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転生ガール  作者: 烏賊 宙
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再会

 輝姫(キラリ)は車の運転をスマホを通しておこなっていた。

 スマホが、ハンドルやアクセル、ブレーキの代わりをするコントローラーなのだ。

 パネルには、まだ距離が離れているふたりの様子が望遠で拡大されて表示されていた。

 ぐずって泣いている妖精エーセルと、対応に困り果てた勇者スバルの姿だった。


 たぶん、まだ幼いエーセルは、お使いに失敗した上に迷子にまでなってしまい、どうしていいのかわからなくなって泣いてしまったのだろう。お屋敷からすぐ近くの噴水公園の出店からジャム入り揚げパンを買ってくるようにとの簡単なお使いのはずが、わざわざ遠く離れた古木広場の本店まで買いに行ってしまうとは、その上、魔法障壁にひっかかってしまうなんて想定外だった。

 エーセルの救難信号を受信した女神さんから知らせを受けて肝を冷やして慌てて飛び出してきたが、とにかく無事でよかった。ありがたいことに、スバルが保護してくれていたから大事に至らなかったともいえる。さすがは勇者ね。

 ――などと輝姫(キラリ)がスバルにかける感謝の言葉をいろいろと選び考えているうちに、砂埃を巻き上げて車は止まった。


 ドアノブに手をかけて扉を押し開けようとした輝姫(キラリ)だが、勢いよくガルウイングのドアが上方に跳ね上げられてしまった。輝姫(キラリ)は振り落とされないようにドアノブに手の力を込めてしがみついた。


「キャッ! な、なに!?」


 輝姫(キラリ)がドアを開けるのとまったく同じタイミングで、スバルがドアを外から開けていたのだ。

 車としては、長い間たいして使われることがなかった為、固くなっていた跳ね上げドアが勢いを増して開いた。

 そのドアノブをしっかりと握っていた輝姫(キラリ)は、跳ね上がったドアで万歳をする格好となってしまった。

 空中に放り出され、そして落ちた。


「うわあぁあぁー!」


 その下には、ドアを外から勢いよく開けてしまったスバルがいた。

 普段通り、馬車のドアを開けてお姫さまの手を取って迎えるつもりだったスバルは、こんなことになるとは思ってもいなかった。もちろん悪意もなかった。

 ドアに引きずられる格好で跳ね上げられ落ちてきた輝姫(キラリ)にのしかかかれて、不意をつかれたスバルは、輝姫(キラリ)を抱きとめるともつれて通りに倒れ込んだ。

 スバルは、しっかりと輝姫(キラリ)を抱きしめて衝撃から庇っていた。


「……う、うーん、今度、車の整備を頼まないといけないわね……。――ちょっと!?」


 輝姫(キラリ)は身を起こそうとして動きが取れないことに気がついた。首を回して確かめると、スバルにきつく抱きしめられていたからだった。ちょうど胸部に顔を強く押し付けられていた。


「いつまでやってるのよ! は、早く離しなさいッ!」

「ああ、この柔らかさ……。俺は、輝姫(キラリ)の治癒魔法に癒されているに違いない。温かくて……」

「アアッ、顔を胸に埋めたまましゃべるな! 変に擦れるんだから! 深く息を吸い込むなー!」


 輝姫(キラリ)の胸に包み込まれるような感覚に我を忘れたスバル。

 ロングの銀髪を振り乱しながらイヤイヤをするように真っ赤な顔をして、なんとかして体勢を立て直そうと輝姫(キラリ)はもがいた。スバルにフォールドされながらも、輝姫(キラリ)は足をジタバタさせた。


「うわっ! あ、暴れるとバランスが、――ウッ!! ――グオッ! ――ッ!」

「放せッ! この変態! スケベー!」


 輝姫(キラリ)の締まった太腿からスラリと伸びた脚が、足掻く際に何発かスバルの下腹部にダメージを与えていた。決して輝姫(キラリ)が意図して急所を狙ったわけではなく、たまたまそうなってしまっただけなのだ。

 蹴りの僅かなダメージによりスバルの拘束が緩んだスキを利用して、ほっそりとしてしなやかな体躯を活かして抜け出した輝姫(キラリ)は、マウントポジションを入れ替えるとスバルに馬乗りになった。

 輝姫(キラリ)は豹のように獰猛に光る瞳で見下ろすと、乱れた振袖から覗く白い肌を恥辱で赤く染め上げて、平手でスバルを打ちすえようと大きく腕を振りかぶった。


「コンノォー!!」

「や、止め……、う、うわああぁあっー……!」


 自らの貞操を守るために必死な輝姫(キラリ)の正当防衛の一撃が、スバルに襲いかかったのだった。




「――いつもいつも、スバルは私に抱き付かずにはいられないのね? ちょっとは常識ってものを身につけなさいよ!」

「だから、違うんだって。俺はドアに跳ね飛ばされた輝姫(キラリ)を助けようとしたの。しっかり支えて受け止めようとしただけなんだ」


 輝姫(キラリ)は車のシートに腰かけ、不満そうに唇を尖らせていた。

 頬にモミジの手形をつけられたスバルは、車載工具でドアの開閉具合を調整していた。


「まったく、いやらしいんだから……」


 頬を赤く染めてジトッとした目で睨みつけてくる輝姫(キラリ)の黒曜石の瞳から逃げるように、スバルは車のドアをバタンと閉めた。


「そもそも、お姫さまらしく、お付きの馬車で来ればこんなことにならなかったんだよ。フフ……、相変わらずのオテンバなんだよなぁ」


 輝姫(キラリ)を車内に残し、外でスバルは楽しそうに呟いた。


「まさか、輝姫(キラリ)さまとも知り合いだったんなんて、すごく親しそうだったからビックリしちゃった! スバルが逮捕されるかもなんて心配した私がバカみたいじゃない?」


