第1話:最後の旅行
奇妙な夢を見た……気がする。化け物と病。二つ結末があって、どちらによって死ぬか。それを予想するようなギャンブル。
なぜこんな気味の悪い夢を見てしまったのか。だが、妙に気にかかる。
それはいいとして今日は大事な話があると担当医が言っていた。
なんとなく想像できてしまうが、今は考えないでおこう。
……正夢とか、勘弁してくれよ?
『病闘日記~120冊目~より・作成者:日景志道』
半分当たっちまった………………。
『病闘日記~120冊目~追加文』
―――――――――――――――
「――寿命は……後半年です」
担当医の宣告に動揺が走る。が、いくらか想像できていたことだ。言うほど動揺する必要はない。
俺は幼いころより心臓に重い病を背負っており、何度も病院のお世話になった。ここ数年は一年の内の大半を――それ以上の時間を。
だから、その宣告は予想できた。自分の体のことくらい自分がよく知っている。それにこの話の前、母さんがいやに深刻な顔をしていたことからも丸判りだ。
――隠そうにも隠し切れない……か……。
「心臓のドナーが見つかれば、助かるかもしれないが――」
医者の話など、ほとんど耳に入っていない。俺はこの先――残り半年をどう生きるかにその思考を傾ける。
俺は今十五歳。つまりは高校受験を控えた年だ。もしこんな状況でなかったら、きっと受験勉強でヒーヒー言っていたに違いない。
実際は、何一つ変わり映えのしない病室でいつものように本を読むだけの生活だ。
何のためにここまで生きてきたのだろうか……。全く、どうしようもない人生だ。正直、この先生きることも諦めかけていた。必死に病に打ち勝とうとしてきた――死にたくない一心で努力してきた。その結果が余命半年では気が滅入る。
まだ死ぬのは御免だ。受験を超えていよいよこれから! というところで死ぬなど、やるせない気持ちでいっぱいだ。
そして何より、何よりも、“死”が怖い。
――蘇りとか……できないもんかな……。
「――日景君? 志道君、志道君!」
「――あっ、はい!」
医者の話をどこ吹く風と、右から左へ流していたことに気づく。
「……つらい事とは承知しています、私たちも最後まで力を尽します。君も望みを捨てないように、頑張りましょう」
「……はい。ありがとうございます」
「申請をくれれば病院の外にも出れるよう措置をとります。自分の人生だ、思うように過ごしなさい。……ただし、無理はしないように」
それは、望み薄ってことですよね。
担当医に突っ込みたくなるのを我慢する。こんな時に茶化してもしょうがない。
「それじゃ、失礼します……」
今後の軽い相談を経て、自分の病室に戻った。
ベッドに横になり目を瞑る。叫びだしたい気持ちを無理やり抑え込み、一度眠ることにする。これも夢か何かだろ、と現実逃避を決めこんで。
外では大雨が降り続いている。余命宣告された時からずっとだ。雨音が耳に響き、睡眠を妨害する。
鳴り響く雨音が俺に絶えず言葉を紡ぐ。受け入れろ、と。
ああ、俺は受け入れなければならないのか。この世界で生きていられる時間が残りわずかという事を。
俺という存在が、もうすぐ消える――死ぬことを……
***
「いよう! 久しぶりだな、志道」
「志道君! 久しぶり!」
春の日差しが差し込み始めた病室、そのドアが開け放たれ二人のクラスメイトが入ってきた。
一人は昔からの友人、太刀川凱。もう一人は俺が中学校に通えていたころにできた友人、神本花楓だ。
「久しぶりだな。そっちも忙しかったみたいだし」
読んでいた本を机に置き顔を向け、
「で、二人とも結果はどうだったんだ?」
二人の様子から聞くまでもないことだが、俺は笑みを浮かべながら訪ねる。
「もちろん! 合格に決まってるだろ!」
「あたしも合格できたよ! 志道君のおかげでね!」
「そりゃよかった。落ちてたら『ふざけんな!』って文句言おうと思ってたからな」
俺は基本病院で本を読みふけっていることが多い。その内容はライトノベルや漫画から各種専門書・教科書まで様々だ。そのためか、勉強方面の基本的なところではこの二人より学力がよくなっていた。
おかしな話だ。病院引きこもりの俺より勉強のできない現役中学生がいる。
まぁ、二人が授業で居眠りしているからが大きな原因だ。これは、クラスのある人物からの情報だ。
「でも、なんで俺に教えてくれって来たんだよ。蓮にでも聞けばよかっただろ」
