第2話:惨劇
残酷描写注意です
「どこだよ、ここ」
凱の呟きはその場全員の思いを代弁していた。
怪しい雰囲気に包まれた森。空は暗く、奇怪な声が聞こえてくる。時刻はまだ昼前のはずだ。だが、この場はまるで夜を迎えそうな――逢魔ガ時とでも言えばいいか。
「い、いったん戻ろうか」
蓮の言葉に従い戻ろうとする。だが、
「嘘……」
驚愕の声が亜美の口から漏れた。
振り返った先には一枚岩しかなかったのだ。先ほどまでの鍾乳洞の入り口は欠片も見えない。それが在ったという痕跡すら、どこにもない。
「まさか……これが神隠しって奴か……」
「凱! それってどういうこと!」
すぐさま花楓が問い詰め、凱はしどろもどろに話し始める。
「いや……ネットの裏サイトでよ……ここの鍾乳洞の神隠しが……噂になってて……どうせただの噂だろって……思ってたんだけど」
「そんな……」
「……つまり、その神隠しに遭ったってことか? 凱」
「あ、ああ……」
凱は全くいつもの調子でない。それだけ衝撃だったのだろう。それは、俺も同じだ。予想してなかっただけに、その衝撃は余命宣告のされた時よりずっと重い。
「凱さん! なんでそんなこと黙ってたんですか! 僕らどうなるんですか!?」
暁人も動揺を隠せていない。昨日の浮かれ気分など欠片も見えない。
「凱。そのサイトに何か書かれてなかったか? 情報になるようなことは?」
「いや半信半疑みたいだったから詳しいことは……俺だってありえねぇって思ってたからさ……」
凱の呟くような答えを反芻し、その意味を脳内に焼き付けていく。非現実であり得ないこと。だが今は、それが現実として俺達の前に現れた……のか。
「志道君……」
不安げな顔で花楓が見つめてくる。大丈夫だ、と軽く肩を叩いてやるぐらいしか俺には出来なかった。俺自身、いくらか落ち着いていられたとはいえ、まともな精神状態ではないと思う。
己の身に何が起きて、これからどうなって行くのか不安で仕方ない。物心ついた時から知っている病のことと、全く何もわからない状況では精神の在り方がまるで違う。
何とか、落ち着いていられるのがおかしいと思うほどだ。
ちなみに、気持ちを落ち着かせられた理由として、皆が不安を隠してないことが挙げられる。皆が不安で落ち着いていられない。そんな光景が広がるからこそ、かえって自分は冷静に事を見ることが出来る。だからこそ、皆よりいくらかマシに――気持ちを落ち着かせていることが出来たのだろう。
周りを見回すと、立夏も不安そうに蓮に寄り添っている。そういえば立夏が「嫌な感じがする」と言っていたが、何かそういう勘でも働いたのだろうか。いや、ないか。
蓮は、考え込むように顎に手を当て下を向いている。何時も冷静さを失わない蓮ですら、動揺が隠せないようで、しきりに何かつぶやいている。ありえないだのと……なんか、らしくないな。
美帆も不安げに、しきりにあたりを見回している。だが、尋常ではない様子で首を動かしている。しきりに何かを探すように……?
