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半人半骨 病弱少年は半骸骨となり  作者: 砂鴉
第1章:惨劇が告げる始まりの物語
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第3話:訪れるその時

 目前まで迫ったそれは、酷く恐ろしい。怖い。来るな。

 だけど、変えられなかったこの運命。人より早く訪れる運命。

 嫌だった。もっともっと、いろんな経験をして大人になって、最後まで自分の意志を貫き続け、そして、満足して、これを迎えたかった。


 なのに……



『~血だらけの左腕に握られた手帳~より』







 …………熱い?

 目を開けると周囲が青い炎に包まれていた。それは、まがまがしいと言うより、美しい。洗練された青き炎。


「おぬしら、無事か!」


 一人の人物がそこに入ってくる。カマキリたちが近づけない炎の中を悠然と歩いて。その腰には刀を二本佩いており、外套の下に鎧を着こんでいる。外套を取ると、まるで時代劇の武士のような出で立ちが想像できる。顔が隠れているため分からないが、声からして男性のようだ。

 炎には一ヶ所穴が開いていて、男はそこから入ってきたようだ。


「危なかったな。こやつらは炎が苦手ゆえ、もう安心だ」

「あ、ありがとうございます。助かりました」


 幾分気圧されながら、蓮が代表して男に礼を言う。


「何当然のことよ。して、ぬしらは? どこから来た?……おっと、その前に自己紹介だな……」


 男が自己紹介のため外套のフードを外す。


「「「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!!」」」

「「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」」


 誰のものか分からない悲鳴が上がる。いや、俺も叫んでいた。ここまで緊張の連続で精神がおかしくなっても当たり前のことだ。

 そんな極限の精神状態の前に突然現れたらどうしようもない。心臓が止まりそうになるほどの驚きだ。誰も倒れなかったことが奇跡のように……

 なぜなら、その男は


 肉が無い。

 頭蓋骨の割れ目から脳がむき出しだ。

 目玉がギョロギョロ動いている。

 そんな悍ましい姿の、骸骨だ。


 しかも、ただの骸骨でなく内臓器官が丸出し。一部欠損しているが、人体模型の何百倍も生々しく、気持ち悪く、恐ろしい。人体模型を夜に見ると恐ろしく感じるが、こんなのを生で見せられるという迫力は、皆の精神を振り切らせるには十分だった。


「みんな待って!!」


 叫ばれた静止の声。誰が? それすらもはや分からない。

 心に残っていたほんの僅かな余裕がすべて消し飛び、一目散に逃げる。骸骨の作った穴は一か所なので、皆が別々に逃げるという事はなかった。不幸中の幸い。いや、果たしてそうなのだろうか?


「! 待たれよ! おぬしら!」


 骸骨が何か言っているが届かない。炎を抜け、こちらに気づいたカマキリたちの刃を紙一重で避け、俺達は逃げる。


「ぐ、迂闊であったか。今の拙者は骸骨であったな……ええい貴様ら邪魔だ! どけい!」


 骸骨の口上と、抜き放たれた刀の澄んだ音を背に。




***




 何とか骸骨から逃げ切ったが、カマキリの一体が追いかけてくる。執拗に鎌を振り回し、周囲の大木を切り捨て、太い傷を残し、あるいは切り倒し、追ってくる。


 カマキリってこんな派手に動く虫だったっけ? 考えている暇はない。


 俺達は必死に走り、倒れてくる大木を躱し、その陰に身を隠す。

 言葉はない。精神が限界でどうすればいいか分からない。

 カマキリは執拗にこちらを探している。諦めるまで隠れ続けるのは不可能だ。いずれ、ここも見つかるだろう。


「蓮、何か策は?」

「……ない。でも、いずれ見つかるよ。」

「だな。どうする?」


 もう一度薬を飲み込み、呼吸を整える。極度の服用は禁止されていたが、このままでは化け物の前に倒れてしまう。そんなことでは笑い話にもならない。体調を整え、蓮の言葉を待つ。同時に、打開策を模索する。


「志道。皆を頼めるかい?」


 蓮? いきなり何言いだしてんだ?