久留蓮は二人と同じクラスメイト。二人と違ってとても優秀な奴だ。実際、なぜ身近な優等生の友人でなく病院生活=引きこもりの俺に聞きに来たのだろうか。最後までそこがわからなかった。
「え……だ、だってよ……あいつの話……難しくてよく分かんねぇし……」
なんだそりゃ。ため息を吐きながら、笑いがこぼれる。
「でもよかった。志道君元気になったみたいね」
俺は、いつでも元気にいるようにしているのだが……。
「だって、最初頼みに行ったとき、凄い暗い顔してたんだもの。……結局、理由教えてくれなかったし……」
ああ。二人が頼みに来たのはちょうど四ヶ月前。余命宣告をされた翌日のことだった。
とてもそんな話を受けられる気持ちではなく、邪険に振舞ってしまった。が、二人は譲らなかった。頑として。
渋々了解して毎週三回、学校が終わった後に勉強会モドキを始めた。だが、そのおかげでつらい現実から目を背けることができた。なにより、二人と居る時は楽しかったな。あれから、さほど時間をかけず立ち直ることが出来たのは二人のおかげだ。
だけど、余命については、まだ、話せていない。
「おっ、蓮やっと来たか! 遅いぞ!」
凱が新たに入ってきた少年、蓮に手を振る。
「……それが頼みごとをした相手に対する態度かい?」
「蓮! それより、どうだった?」
苦笑しながら入ってくる蓮に、待ちきれない様子で花楓が訪ねる。
「大丈夫。病院の先生からも、志道君のお母さんからも許可をもらった。必要な措置も準備できるようにしてもらったから問題ないよ」
「よっしゃ! 宿の予約も取ったし、これで準備オッケー!」
何が? 俺の中に疑問が溢れる。確実に俺だけ置いてけぼりの状態だ。
「えーと、何がどうしたんだ?」
みんなの顔がこちらを凝視する。しばらく、奇妙な沈黙が続き――
「志道君。皆で旅行に行きましょうよ。記念旅行」
「記念旅行?」
「ああ、凱と花楓さんが企画してね」
「そう! 俺たちの卒業と受験合格を記念して! 卒業旅行に行くぞーー!!!!」
「……凱君。周りに迷惑だよ」
ホントにそうだ。ドア越しに看護師さんが恐ろしい表情になっているのが見える。恐ろしいからやめてくれ。
「と、とにかく、みんなで旅行に行くの。志道君も一緒に行こうよ」
俺の返答はもちろんのこと――
「行く! 絶対行く!! 蓮! 先生に許可取ってくれたのか!?」
「ああ、せっかくだから楽しめるようにってね。僕らだけで行けるようにとり図ってもらった」
「す、すごいな。病人を素人との旅行でOKもらえるなんて……」
「そのへんは詳しく聴くな。企業秘密さ」
いや凱。お前の秘密じゃないだろ、蓮の秘密だろ。自分の手柄にすんな。
視線で蓮に問いかけたが、肩をすくめるだけだ。
「ああそうそう。人数は多い方がいいから暁人も誘ったぞ。あいつも二人知り合いを連れてくるって」
尾崎暁人は一つ下だが、家が近いこともあって昔からよく遊んでいた。凱の弟分みたいな奴だ。
「僕も立夏を誘ったよ。志道も良く知ってるよね」
「ああ。さすがにボケちゃいねぇよ」
「うん。とても楽しみにしていたよ」
久留立夏は蓮の妹でとても元気のいい活発な子だった……はず。彼女にはふざけて泥水をかけられたことがあるのだが……まぁ、いつまでも気にしている訳がない。
そう言えば、ここ最近――というかずっと――立夏とは会わなかった。昔から蓮や凱と一緒によく遊んだ仲だが今どうしているのだろう……。蓮からもあまり話を聞かない。
「それじゃ俺たちそろそろ行くわ」
凱が腰かけていた窓辺から立ち上がる。
「何だよ。まだ、蓮が来たばっかじゃねぇか。もう少し話しても――」
「もうすぐ時間だよ」
気づけばもう日がだいぶ傾いていた。この病院の面会時間の終了まで時間がない。
「それじゃあまたね。日時はまた連絡するよ」
「じゃあな!」
蓮と凱が部屋を出て、残っているのは俺と花楓だけだ。
「花楓、ありがとうな」
「ううん。志道君ずっと病室に居るから。一緒に外歩いたことなかったもん」
「そうだな」
花楓と会ったのは中学一年の時。文化祭の準備でポスターを作っていた際ほかのみんなが帰る中、二人残って作業をしていた時だ。その時に俺が発作を起こして騒動になり、それ以来病室に顔を出すようになった。
これ、そんな時間まで残った俺が悪いよな。久しぶりなもんで長く学校に居たかったのだ。大いに迷惑かけたな
「志道君」
「ん?」
「いっぱい楽しもうね! 私たちの記念旅行!」
笑顔で語りかける花楓に、同様に笑顔で返す。
「ああ、もちろん!」
***
「というわけでやってきたぜ離島!!」