「美帆、何かあったのか?」
「亜美が……亜美が見当たらなくて!」
すぐに辺りを見回すが確かに亜美の姿がない。後ろの方にいたからまだ鍾乳洞の中だったのだろうか。一人残された方も心配だが、逆にこの状況に巻き込まれなくてよかったというべきか……。
「さっきまで隣にいたのに、急に消えちゃって……」
が、その考えは違ったようだ。だが、それだと本当にどこに消えてしまったのか――
「――痛っ!」
何かが後頭部を直撃する。落ちたそれは携帯電話だ。ピンク色の携帯電話。
「それ、亜美の……」
驚いて、美帆が呟く。この携帯電話が亜美の物だとしたらなぜそれが後頭部に直撃するのか……それが示すことはただ一つ。促されるように、頭上を見上げる。
そこにあったのは、無数の糸。空中で網目状に作られているそれは、よく見たことのある――クモの巣だ。頭上にあったそれは、頂点が見えないほどの規模の大木と大木の間をつなぐように張り巡らされている。
だがおかしい、妙だ。
ポイントは大木と大木の間という事。木は光合成をおこなうため、一定の間隔で自生する。光合成が十分に行えない限りここまでの大木には成長しない。目の前の木は見たこともないような大木であり、当然その間隔も優に十メートルはあるだろうか。
それはつまり、蜘蛛の巣のサイズもそれに見合った大きさであること。そしてその主である蜘蛛のサイズもそれだけ大きいことを意味していた。少なくとも大人の人間と同じサイズ……いや、それ以上と言ったところか。
蜘蛛の糸は強靭だ。太さが同じなら鋼鉄の五倍、伸縮率はナイロンの二倍といわれる。先ほど想像した大きさの蜘蛛が存在するとしたら、その生活を支える蜘蛛糸の強度もそれに見合ったものになるだろう。
そんな蜘蛛が存在したら、捕まったら最後。逃げられる訳がない。
いない。そんな蜘蛛、居るわけがない。その思いを込めて頭上に目を凝らす。
だが、……居た。
蜘蛛は確かにいた。そして、下から見上げている状況では小さく見える……はずだった。
そこにいたクモはその場から見ているだけでも人間の大人と同じくらい……いやそれ以上のサイズだ。そして……
その巣の一角、不自然な糸の塊があった。距離があるためよく分からないが、それはまだ出来立てで中身がはみ出している。
クモは獲物が巣に引っかかると、その獲物に糸を巻きつけ動きを封じてから食すらしい。その食事方法は獲物に消化液を流し込みそれを飲み干す体外消化。決して直視したくない。
つまりはその糸の塊からはみ出しているものはクモの餌だ。そしてはみ出しているものは……肌色の何か……詳しくは分からないが、細い腕のような……。
何故それが見えたのか。おそらく俺の脳内で勝手にそう見えてしまったのだろう。肉眼では視認し辛いそれを、現状と重ね合わせて介錯したのだろう。
理解するのには、一呼吸必要だった。その間に皆も異変に気づき、頭上を見上げる。同じように同じものを見て、理解するのに一呼吸かかった。
その糸の塊からはみ出している肌色の物体。それが何かは……
「い……いやああああああああああああ!!!!!!」
美帆の悲鳴が森の中に響き渡った。
***
亜美は動揺していた。鍾乳洞の中で迷って、やっと出てきたら見知らぬ森の中。一難去ってまた一難とは、まさにこのことだ。
太刀川先輩が神隠しがどうとか言っていた。
嘘でしょ。
そんな話聞いてない。ただ、これは先輩たちの卒業旅行。先輩たちと仲のいい暁人が、人数が欲しいからと誘ってきた旅行。そして、ちょうど時間が開いていた私と美帆が誘われた。楽しそうだからと行くことにした。
来てすぐ、これは、あとわずかしか生きられない日景先輩の思い出づくりであると聞かされた。そういうことは話さない方がいいのではないかと思ったが、かなり重いらしく、知っておいてほしいと久留先輩が頭を下げた。
初めて会う人ばかりだったけど、それなら楽しく過ごさせてあげようと思った。
移動中だけでも打ち解けられるくらいだったから、心配はすぐに杞憂になった。日景先輩は、とても重病人とは思えないほど見た目は元気そうだった。私たちも、すぐ話が出来るようになった。
でも、どうしてこんなことに……