 今まで遠巻きにふたりの様子を見ていた妖精エーセルが、興奮しながら言った。

 スバルは当たり前だと言わんばかりに黙って頷きながらドアの調整を続けた。


 さっきまで情緒不安定だった妖精エーセルだが、実際のところ、今でも突然の事の成り行きに頭がついていかなかった。

 たとえスバルが輝姫(キラリ)と親しい関係で会えたことの嬉しさを表現したにしても、からかうにしては少々やり過ぎていたように見えた。対する輝姫(キラリ)も嫌がる素振りをしたが、内心はまんざらでもなさそうだった。というのも、輝姫(キラリ)が本気であれば魔法を使ってでも抵抗したであろうし、何より口喧嘩しながらも今もすぐそばから離れようとしないのだから、そういう関係なのだろうと、エーセルは思うことにした。


「お使いのこととか、輝姫(キラリ)に報告したかい?」


 物珍しそうにドア調整の作業の様子を眺めていたエーセルに、スバルが言った。


「うぅ……。やっぱり、しなきゃダメかな? もう失敗したって分かり切ってるのに。もう少し輝姫(キラリ)さまの機嫌のいい時を狙って、さりげなく言った方がよくない?」

「まぁ、俺は、できるだけ早い方がいいと思うけど」

「うん、分かった。そうだよね」


 妖精エーセルは覚悟を決めると、車中でシートをリクライニングさせて休んでいる輝姫(キラリ)の元を訪れた。

 

「とにかく無事でよかったわ、エーセル。みんな本当に心配したのよ! あなたの姉のモドキなんて、探索用の子機を何十機も放出するところだったんだから!」


 輝姫(キラリ)は笑顔で妖精エーセルを迎えると、ギュッと両手で抱きしめた。


「その前に女神さんがエーセルの場所を教えてくれたからよかったけど、ほっといたら、モドキが蜘蛛女の姿で子蜘蛛まで使って街中の家探しを始めそうな勢いだったから焦っちゃった。でも、あそこまでシスコンだとは思わなかったなぁ」

「あのっ、頼まれたジャム入り揚げパンのことなんですけど――」


 エーセルは真顔で頷くと意を決して言った。

 輝姫(キラリ)は黙ってエーセルの報告を受けることにした。




 ――ガルウイングドアが開いた。


「こんな調子でどうだい? すごく軽くなっただろ」


 ドアの調整を終えたスバルが、顔を車内に覗き込ませて言った。


「ありがとう、いい具合ね。ところで、スバルはこれからどうするの? お屋敷には来るんでしょ?」

「ああ、とりあえず寄らせてもらうつもりだ。輝姫(キラリ)に渡したい物もあるし」

「ア~、輝姫(キラリ)さま、コイツには特に注意してください! 宝石を高値で売り付ける気に違いありません!」


 エーセルが大げさにスバルを指さしながら声を張り上げた。


「あらあら、エーセルったら、すっかりスバルと仲良くなっちゃったみたいね。……スバル、分かってると思うけど、うちの妖精に変なことしてないでしょうね!」


 輝姫(キラリ)はギロリとスバルを睨み付けた。

 スバルは溜息をついた。


「ハハ、な、何を言っているんだい? そもそも、物理的になにをどうやれと……。そんなことは不可能だろ!?」

「不可能を可能にするのが勇者なんでしょ。怪しいものね。――ところで今度、エーセルを助けてもらったお礼をしなきゃならないわ」

「それなら、デートするってのはどうかな?」

「……前線で頑張ってるミーシャちゃんが聞いたら泣くわね」


 妖精エーセルは、輝姫(キラリ)の白い歯がこぼれたのを見逃さなかった。

 黙ってふたりの会話を聞きながらも、ふと首を傾げた。

 ――勇者――、という言葉が引っかかったのだ。


 なぜ、輝姫(キラリ)がスバルのことを勇者と言ったのか? トレジャーハンターや宝石商人なら分かるのだけど……。

 勇者隊は前線で妖魔の討伐にあたっているのだから、単独で勇者スバルが廃墟の街にいるはずがない。

 でも、お屋敷で蜘蛛女に輝姫(キラリ)が襲われたのだから、その蜘蛛女を追っていてもおかしくはない。

 逃げた蜘蛛女は廃墟の街に逃げ込んだ。だから、勇者スバルは後を追ってここにいたのかもしれない。

 思い返してみれば、旋風魔法の暴走に無傷で耐えられる人間など他にいるはずがない。魔法草やハーブの知識もあった。

 名前が勇者スバルそのものではないか。


 ……そういえば、何度も、スバル自身が勇者と名乗っていたような気が……。冗談じゃなかったんだ。


 妖精エーセルは小さな頭を振った。混乱のあまり眩暈がしそうだった。

 さっきまで気軽に腰かけていたスバルの肩が、なんだか遠くなってしまったような気がした。


「さてと、俺も車に乗せてもらおう。――相談なんだが、車の運転をさせてもらえないだろうか」

「スバルは馬に乗った方がいかにも勇者っぽくって素敵なんだから、乙女の夢を壊すようなこと言わないの!」


 無事にエーセルを救助してスバルとも久しぶりに会えた輝姫(キラリ)は、とても気分がよかった。

 シートベルトを締めると、コントローラーであるスマホのイグニッションボタンにタッチして車のエンジンをかけた。


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