「凱は気が動転して頼りにならない。花楓も暁人も疲れ切っている。立夏にその役はきつい。そもそもみんな限界だ。だけど、志道はどうもみんなよりマシみたいだからね。君になら、任せられそうだ」

「馬鹿。何言ってんだ。俺は体力がからっきしできついんだよ。お前の方が適任だろうが」


 今にも倒れそうな俺より、蓮の方が皆を引っ張るのに適している。そのはずだ。ここまでの逃亡から推察するに、蓮が一番適役である。


「……さっき木を避けたときに足をくじいてね。僕は足手まといだ」

「それなら、俺の方が足手まといで……」


 なおも言い下がらない俺に蓮が自分のケータイを押し付ける。


「君は亜美と美帆のケータイも持ってるだろ。君に預けとけば、大丈夫な気がする」

「どういう意味だよ、それ」

「お守りくらいにはなるさ。よろしく」


 蓮はあっけらかんと言ってのける。自らが死のうということなのに。俺にはその精神が解らない。


「ざけんな!! お前死ぬ気か!」


 その声に皆が顔を上げる。同時に、カマキリもこちらに気づき、向かってくる。


「………………!」


 蓮が早口で何かを告げる。それを聞き、数秒――ほんの数秒熟考し、頷く。

 納得はしていないが、どうしようもなさそうだ。だから、頷く。

 後は任せろと伝えるために。

 それに応え、蓮が笑顔を見せた。散り際の最高の笑顔を。


「行って!! 早く!!」


 その言葉と共に蓮は駆け出す。おぼつかない足取りで、カマキリの注意を引き付けるように倒木から飛び出した。


「あ~~~~~! 皆! 逃げるぞ!」

「でも、蓮が――」

「早くしろ!!」


 批判の言葉を掻き消し叫ぶ。

 必死の叫びに応え凱が、花楓が、暁人が走り出す。だが、立夏は動かない。


「お兄ちゃん!!」

「志道! 立夏のこと……よろしく!」


 しかたなく、立夏を抱えて俺も走り出す。俺の身体が弱いことも相まって意外にも、とても重く感じる。


 ――なさけねぇ……女の子一人にヒィヒィ言うのかよ、俺は!


 立夏に叩かれ、離してと喚かれるが離さない。蓮の最後の頼みだから……。




***




 途中で抱え続けるのは無理と判断し、立夏の手を引いて走る。そのころには立夏も無理に戻ろうとしないからよかった。それでもここまで来るのにあちこちぶつけた。身体が思うように動かない。体に合わない無理をし続け心臓が悲鳴を上げる。このまま倒れそうだ。それでもどうにか逃げ切った。