ケータイを取り出す。無駄だとも思ったが、ダメもとで試す。震える指でケータイの電話帳を開き――
「……えっ」
亜美の身体は、宙を待っていた。ケータイを操作しているときに、何かが体に絡みついた……ような気がする。
だがそれに気づいたのは、亜美が宙を舞い、粘着質の何かに絡み取られた時だ。四肢が粘着質の何かに張り付き動かせない。首だけを動かしてその現状を把握しようとする。
すると身体が何かに捕まれ回転する。そのまま白い何かが体に巻きついていった。身体が派手に回り、目が回り、平行感覚がおかしくなっていく。
視界に映ったのは身体を回転させている細い毛のついた足? 節? あっという間に上半身が巻き取られ顔も覆われる。何かが口を覆いつくし、声を出すこともできない。ただ、まだ薄い糸のおかげでかろうじて視界は確保された。
だが、それは幸運だったのだろうか。視界に移ったのは節だらけの何か。八本の細い足――その生物が知っているそれであれば細い――が確認できた。そして、無数とも思えるような目――複眼がこちらを見つめ、その尻から糸の残滓と共に針が現れる。
悲鳴を上げそうになる瞬間、その針が自分の腹に刺さる。急速に気分が悪くなり吐き気を催す。手に握っていた携帯電話が零れ落ちる。
――……あ……わたしのケータイ……」
それが下にいた誰かに当たる。いや、当たったのだろうか。確認などできない。急速に脳内が漆黒の闇に覆われていく。
何が起こったのか、ほとんど理解することもできず、霜川亜美の意識は、途絶えた。
***
「い……いやああああああああああああ!!!!!!」
美帆の悲鳴が森の中に響き渡る。
「な、何だよあれ!?」
「え……亜美ちゃん!?」
「こ、これは……」
「!!」
凱と花楓の戸惑いにあふれた声。
蓮も言葉にできずにいる
立夏はそこから目を背け、蓮にしがみつく。
皆が動揺しているように俺もその場に立ち尽くしていた。どうしたらいいか分からない。今度は冷静さを保つなどできなかった。何が起こっているのか理解できない。ただ一つ言えるのは亜美が、先ほどまで一緒にいた人物が、『死んだ』という事実。
死? 死んだのか? さっきまで一緒にいた子が? 俺よりずっと元気だった女の子が? その遺体は確認することが出来ない。しかし、生きていられる保証はどこにもないだろう。
視界に映るクモは想像よりも遥かに大きい。少なくとも人間の倍以上の大きさだろう。でなければ足を動かすだけで糸を巻きつけるのは至難の業。獲物の身体に這い回りながら糸を巻きつけた方が楽だからだ。
クモがこちらに向き直る。亜美と言う獲物を捕らえ、より多くの獲物を欲しているのだろうか。
巣を張るクモは『待ち伏せ型』と呼ばれ、巣に引っかかる獲物を待つ習性だ。しかし、このクモは待ち伏せしながら近くを通りかかった獲物に対し、積極的に攻撃を仕掛けるのだろう。巨体維持のため、より多くの獲物が獲れるよう二種類の狩り方を会得したのか……。
狙いを定めその尻から糸が襲い来る。狙いは……俺だ!
「志道!」
とっさに凱に突き飛ばされ、先ほどまでいた場所に鋭く蜘蛛糸が突き刺さる。が、どうにか避けれたようだ。その行動が、俺たちの硬直を解いた。
「逃げろ!」
蓮が一早く硬直から抜け出していたようで皆を誘導する。
クモは、糸が外れたことを悟ると糸を戻し再び発射体制を取る。だが、全員がすでにその場を脱していた。
***
「はぁはぁはぁはぁ……おい蓮! どこまで走るんだよ!」
「僕に聞くな! それより足を動かせ!」
ひたすら走り続ける。後ろを見る余裕などない。だが、我慢できず俺が一瞬振り返る。
「……おい、もう追ってこないみたいだ」
近くの獲物には積極的に攻撃するが、巣を離れてまで襲う事はないようだ。手近な獲物を狙う奇襲戦法か……。俺の声に反応して、皆も振り返り安全を確認する。
「……ほ、ほんとうだ。……はぁ」
暁人がばったりと倒れ込む。気力・体力共に限界なのか、荒く呼吸しながらそのまま動かない。
「暁人君、まだ倒れるのは早いよ。もしかしたら、まだ何か居るかもしれない」
蓮に注意を受けたが暁人が起き上がることができない。精神的にも肉体的にも疲労している所為だ。しかし早めに少しでも安全な場所に避難する方が無難であるのは確か。
