立夏の肩を叩き、左手で刀を持ち、骸骨について行く。立夏もそれに続いた。


「拙者は……伊勢良隆と言う者だ。ぬしらは?」


 随分と古風な名前だなと思う。だが、その名前はとても日本人らしい。ひょっとしたら――いやひょっとしなくても、この人も俺達と同じところ――日本――から来たのだろうか。だが、古風すぎる。そんな名前、現代人には聞いたことがない。どういう事だろう……。


「俺は日景志道です。でこっちが――」

「久留立夏です」

「そうか、良い名だな」


 骸骨――良隆は、骨だけの顔で器用に笑みを作ってみせる。……が、かなり怖い。脳味噌むき出しの骸骨に笑みを作られても……やっぱなぁ。


「あの、良隆さん? 懐中電灯とかないんですか?」

「む? カイチュウ……それは何だ?」

「あ、無いんですか……。ならいいんです」


 首を傾げながら良隆はそれ以上言及しない。深く疑問に思ってないようだ。どこからか取り出した提灯が辺りを青白く彩っている。

 この提灯が怖い。懐中電灯のありかを聞いた理由がこれだ。青白い提灯と内部組織むき出しの骸骨が絶妙なコンビネーション。人魂のような明かりが辺りを照らし、肉体が無く、心臓・脳がむき出し、さらになぜか眼球だけは存在する骸骨。それが、己の横で不気味な笑顔を作ったり、気さくに話しかけてくる。 いったい何のホラーコメディだ。


 凱が喜ぶだろうか。このホラー状態を。


「おぬしたち。そろそろ着くぞ。あそこが師の家だ」


 良隆が指し示す先に視線を向ける。そこに一軒のログハウスがあった。家の中から暖かな炎の明かりが漏れ、いくつか野菜が栽培されている畑を照らす。畑と家は、青白い炎をともした提灯が掲げられた柵に囲まれている。とても牧歌的な場所だった。柵の提灯を除けば、ここまでの道のりが嘘のような穏やかな、そんな家だった。




***




 左腕を眺め、家の中で茶を飲みながらくつろぐ。入ってからしばらく経つというのに、良隆の言う“師匠”は帰ってこなかった。

 何度かこの場所について質問してみたが明確な回答は得られなかった。どうにも端的な回答ばかりであまり要領を得られない。結局、詳しいことを聞くには“師匠”が帰ってくるのを待つ他なかった。

 ふと窓の外を眺めると、完全な闇に包まれている。家の周囲は柵に掲げられた提灯の青白い炎で彩られ多少の視界は効く。だが、今から外に皆を探しに行こうとは考えにくい。森の中からは怪しげな気配がいくつもする。なんとなく敏感になったような感覚が危険をひしひしと伝えてくるのだ。

 凱たちは……無事逃げ切っているといいが……まだこの暗闇の中、森をさまよっているとしたら……。


「ねぇ志道。凱たちはどうしたの?」


 ……立夏には凱たちがどうしたか、何も話していなかったな。話せる状況ではなかったし、出来れば話したくなかった。あいつらは無事逃げ切っただろうか。右も左も分からない森の中では生き残る可能性は限りなくない。

 結局、悩んだ末に、


「分からない……」


 とだけ答えた。

 それ以降、立夏はそのことに触れなかった。


 俺と立夏は、今何とか生き残っている。だが凱たちは今も生きるか死ぬかの瀬戸際だ。俺達だけここにいていいのだろうか。出来るならあいつらを助け、皆で集まりたい。今なら、良隆も協力してくれて、探しに行けるんじゃないか?