離島と言うより諸島なのだが。
あれから二週間後、俺達は日本のある諸島に来ていた。メンバーは前回の四人に年下四人を加えた八人。大人がいないのによく許可が出たものだと思う。
「で、結局最後まで予定を聞けてないんだけど。この目的地しか聞いてないぞ」
無駄にハイテンションな凱はほっといて肝心な部分を訪ねる。
「そうだね。そろそろ秘密にしとくのもいいかな」
蓮がノートを取り出し、それを見せる。
「みんなに行きたいところを聞いてね、それにピッタシだったのがこの離島と言うわけさ」
ノートには、メンバーそれぞれの行きたいところが書いてある。……が、
「……凱の行きたい心霊スポットって……なんだよ」
「何か面白そうだろ?」
だからって卒業旅行に心霊スポットって……まぁ、あり……なのか? 他のは……
「海産物グルメ? 花楓の?」
「あ、そっそれは……だってせっかくだから美味しいもの食べたかったし……」
わかりやすく動揺しているが、なぜ動揺する? ここの名産がアワビだからか?
「……蓮、お前のところは空欄か」
「みんなに決めてもらおうと思ってね。残りの『沖釣りがしたい』『水族館』この二つも満たせてるからね、この諸島は。それに君の要望、鍾乳洞もあるんだよ」
八島。以前まではなんてことのない島々だったが、鍾乳洞の発見から一気に観光名所として注目を集め出したらしい。豊かな自然の残る島々を巡るのがブームになっているとか。
暇つぶしに見ていたテレビでその存在を知ってから、ずっと行きたいと思っていた場所だ。
余命宣告されてからは余計に。
「さぁ! まずは早速沖釣りだな! これは暁人の希望だよな」
「はい! 早くいきましょう! 沖釣りなんてめったに行けなかったんですから!」
礼儀正しい言葉遣いだが暁人よ。釣竿振り回すのはやめろ。迷惑だ。ほら、周りの人の視線が痛いから。
「暁人ー危ないからやめてよー」
「そうよー文句言われるわよー」
この二人は見覚えのない顔だ。凱の後輩かつ、暁人の友人らしいが……どこにでもいそうな女の子たちだ。名前を舞谷美帆と霜川亜美。ちなみに、ここまでの道中で二人が離れたとこ見たことないけど……仲良し?なんだろうな、きっと!
「ああそうそう。この釣果が今日の夕飯だぞ。下級生と上級生で別れて勝負な」
「え、そうなのか!? 凱、そういうことは早く――」
「志道君! これは負けられないよ! あたしたちの夕食がかかってるんだからね!」
花楓って食い気がすごかったんだ。……初めて知ったよ。さっきの動揺もばれたくなかったんだろうか。別に気にしないが。
と、呆然としていたことに気づいたのか
「……あ! いや、その……」
口ごもって黙ってしまった。
しかし、何かこういうのいいな。和やかな雰囲気にそう思う。
「まぁまぁ。とにかく急がないと舟が出ちゃうよ」
「おっそうだな。急ごうぜ、って暁人!?」
「早くいきましょう!」
だから、竿振り回しながら走るな。お前の連れてきた女の子たちの視線が軽蔑に変わってるぞ。
苦笑を浮かべながら蓮や凱がその後を追う。花楓もその後についていき自分もと言う時だ。
まだ一人残っていた。茶髪の女の子。蓮の妹の
「立夏、どうした? 何か静かだな?」
「あ、あはは……暁人と凱についていけなくて……」
立夏は今12歳で小学校を卒業したばかりだ。昔から俺と凱が蓮と親しかったこともあり、小さいころからよく知っている。そのためか、彼女に敬語を使われた覚えがない。暁人は、そこだけはしっかりしているというのに。
いつもは元気のいい女の子だが、さすがにあのバカにはついていけなかったらしい、その気持ちを愛想笑いでごまかしていた。
「無理しなくてもいいぞ。いつも通りで」
「うん。……あの志道は大丈夫? 身体」
「ああ、それは――」
「――志道君! 早く早くー!」
花楓が呼ぶ声がする。見ればもうみんな舟に乗ったらしい。
俺と立夏もすぐに後を追う。立夏の変化に微妙な違和感を覚えたが……
***
「負けた……」
「勝った! 僕たちの勝ちですね、凱さん!」
釣りの結果は見事に下級生チームの勝利。勝因は暁人が1メートルクラスのタイを釣ったこと。亜美と美帆も協力して大きな魚――種類? 何だろ?――を釣り上げていた。立夏も運がいいのかアジをたくさん釣ることができたようだ。
それに対して……
「志道! お前なんだよこのザマは!」
「……俺に文句言うな。……釣りって難しいんだな」
視線を宙にそらしながら答える。決して足元は見ない。
「志道君、釣りは初めてなんだよね。にしてもこれは……」
