一緒に朝食
「へぇ、鶏肉まであるんだ? 全然、鳥なんか見かけなかったけど、スバルはよく卵までみつけられたね」
「いや、それは……」
「あっ、なにこの野草の実? 肉厚で魔力もたっぷり含まれてるじゃない!」
妖精エーセルは目を真ん丸に見開いて驚いた。
「こんなゴーストタウンでも、結構いいものが手に入るんだね! スバル、早く料理して!」
「……エーセルって女の子だろ。俺が調理すると大雑把になるけど文句言うなよな」
スバルは溜息をついた。
「だって、魔力が不安定なんだから、魔法料理が上手くできるかどうか分からないでしょ。せっかくの食材がダメになったらどうするのよ!」
魔法を使わずにエーセルに何の料理ができるのかスバルは聞いてみたかったが、今すぐにでも食べたそうに食材を覗き込んでそわそわしているエーセルを見ていると、思わず笑ってしまった。
「ハハッ、それじゃあさっそく作るから手伝ってくれよ」
「まかせて!」
スバルはナイフで肉を小さく切ると串に肉を刺して串焼きを、エーセルは野草のサラダを作った。
暖炉の火で串焼きをあぶって焼いていく。
焼けた肉をサラダと一緒にお皿に盛り付けすると、簡単な朝食が出来上がった。
スバルとエーセルは暖炉の前で足を崩して座った。
「お腹空いたぁー。スバルも朝からご苦労様!」
「ああ、エーセルもな」
スバルが小皿に取り寄せたお肉をエーセルはかぶりついた。肉には魔力が含まれていて、むさぼるように食べた。
すごい勢いでガツガツと食べてしまってから、ふと、エーセルは小首を傾げると気になって聞いた。
「これってなんか想像したのと違う味なのよね。食感とか風味とか……」
スバルは串焼肉を一本手に取ると、串のまま口に運んでいた。
「お屋敷の食事みたいな味にはいかないさ。まあ、適当な男の料理ってことだ。エーセルの舌が肥えてるんだろ」
「ううん、私はいつもひとりでお花畑で魔法花の蜜を飲んでるから、お屋敷の料理はどんな味なのか知らないし」
「そうなんだ……」
――串に通して肉を焼いただけだから、料理方法を間違えることもない。ただ単に口に合わないのか? いや、あんなに勢いよく食べたのだから、それはないな。ならば、普段ひとりで食べていたのが、ふたりで食べたことの違いが味覚にまで影響したんだろう。そういえば、輝姫も昔、広いお屋敷でひとりきりで食事をしていたと、同じような話を聞いたことがあったっけ、とスバルは懐かしく思った。
浴衣姿のエーセルを見ていると、つい、輝姫の姿と重ね合わせてしまい、スバルは優しく見つめると微笑んでいた。
「むー、なに笑ってるのよ、スバルったら! さては、そっちのお肉の方がおいしいんでしょう!?」
妖精エーセルは背中の羽を広げると、スバルの肩にとまって食べかけの串焼きに手を伸ばそうとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ。肉なんてどれも同じだって!」
「いいから、一口食べてみれば分かることじゃない! ねぇ、ちょっとだけだから」
エーセルにまとわりつかれ串焼きをとられそうになったスバルは、懐かしいぬくもりを感じていた。
「めっちゃおいしかった。野草入りのサラダだからかな。でもよく食材が手に入ったねー」
お腹いっぱいに食べ、小皿を置いて暖炉の前で足を投げ出した妖精エーセルは、満足した表情で言った。
「鳥といっても、この辺でよく遭遇するモンスターの一種だからな。全然、難しい狩りじゃなかったさ」
スバルは大したことじゃないとでも言いたげに、くつろいでのんびりとハーブティーをカップに注いでいた。
「ん? でも、それってスバルが作った串焼肉の話でしょ。クロコダイルバードかな? 昨日、私は廃墟の街をあちこち歩き回ったけど、野草が生えている場所なんて全然見かけなかったんだよ」
「いや、実はエーセルの作ったサラダの食材も、植物系のモンスターなんだが――」
「…………何言ってるの? スバルったら冗談ばっかりなんだから」
「ほら、サボテンに触手を生やしたような奴だよ。見た目は悪いけど、魔力が豊富に含まれていて滋養強壮に効くしな」
スバルの口元が笑うと、白い歯がのぞいた。
いたずらっぽい表情だったが、エーセルはスバルがふざけているようには見えなかった。
「触手って……」
――植物系モンスターの肉と野草の違いも分からずに喜んで食べていたなんて噂にでもなったら、肉食妖精とでも言わて、背景に花びらが舞っていたのが、骨付き肉の山のイメージを背負うことになってしまいかねないわよね? 体臭だって花の甘い香りからニンニクの臭いになってしまうんじゃないの!? ニンニクは植物だけど――。姉の妖精モドキにバレたら、何を言われるかもしれない。