 後で確認したが、ポケットに入れておいた蓮のケータイはヒビだらけだった。




「おい志道! 何で蓮を見捨てたんだ! どうしてそんなことが――」

「蓮からの提案だった。凱もわかってるだろ」

「だけど……」


 なおも食い下がる凱を説得しようとして――倒れた。


「お、おい志道!?」

「はぁはぁ……ちょっと、俺もきつい」

「そんな! 志道君!」

「志道さん!」


 正直に言ってもう限界だ。さっき逃げているときに落としてしまったのか、ポケットを漁っても薬はもうない。

 ――蓮、やっぱ俺も無理そうだ。後は凱に頼むよ。お前も分かってただろ、この結果。第一それが蓮の真の目的なんだろ。


「凱、こっから先は頼む」

「何言ってんだ。皆で行けばどうにか……」

「病弱の俺を連れて逃げ切れんのかよ!」


 怒鳴りつけるように凱を押し黙らせる。


「……悪い。俺、余命が後一ヶ月ほどだ。逃げ切ったとしても、死ぬのをちょっぴり先延ばしにするだけ。……予定が早まっただけさ。なんてことないよ」


 やっと言えた。余命のこと。こんな状況になって、やっと。……言えたから……だから、心残りは……ない。


「……知ってたよ。あたしたち」

「えっ?」

「志道君の寿命があと僅かってこと。知ってたわよ! 当然!」


 知ってた? じゃあ、まさか今回の旅行は……


「だから俺達、この旅行を計画したんだ。その……最高の記念旅行にしようって」


 だから『卒業旅行』じゃなくて『記念旅行』。最後の記念と言うわけか。微妙な違いに込められた意味。それが納得する形で胸に染み入る。

 そこまで考えてくれてたのなら、言わねばならないことが出来る。

 それは、最後のお礼。こんなことになったが、感謝は示さねばならない。


「凱、花楓、付き合ってくれてありがとうな、暁人も、立夏も……」


 と、そこで気づく。


「立夏は!?」


 あたりを見回すがいない。ここに来る途中、立夏を降ろして一緒に逃げてきたはずだがどこにもいない。


「まさか逃げ遅れたんじゃ……」

「俺、探してくる!」

「凱! それは俺の仕事だ!」


 駆け出す凱を静止する。凱にここで抜けられたらダメだ。凱は、残った皆の命運に関わっている。


「でも!」

「凱、さっきも言ったがお前はここに残ってる二人を頼む」

「だけどよ……」


 なおも食い下がる凱の肩を掴む。


「頼むよ。俺も、蓮も、もう無理だ。お前しかいないんだよ!」

「俺は……」


 凱の抵抗が弱まったのを確認してそれ以上の問答を打ち切る。これ以上長引かせると凱を無理やり納得させることもできない。

 次は、花楓だ。


「花楓。ごめんな。せっかく一緒に外に出たのに……」

「志道君……」

「ありがとう。昨日と今朝、最高に楽しかったよ。最高の思い出さ!」


 無理やり笑顔を作る。でないと情けないことに、涙が出そうだ。最後まで強くいたい。俺の、ちょっぴりの強がり。


「志道君! 私も、本当に、楽しかったわ。だから……」


 抱きついてくる花楓。花楓は泣いていた。もう会うことはないだろう。


「……暁人、ごめん、大変なことになって」

「志道さん……」

「凱を頼むよ。こいつじゃ心配だ」

「……はい! 任せてください! だから、志道さんも……きっとまた」

「おう!」


 できるだけ元気よく返事をする。そして、花楓から手を放し歩き出す。




***




 もう、後ろを振り返ることはない。後は、凱に託した。他二人も、割としっかりしてるからなんとかなるさ。

 この後は……俺が囮の役を引き受け、立夏を逃がす。その後は……彼女の運に頼るだけ。今はそれしか方法がない。

 そのさきは、立夏が無事逃げ切って凱たちと合流できることを祈るだけ。その前に俺がうまく注意を引き付けないとだめだけどな。

 可能性は限りなく低いだろう。俺は囮が成功してもしなくても、確定的に死を迎える。不思議と解るのだ。自分の“死期”という奴が……。

 そう言えば俺たちの携帯、渡すのを忘れてたな。いつしか儀式っぽくなっていたが、もう今さらだ。


 一人になると、急激に恐怖が押し寄せる。

 いやだ。怖い。死にたくない。


 ――このまま逃げるか?


 それは……ないだろ。確かに死ぬのは怖い。

 死んだらどうなる? 俺という存在は、その意識は、いったいどこに向かうのか? 恐ろしくて考えたくもないが、頭の中でそれらがぐるぐると廻る。

 だが、どうあがいても死は避けられない。いい加減腹くくれよ! 俺!

 立夏が化け物に遭って居なかったら……逸れただけだったら、合流して一緒に凱たちに追いつく。しかし、追いつく前に病が俺を殺すだろうな。なんとなくそんな気がする。

 立夏が襲われていたら、今度は俺が囮になる。そして、カマキリに殺される、か。


 同じことか。


 ポケットに突っ込んでいたペンとメモ帳を取り出し書き込んでいく。なにを? 今の心情を、無念さを。日記は今までの人生で一度も欠かさなかった。ここまで来ても、それは変えられない。まさかこんな最後になるとはな。……今の心情を全て、出来るだけ簡潔にまとめる。

 そんな自分に苦笑する。同時に涙がこぼれるが、今はいい。誰もいないし、死ぬ前なんだから少しくらい。


 随分かっこつけたな。まるで、物語で死亡フラグを立てた登場人物のようだ。だとしたら、主人公は託された凱だろうか。この先ヒーローみたいな活躍をするのは凱……思わず笑いがこぼれる。