「ひどすぎるね」
蓮の一言がトドメとなり、カクンと頭が垂れる。一瞬、視界に原因である俺の釣果が目に入る。
「ありがとよ。おかげさんで海がきれいになったわ。がっはっは」
連れてきてくれたおじさんに慰められる。……嫌味に聞こえるのは気のせいだろう。そうだ、そうに違いない。
「日景先輩ってすごいねー」
「こんなこと現実にあるんだー空想の中だけだと思ってた」
そこの女子たち。俺の心をさらに傷つけたいか。
「先輩! どうやったらそれらが釣れるんですか! 教えてください! 僕も海中の掃除ができるようになるために!」
ほとんど本気で聞いてくる暁人に殺意を覚える。お前も余命宣告されてしまえ!
とまぁ、結果はもちろんお分かりのように……ゴミだらけだ。ゴミでなくともどうやって釣れたのか分からない海藻やクラゲたち。ちなみにルアーを5つほど失くした。
人生最初で最後の釣りの結果がこんなのって……
俺は誓う。金輪際二度と釣りなどしない!! ……って、どうせそんな機会など二度と訪れないだろうなぁ。
「……ん? おいお前さんたち。少々雲行きが悪くなってきたから帰るぞ」
見ると、確かに東の空に大きな暗雲が立ち込めている。明らかに雨をもたらすだろう雲だ。
「ホントだ。ではよろしくお願いします。できるだけ早く」
「おう! とばすから落ちないようにな!」
おじさんは素早く錨を上げ、準備を進める。経験のある暁人と凱も手伝い、程なくして船は港に向けて走り出した。
先ほどの騒ぎも鳴りを潜め、静かになった船上。
雨雲を見上げながら立夏が呟く。
「……何か、嫌な感じだな……」
ふと、俺も同じような予感がした。それが何かは、分からなかったが。
その夜、酷い土砂降りが夜明けまで続いた。
***
翌日、雨上りの朝早くに、俺達は昨日の島から移動した。行き先は鍾乳洞がある島。この諸島の観光の目玉と言える場所だ。それなりの距離があるため朝早くから出ねばならない。
その上、洞窟は島の中心部にあるためそこまで歩かなければならない。
当然、皆の口数も減って行く。
「……はぁはぁ」
息苦しくなってきた。俺は命に関わっている病以外にも持病持ちだ。その発作が出たかもしれないな。だが、あまり心配かけるのも悪いと思いできる限り隠す。本当は言った方がいいのだが。それでせっかくの旅行を台無しにしたくはなかった。
せっかく外に出てきたのだ。最後まで問題なく楽しみたかった。
「こちらが本日のメインになります八島鍾乳洞です。この鍾乳洞は……」
どうにか、体調も回復してきた。結局バレて少し休みをもらったのが幸いしたのだろう。今は凱と花楓が近くにいる。
「志道君。体調はどう?」
「大丈夫。何とか回復した」
「本当か? 無理するなよ。お前に倒れられたらどうしようもないんだから」
大丈夫だって、と二人に笑いかけ歩き出す。気づいたら列の最後尾にいた。暁人たちは先に行ってしまっているだろうか。
二人は釈然としない顔をしながらも歩き出した。俺もできるだけ力強い足取りで進む。心配など不要と伝えるように。
「では、ここで休憩を取ります。自由に鍾乳洞の見学をお楽しみください。なお……」
パンフを見る限り、道は一本道で迷うことはない。だからここで休憩となったのだろう。
「なぁなぁ、もっと奥まで行ってみようぜ。鍾乳洞の限界までさ」
言うが早いか、凱はすぐに突き進んでしまった。ここを選んだ俺としてはゆっくりその景色を堪能したかったのだが。
「凱は早いね。休憩だから僕らも自由にしようか」
蓮の提案で二手に分かれることになる。凱、暁人、亜美、美帆は奥へ。蓮、花楓、立夏、俺はのんびり歩きまわることに。
「きれいね。これが何万年もかけてできてるって聞くと自然の力がすごいって思うよね」
「だな。鍾乳洞ができるまでってのも堪能してみたい気分だが」
「それって何万年も生きてみたいってこと?」
「そうだな。……まぁ普通に無理だろ。そんなこと」
花楓と一緒にのんびりするのは初めてだ。蓮も兄妹で別のところに行っており、別行動だ。今は花楓と二人っきり。
「でも、志道君はもっと生きてみたいのよね」
「当たり前だ。まだまだ死にたくないからな」
『君の寿命は後半年』そう言われてから、すでに四ヶ月以上が過ぎている。心臓のドナーは一向に見つかっていない。以前だったら死に怯え、また暴れていたかもしれない。だが、この四ヶ月、花楓たちとの時間が俺の心を落ち着かせてくれた。もうどんな運命だろうと受け入れる覚悟は出来ている……かなぁ?