花の妖精を自負しているエーセルは、輝姫にモンスターの肉をあさったことが露見した時を思うと、頭がいっぱいいっぱいになってしまった。
「えっと……、問題がないんだったら、私は野草サラダを食べたってことにしてもらって、全然かまわないんだけど……」
頭がくらくらしたエーセルは、震え声で言ったのだった。
「――大丈夫か? もう少し横になっていればいい……」
スバルは暖炉で温めていたポットからお湯をカップに注ぐとハーブティーを入れて、エーセルによこした。
「私も一緒に狩りに行けばよかった。起こしてくれればよかったのに!」
エーセルはスバルを眺めると、頬をぷくっと膨らませて拗ねたように言った。
「あまりに気持ちよさそうにエーセルが寝ていたからね。昨日は疲れていたみたいだし、狩りは俺一人で十分だったからさ。あれくらいで朝食には十分だったんじゃないかな?」
「――ねえ、私って足手まといじゃない?」
「どこが?」
「そのまま、スバルはどこかへ行ってしまうことだってできたんじゃないかな、と思ったのだけど……」
エーセルはジッとスバルの黒い瞳を見つめながら言った。
スバルの目がにやりと歪んだ。
「いや、いくらなんでも、迷子の幼女を置き去りにするほど、俺って鬼畜じゃないんだけど?」
エーセルはハーブティーのカップに頭を突っ込むと、ングッングと一気飲みした。そして、空になったカップを両腕をプルプルさせながら頭上に持ち上げた。
「だーれーが、“迷子の幼女”なのよー!! これは遭難だし! 一人前のレディーに対して失礼よっ!」
妖精エーセルは口走ると、エビのように反り返って体のバネを利用して、空のカップを勢いよくスバルに投げ返した。
パシッとスバルは手でカップをキャッチした。
「礼儀正しいレディーは、そんなことはしないと思うんだ」
スバルは苦笑いして言うと、二・三回カップを振って水けをとると荷袋にしまった。
ふぅー、ふぅーと興奮して息を荒げていたエーセルだったが、迷惑をかけているスバルに対して、とても頼もしくありがたく思っていることには違いなかった。だから、一人前のレディーとして、感謝の言葉をかけることは当然のことに思えた。
「あ、あのさ――、スバル、昨日から、言おうとは、思ってたんだけどさ――」
エーセルはスバルにお礼を言おうとしたが、さて、今から感謝の気持ちを言葉にしようとすると、気恥ずかしさが表に出てしまい、言葉が素直に出てこなかった。
心臓はバクバクして、顔は真っ赤になっていた。
でも、心からのお礼を述べれないなんて、レディーとは言えないのだ。
「……私、実はね、スバルに、あ、ありがと――」
「本当に、大丈夫!? 体がふるえているし、顔が真っ赤じゃないか! 熱があるんじゃないのか?」
変なプライドが邪魔をして、顔を真っ赤にして涙目になりながらも必死にスバルにお礼を言おうとしたエーセルの普段とは違った様子にびっくりしたスバルは、疲労で体調を崩したに違いないと思ってしまった。
スバルは、両手でそっと妖精エーセルの体を包み込むと顔の前に引き寄せて、症状を調べようといろいろな角度から手に持ってエーセルを見回した。
「へっ!? ちょっと、イヤだってば! 何するのよ、放してったら!?」
エーセルは暴れて喚き散らした。
だが、掴んでいる頑丈な指と手はびくともしなかった。
あろうことか、スバルの指がエーセルの浴衣の帯を緩めようとしてのびてきた。
「静かに、楽にして」
「って、できるかー!!」
エーセルは叫ぶと、大口を開けて歯を立てると、スバルの指に力いっぱいガブリと噛みついた。
「イテテッ!」
スバルは呻き声をだすと手を緩めた。
その隙をついてアッという間にエーセルは抜け出すと、スバルの手を蹴っ飛ばして羽をバタつかせると宙に浮いてスバルの顔の前にきた。
「私はどこも体調は悪くないったら! ただ、スバルにちゃんとしたお礼が言いたかっただけなの、私の為にありがとうって!」
「あ、ああ……」
躊躇いがちにスバルはうなずいた。思いがけないエーセルの行動と言葉に面喰っていた。
――なんで今、スバルにお礼なんて言ってしまったのかしら? いきなり掴みかかってきて、浴衣まではぎ取ろうとした男に……。こんなヤツ……!
ちょっとしたパニックに襲われ、体中をこわばらせたエーセルだったが、スバルの温かな手と指の感触がまだ残っていた。