 これでよかったのか? 蓮。


『ここは僕が時間を稼ぐ。だから、その間に、凱を説得するんだ! 僕らがダメならもう、凱に賭けるしかない!』


 蓮が最後に頼んだこと、その片方は達成した。後は……


「立夏のこと。だったな」


 心の中では逃げたい気持ちでいっぱいだ。それに自分の運命にも心底イラついていた


「化け物に殺されるか、このまま病にやられるか。どちらにしろ最悪だな」


 この状況に追い込んだ“運命”を心底恨む。「生き残る選択肢はないのかよ!」と。

 これまでのことが走馬灯のように駆け巡る。ひたすらあがくだけの人生だったが、最後にどえらいイベントが待っていたもんだと嘆息する。

 ふと、頭の中の記憶の断片が刺激された。もう五ヶ月近く前になる、あの夢。現実だったか。という事はこの後、俺は……。


 そうこう考えているうちに人影が見えてくる。立夏だ。そして、迫りくるカマキリも。


「しつこい奴だな」


 こんな時だと言うのに笑みがこぼれる。このどえらい生死のイベントを楽しんでいるのかもしれない。さっきはこの出来事を恨んで涙を流し、その後は自分の運命を恨んだ。そして楽しんでいる? 次々感情が変化するとは……どうやら、俺の精神も狂ってきたようだ。


 疲労と病のダブルパンチで今にも倒れそうな身体で両足に力を籠め、無理やり走り出す。

 立夏に迫ったカマキリは、いよいよ彼女に喰らいつこうというところだ。いつその双腕が振るわれてもおかしくない。立夏は恐怖で動けていない。避けることができない。


「おおおおおおッ!!!!!」


 その場に全力で走り込み立夏を突き飛ばす。それより一歩早くカマキリの鎌が振るわれる。狙いは立夏の脳天。ギザギザになった部分で獲物を引っ掛け捕えることを目的とする鎌。だが、このカマキリの鎌は切れ味も十分で、まともに当たると容赦なく真っ二つに切り裂かれる。それは森の木々が証明している。

 立夏を突き飛ばしたことでわずかに間隔が生まれ、それが運命を決めた。




「はぁはぁはぁ……どうやら……うまくいったか」


 立夏は鎌が振り下ろされた際の衝撃で弾き飛ばされたものの、無事だった。だがその代償は……、


「~~~~~~~~~ってぇ……くそぉ」


 立夏を庇って突き飛ばした結果、カマキリの鋭い鎌により、左腕が根元から切り裂かれていた。運が悪ければ体が真っ二つ。九死に一生、幸運をつかんだようだ。まぁどうせすぐ死ぬけど。

 顔の横に何かが転がる。ケータイだ。黒い、ヒビ割れが酷い、俺のケータイ。こいつも壊れちまったか。

 そう言えば、手帳はどうしただろう。日記を書いた後、左手に持っていた所までは覚えているが……だめだ。思い出せない。霞がかかったように記憶が霞んでおぼろげだ。


「それに……もう……限、界……か」


 病が急速に悪化し、身体を蝕んでいく。心臓からの血液が送られない。

 余命ってなんだよ。ずっと速いじゃねぇか。あの医者め……大外れだな。


「……志道! 逃げて……」


 お前が逃げろよ。わずかに動いた口で告げる。だが、届きはしなかった。立夏がこちらに向かってくるのが見える。


 だが、それはそう感じただけだ。もう、何も見えなかった。息苦しさももう、限界だ。いよいよ、病が俺を殺そうとしているのが分かる……病? 何か違う気が……。

 右手を動かす。自分の血がべっとり付着した右手は、何か出来るだろうか。

 同時に大地が揺れる。カマキリもこちらに向かっているようだ。


 さぁ、どっちだ。病か。化け物か。俺を殺すのはどっちだ?




 地鳴りを引き金に、黒い携帯が砕け散る。


 刹那、再び周囲が炎に包まれた。青ではなく黒。漆黒の炎が周囲を覆い尽くす。

 だが、志道がそれに気づくことはなかった。


 なぜなら、彼は、病により、また、大量出血による体力低下が拍車をかけ……








 すでに事切れていたからだ。


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