「一度どこかに落ち着いた方がいいんじゃないか?」
「それもそうだね……あそこの岩の近くにしようか」
蓮が示す岩に寄り添い、疲れた体で倒れ込む。
誰も何も言わない。暁人は再び倒れ込んでしまい、美帆は先ほどの一件から情緒不安定の様子で花楓が必死に落ち着かせている。蓮はしきりに何かを考え込むように黙っている。
俺は……と言うと少し息苦しい。いきなりのことで、さらに元々体力のない俺にとっては無理のし過ぎだった。おまけに持病の発作まで。ポケットに突っ込んでいた薬を口に放り込む。気休めにしか期待を持てないが、ないよりマシだ。
呼吸が落ち着くのを待つ間、先ほどのことを考える。
目の前で、ついさっきまで一緒にいた子が、死んだ。もし生きていたとしても、長くはない。確実にあの化け物に殺されている。いや、喰われている
それを想像して、凄まじい恐怖が体の芯まで凍りつかせた。
これが、死の目前にいる気分。間接的に告げられた余命より、直接目の前に存在するそれは……何十倍も、何百倍も、何千倍も恐ろしい。
もし、あれが自分だったとしたら……想像したくない。いずれ……いや、もうひと月も経たない内に俺にもやってくるのだろうが。
こんな極限の緊張と恐怖に包まれた中、苦痛と共に死んでいくなんて……そんな目に遭うのは御免だ。死ぬのは当然いやだが、どうせ死ぬなら安楽死でいい。苦しみなんて御免だ。
それがさっき、目の前に迫っていたのか……そこで、一つだけやることを思い出す。
「凱、さっきはありがとう」
「……気にすんなよ」
凱は乾いた笑みを浮かべそれだけ返す。一言言葉を吐き出したら、それだけでも気分が楽になった。うん、恐怖することよりほかのことに意識を回すべきだ。もう一度皆の様子を確認しよう。
「立夏? 大丈夫か」
兄が黙り込んでしまい、行き場のなさげだった立夏にも声をかけることにする。
「……うん、大丈夫」
あまり大丈夫そうには見えないが、少なくとも美帆よりはマシだ。
「志道、あれ……なんだったの?」
「さぁ……分からない。俺にも何がなんだかさっぱりだ。」
そうは言ったものの、今の現状に、一つだけ心当たり――というか、思いついたことがあった。ひどく馬鹿馬鹿しいことだが。なぜこんな発想をしてしまうのか、全く非現実的だ。
ひとまず一番まともそうな、蓮に聞いてみることにする。
立夏をほっとく気にもならず、彼女が落ち着いてから蓮の元に向かう。立夏は兄の元に居た方が一番安全だ。
「なぁ蓮。これ、どうなってると思う?」
「わからない」
シンプルな回答。だが、それ以上にこの現状を表す言葉はない。鍾乳洞を出口に向かっていたはずが、気づいたら化け物蜘蛛が襲ってくる見たこともないような暗い森の中。まともな考えが全く通用しないような場所。
空想作品みたいに気づいたら異世界でした、みたいな?
いくらなんでもそれは馬鹿げている。そんなことあるはずがない。ならばこれは夢か?夢にしては嫌に現実感が強いような……夢? 何か覚えがあるような……。
その場にとどまって、少しだが呼吸も落ち着いてきた。そろそろ動けるか……。
「とにかく、いつまでもここに居られない。何とか化け物たちに見つからないよう移動して、考察の時間はそれからでも――」
「きゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
蓮の言葉を遮り再び悲鳴が上がる。花楓からだ。皆がそちらを見る。そこには……
***
亜美が死んだ。
化け物の蜘蛛に捕まって、見る影もない姿で。
亜美のケータイと自分のケータイを握りしめる。残された唯一の繋がりのようなそれを。
名前に『美』が付く者どうし。それが、二人が仲良くなったきっかけだった。小さすぎる切っ掛け。でもそれぐらいしかなかった。
気づいたらいつも一緒にいた。今回、旅行に誘われた時も二人で一緒に行こうと話した。準備も一緒にした、見知らぬ先輩たちの中だが、それでも亜美と一緒だから楽しめた。昨日の釣りも二人で大きな魚を釣り上げた。最高に楽しかった。日景先輩の思い出作りだったが、二人にとっても最高の思い出だった。
だが、その幸せは突然奈落の底まで落ちた。
何で? どうして? どうしてこんなことに?