 ポケットに入れていた三つのケータイを取り出す。黄緑、黄、ピンク。三色の携帯電話が主を失くし、ヒビだらけになっている。

 凱、花楓、暁人の三人も、彼らと同じ運命をたどってしまうのだろうか。助かったと言える俺達は、何が出来るのか。


「……なぁ良隆さん。俺の友人たちがまだ、森の中にいると思うんだ。探しに行け――」

「ダメだ」


 良隆が、それを遮る。


「夜の森は虫たちの天下。奴らの餌にされるだけだ」

「でも! 大切な友達なんだ! 見捨てたくは――」

「残念だが諦めるのだな」

「そんな……でも、俺は生き返ることが出来たんだ。だったら、いくら危なくても何とかなるんじゃ……」

「我らは疲れを知らん身体だが、不死ではない。拙者らにとっても死は存在する。偶然でも拾った命だ。無駄にするでない」


 力なく再び外を眺める。森の中からは不気味な鳴き声が聞こえてくるようだった。それが、俺の無力感を増幅してくれる。ああ、結局今の俺には、何もできないのか……。


「……志道、もうどこかに行かないでよ」

「……そうだな、すまん」


 立夏が不安げに俺を見上げつつポツリと口を開いた。ああそうだ。ここには立夏がいる立夏が居るから、俺が離れる訳にはいかない。それを、再確認し茶で口内を湿らし、心を落ち着かせる。茶は、最初飲んだ時よりだいぶ冷め、飲み頃だった。




***




「今帰ったぞ~い」


 場違いな軽い声が家の中に響く。


「師匠! ようやくお帰りですか」


 良隆がいち早く反応し、玄関に向かう。俺達もそれについて行く。

 が、そこでまた息を呑むことになる。玄関に居たのはローブを纏い、金属製の杖を持った老人だ。だが、その身体は見える限りでも腐りきっている。骨に直接表皮を張り付けたような老人だ。骸骨である良隆にも恐怖したが、こちらも十分恐怖を掻きたてる姿だ。


「おや? そやつらは新入りか? 運がよかったの、小僧。む!」


 気取った調子で軽く手を振る老人ゾンビだが、急に目を見張る。


「お嬢ちゃん! なかなかかわいらしいのぅ。どうじゃ、ワシと一緒に夜の散歩でもどうかな。もちろんその後は――」

「待てこのジジイ! いきなりナンパしてんじゃねぇ!」


 いや、これはただのエロジジイのゾンビか。

 目を白黒させる立夏を引き寄せ、エロジジイの前に立つ。このままでは色々と、まだ早いことを教え込まれそうだ。それは避けねばならない。


「なんじゃ小僧、ワシの邪魔をするでない! せっかく来てくれた女の子じゃぞ! ワシの好きにさせんか!」

「黙れエロジジイ! あんたはナンパって年じゃないだろ絶対!」

「いやじゃいやじゃ! ワシは誰とも子を作れんままに死霊になったのじゃぞ! ワシを止められるものなどおらん!」

「あー師匠。落ち着いてください。ぬしらもあまり興奮するな。いつものことだから……」

「いつもって……なんだこのジジイは――」

「志道、あれ……」


 いきなりの状況に呆然としていた立夏が何かを指さす。それはエロジジイの杖にぶら下がっているもの。飾りか何かかと思っていたが違った。長方形型で、それぞれ銀、白、青色の物。よく見ればかなり傷がついている。ヒビだらけだ……


「……ケータイ?」


 しかもその色はそれぞれ凱、花楓、暁人のケータイの色。それが示していることは……俺の思考から先ほどまでのふざけた話は全て消え去る。


「ジジイ! それどこで見つけた!」

「む! ジジイとは失礼な……この杖はわしの愛用で――」

「違う! そのケータイのことだ!」

「ケータイ? ……ああこれか。さっき森の中で見つけたものでな、珍しかったんで拾って来たんじゃ――」


 ヒビ割れた携帯電話。今までのことからそれから連想できることはただ一つ。残りの三人も死んでしまったこと。

 自分勝手で適当な性格だが、皆を引っ張ることのできる凱。幼いころから丁寧な口調で俺や凱にくっついていた暁人。そして、付き合いは短いが、俺と笑いあい穏やかな日々を生んでくれた花楓。

 皆、いなくなったのか……。

 凱に託したのが失敗だったのか。おいて行かず、一緒に行動していればよかったのか? 