――いや、やっぱり怖いな……死んだ先ってどうなるんだろう……。
しかしその前に伝えなければならない。花楓たちに、俺の、命のローソクはもうほんの僅かしかないことを。
「……花楓」
「何?」
「実はその……俺……」
花楓はまっすぐ俺の目を見つめている。
「俺……その――」
――あと、一月ほどで……!
「コホン。二人とも、ちょっといいかい」
突如、後ろから声がかかる。
「どわあ!! な、何だよ蓮」
ビクッと身体を緊張させ振り返る。花楓も体が跳ねた。
「ごめんごめん。いい雰囲気だったから邪魔かなって」
意地悪な笑みを浮かべながら蓮が言う。だがすぐに表情を直す。
「凱達がまだ戻ってないんだ。そろそろ時間だから呼びに行こうと思って」
「だったら俺達も行くよ。時間過ぎてたらまずいからな」
俺は足早に立ち歩き出す。
「いいのかい? いい雰囲気だったのに」
「うるさい! そういう話じゃねぇよ! 花楓、早く呼びに行こう」
「う、うん」
顔を赤らめながら花楓も後を追ってくる。
「ねぇお兄ちゃん。花楓さんと志道さんって付き合ってるの?」
「そう見えるよね。実際そうだよ。でも、相思相愛ではあるけど微妙に距離がある。……立夏のチャンスもまだあるよ」
「そんなんじゃないよ! お兄ちゃんのバカ」
立夏は顔を背け二人の後を追って走り出す。一瞬、頬が赤く染まったのが見えた。
――やれやれ
一つ息を吐き蓮も彼らの後を追った。
***
鍾乳洞を進んでだいぶ歩いたが凱達は見つからない。追いついてきた蓮にも聞いたがここまでは一本道だ。いったい凱達はどこまで行ったのか。
「いないな」
「うん。でもこんなに長かったかな? この鍾乳洞」
地図を見た限りでは奥に広間があってそこが最奥部のはずだ。その広間とは先ほど俺たちがのんびりしていた場所。
「……ちょっと待って! この道パンフレットの地図に書いてないよ!」
「なバカな」
俺もパンフレットを見直すが、確かにこの道は書いてない。そういえば休憩前に見た時もこの道のことはなかったように思う。流し見で確認したが故のミス。
「どういうこと? まだ見つかってない道なのかな?」
花楓も首を傾げる。
「ねぇお兄ちゃん、一度戻らない? 何か嫌な予感がするの」
「そうだね。ミイラ取りがミイラになんて結果は御免だから。ガイドさんに伝えて、それからにした方がいいかもしれない」
一度戻ろう。そう方針が決まった時、
「おーい、みんなー」
洞窟の奥から凱達が現れる。
「いやぁ~どこまで行っても奥に着かなくて。時間だから戻ろうかと思ってたところでさ。ちょうどよかったよ」
「凱さんがどこまでも進むから……」
「ついて行くんじゃなかったわ」
「ねぇ、もう時間過ぎてるわよ。文句言われるわね」
ははは、と乾いた笑いがこぼれる。心配するだけ無駄だったようだ。
「じゃ、早く戻ろう。他の方たちに迷惑をかけてるからね」
帰り道を歩きだしてすぐ、数分ほど歩くと明かりが見えてきた。
「やっと戻れたようだね。皆さんに謝らないと」
蓮の言葉にその通りと思う反面、面倒だなと思う自分がいた。自己中になりかけてるかなと反省する。なんて謝ったものか……と考えていたが、
洞窟を出て飛び込んできた景色は鍾乳洞で彩られた幻想的な風景。
「なんだ、これ」
ではなく、暗い森の怪しげな風景だった。