花楓先輩が何か語りかけているが、全く耳に入ってこない。最愛の友人を失った。その事実が、悲しみが、心のすべてを支配していた。
だから、気付かなかった。背後に迫る存在を。
「…………えっ!?」
自分の肩に何かが喰い込む。ギザギザの刃を待った緑色の何か。
それを認識するより早く、刃が肉に食い込む痛みに体が悲鳴を上げる。喉から悲鳴を絶叫として上げたいのにそれが出てこない。痛みのあまり声が出ない。机の角に小指をぶつけた時声なき悲鳴となるが、それは他愛のないものだ。それを数万倍に増幅したような……いや、こんな表現では説明できない。痛みで周りのことが瞬時に思考から抜け落ちる。
代わりに、花楓先輩から悲鳴が上がる。それすら気づけなかった。
その痛みに、亜美のケータイと自分のケータイが手から零れ、重なり合うようにその場に落ちる。
ゆっくり振り返り、それを視界に収めようとする。だが、その前に視界は闇に包まれ更なる痛みが頭部を襲う。何が起こったのか見当もつかない。
結局、何が起こったか何も解らず、美帆の意識は闇へと消え去った。
***
俺は……この化け物を知っている……。でも、どこで? 思い出せない……。
新たに現れた化け物――三メートルはあろうかという巨大なカマキリが美帆の肩をがっちり捕まえている。そして、その顔にカマキリの頭が近づき、大顎を開け、その中に美帆の頭が吸い込まれるように消える。
グチャッ
肉が潰れ、頭蓋骨が砕け、脳みそが爆ぜる。その音が周囲に響き渡る。
カマキリは一心不乱に美帆だったモノに喰らいつく。その動きに弾き飛ばされたのか、ヒビだらけのケータイが二つ志道の足元に転がってくる。
機械のようにぎこちない動作で、それを拾い上げる。ヒビだらけのそれは、まるで二人の命の状態を表しているようだ。もはや手の施しようもない携帯電話。それは半ばから折れ、ディスプレイと文字盤の二つに割れる。
カマキリは器用に赤黒い物体を腕に引っ掛け口に持っていく。それがうまくいかないと赤黒い肉体に喰らいつく。カマキリの顎が動くたび、内臓器官が爆ぜ、骨が砕ける音が響く。
「あ……あ……!」
「うっ…………」
すぐに逃げるべきだ。だが、その前に視界に入った光景より激しい吐き気が襲ってきて、嘔吐する。初めて見るその光景は、あまりにも凄惨過ぎだ。人間が一撃でミンチとなり喰われる。地面に落ちている赤黒い物体には早くも辺りのアリたちが集り始めている。
「う、うわああああああああああああ!!!!!!」
「暁人!」
倒れていた暁人が悲鳴を上げて走り出した。凱が呼びかけるが、彼は悲鳴と共に走り去って行く――がすぐにその走りが止まる。
なぜなら、暁人の前にもカマキリが現れたから。
絶体絶命の状況。カマキリはじりじりと距離を詰めてくる。対して、志道たちは固まることしかできない。
カマキリたちの一歩ごとに、心臓の鼓動が早くなる。もう誰も声を発することができない。完全に恐怖に支配されていた。
そして、二匹のカマキリがその鎌を振り上げ……振り下ろす。
終わった。
とっさに目を瞑る。
視界を閉ざす瞬間、視界に青い揺らめきが映った。