 いや、そんなはずはない。今の展開は想像できようはずがないことだ。あの場で俺が生きていられたなど考えられない。

 だから仕方のないことだ。そうなんだ……どうしようもなかったんだ。そもそも、あの場で起こったことがなければ、俺達もこの場にはいられなかった。

 あの場で俺は死に、立夏も遅かれ早かれカマキリの餌になっていただろう。良隆がたどり着いた時には、全てが手遅れだっただろう。

 頭ではそれが解かっている。だけど……俺は結局すべてを失った。何も残ってない。生き返ったところで、どうしろと言うんだ?

 死は俺に絶望を与えるものだった。だが、蘇りも結局俺に別の絶望を与えた。

 はは、なるほど、どう転んでも絶望しかないってか。

 ふらふらと歩きだす。どこへ? どこだろう。もう、どうでもいい。俺には何も残ってないのだから。


 走り出す。森の中に駆け込む。もしかしたら、まだ、どこかに生きているかもしれない。

 俺は死霊らしい。それはどうでもいい。ただ、死霊と言うなら、もう、“死”などない筈だ。

 皆を探す。それだけに俺の思考は支配された。周りの声などすべて振り払い駆ける。


『志道! 立夏のこと……よろしく!』


 幻聴が聞こえた。

 柵を飛び出したところで足を止め振り返る。俺を追って立夏と良隆が走ってくるのが見える。まだ距離があるため、その表情は分からない。だが、不思議と見えた気がした。悲しげな、不安そうな少女の姿が。


 俺、また立夏のことを……。すべて失ったのではなく、一つだけ、一人だけまだ残っているじゃないか。大切な友達が。

 何度同じことをすれば気が済むのだろう。自分に呆れてくる。


 先ほど聞こえた幻聴。皆を守って、すべてを託して、散って行った友の言葉が頭をよぎる。もう、守るべき友はほとんど失った。だけど、すべて失ったわけじゃない。たった一つ、残ってるじゃないか。

 ……蓮に託された、立夏ただ一人が。


「落ち着いたか? 志道」

「……すいません。つい勢いで、もう、大丈夫」


 追いかけてきた良隆に何とか返し、噛みしめるように「大丈夫」ともう一度呟いた。うん、そうだな。現状は、慌ててる時じゃない。ゆっくり森の中に視界を向ける。柵の外側から、巨大な蜘蛛たちが集まっていた。


「いつの間に……」


 三人で全方向に目を向ける。

 毛が生えたそれは“タランチュラ”を彷彿とさせる。糸で巣を作らない蜘蛛たちは地中に巣をつくり、近くを通りかかった獲物を捕らえ食すという。それが何匹も……。


「奴らは夜になると獲物を求め徘徊する。夜の森は奴らの存在によって危険視されている」


 静かに良隆が告げる。再び絶体絶命の状況か。志道も良隆も先ほどの刀を持っていない。


「だが、心配するな。師が何とかしてくれる」

「こんな状況でどうやって――」


 直後、蜘蛛たちの内一匹が炎上した。不気味な黒い炎に焼かれて。


『黒煉獄』


 老人のしわがれた声が轟き、クモたちが次々と炎上していく。


「ひゃっひゃっひゃ。小僧、良隆、お嬢ちゃん。気をつけるんじゃな。動くと消し炭じゃぞ?」


 その言葉通り周囲が黒い煉獄の炎に包まれ、蜘蛛たちの聞き苦しい悲鳴と肉の焦げる臭いが辺りに充満する。


「さすが師匠。見事な炎よ」


 あっけにとられる俺と立夏を前に、良隆は平然と師を称える。

 エロジジイは、強かった。


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