二度寝の後で
…………………………
……輝姫さまとお揃いの煌びやかな振袖を身に着けた妖精エーセルは、お屋敷の広間で盛大に開かれたパーティーの主役だった。
メイドたちが撒く花吹雪と勇者隊の拍手喝采が降り注ぐ中、勇者スバルからは、武勲を賞され魔石の勲章を受けた。
「ありがとう、アメリア。あなたがお財布を貸してくれたおかげよ!」
エーセルの言葉に感激してアメリアは涙ぐみ、まるで自分のことのように、エーセルの揚げパン・クエスト達成を喜んだ。
軽やかな音楽が流れる中、妖精エーセルの美しさに魅了された貴族の子弟からは、次々とダンスに誘われた。無下に断るわけにもいかず、エーセルはフロアの中央で舞い踊った。
姉の妖精モドキは、あれが私の自慢の妹なのだ、と国主さまや長老方の前で得意げにアピールしていた。
――本当に恥ずかしい姉貴妖精なんだから。お願いだからヤメテってば! 他人のフリっと――。
エーセルがあれこれとモドキの始末を考えているうちに、子供たちとのダンスを踊り終えた。
テーブルの方へ行くと輝姫が待っていた。
銀髪の光がこぼれそうな程の満面の笑みを浮かべた輝姫からは、労いと感謝の気持ちとして、手作りの魔法料理のおもてなしを受けた。
芳ばしい甘い匂いにつられるようにして、エーセルはテーブルに並べられたビスケットのお菓子を手に取った。
花の蜜のような香りから察すると、ハーブが材料に加えられているようだ。
――これなら妖精でも美味しくいただけるわ。さすが輝姫さまね!
たまらずエーセルは、大好物のビスケットにかじりついた。
ガッキーン!! キーンィーンィーン――!
金属質の固い音が、エーセルの歯から頭のてっぺんまで響いて突き抜けた。
「ひぇっ! 輝姫さま、これはいったい!?」
「フフフ、エーセルったら、それは固パンよ。飲み物に浸したりして少しずつよく噛むか、飴みたいに舐めて食べるの」
は……歯が……。もうパンじゃなくて、まるで石なんですけど!? でも、せっかく輝姫さまが、わざわざ私の為に用意されたのにもったいない。意地でも食べてやるんだ!
ガシガリッガシガシッ――…………
…………………………
……エーセルが気がつくと、ギリギリと歯ぎしりしていた。
「ウワァーッ、ゆ、夢!? うぅっ、涎が……。何がパーティーに勲章よ。お使いひとつ満足にこなせなかったくせに、情けないなぁ。まだここは廃屋だったっけ」
エーセルの目の前には、夜食としてスバルからもらったカチカチの固パンがあった。それに抱き付くようにして寝ていたのだ。
昨夜、かじりついて格闘しているうちに、エーセルは寝落ちしてしまったのを思い出した。
パチッと火が弾ける音がした。薄暗い部屋には、まだ暖炉の火が残っていた。
暖炉の前の床では、スバルが横になって静かな寝息を立てていた。
なんだか小腹が空いたエーセルは、固パンを手に取ると、夢で見た輝姫の言葉に従った。
固パンをコンコンと叩いて割った小さなひとかけらを、口の中で溶かしつつカリカリと噛んで食べた。
「……いいかげんに顎が疲れちゃった。それに、まだ夜中よ……」
残りの固パンを放っておくわけにもいかず、包み紙に戻して運び、起こさないようにそーっとスバルのポケットに戻そうとした。
しかし、ポケットの中に入っている何かに引っかかって、固パンの包みが奥まで入っていかなかった。
エーセルはスバルのポケットにごそごそと頭から潜り込むと、邪魔な物をギュッと両手でつかんだ。
そして勢いよくズルッとポケットから外に引っ張り出した。
それはカードの束だった。
「これが固パンの包みに引っかかって邪魔をしていたのね」
カードを手に取ってよく見ると、名刺の束だということが分かった。
スバルのトレジャーハンターの仕事柄、取引先の古物商人のかな、と思ったものの、すぐにあり得ないと判断した。
なぜなら、どの名刺にも、また会いたいだの、仲良くしてねとか、ハートマーク付きの可愛らしいコメントが、カードの裏いっぱいに書きこまれてあったのだ。なにやら口紅の跡がついているようなものまであった。
『来てくれて嬉しかったよ。楽しい冒険話をまた聞かせてくださいね♪ 森林村長の娘 エミリー』
「……なんだこれ? ええと、こっちの名刺は、パール港町長の次女オリビア様で、次は衛星都市の市長令嬢のエマ様に、外縁地男爵家のシャーロット嬢様、他にも、リリィ様、クロエ様、アベリィ様に……。データによれば、このどの名刺も、名家のお嬢様ばかりなんですけど!?」
たくさんの名刺を床に広げ、エーセルはあっけにとられたように眺めた。
スバルが誰の名刺を持っていようと関係ないけど、コレはいったいなに?
でも、如何にワイルドなイケメンであろうと、幾らでもいい男が言い寄ってくるお金も身分もある令嬢に、逆にモテるのはおかしいわ!
疑問ばかりが湧いてきたエーセルは、眉がピクリと吊り上がるくらいよく考えてみた。
もしかしたら……。そう、トレジャーハンターのスバルにとって、発見した宝物が商品なのよ。
――分かった、宝石を商人に卸さないで直に令嬢に売るんだ!
名刺のご令嬢方は、スバルの見つけた宝物を売るための大事なお客様に違いないわ。
要するに、名刺は顧客リストなわけ。だからみんな女性ばかりなんだ。
危ない危ない……。てっきりスバルってば、女ったらしで紐かなんかやってるのかと、一瞬でも疑っちゃった。
疑問が解けてすっきりしたエーセルは、ご令嬢の名刺の束を丁寧にスバルのポケットの中にしまった。
スバルは横になったままで、小さなエーセルのちょっとした行動にまで気づいた様子はなかった。
……寝ているスバルの腕に寄りかかりながら、妖精エーセルは、暖炉のほんわかとした火にあたっていた。しばらくして、ハンカチタオルにくるまると暖かさにだんだんと心地よくなり、ついに、うっとりとして瞼を閉じたのだった。
…………………………
窓の外からの薄明かりに誘われるようにして、妖精エーセルはハッと目を覚ました。
暖炉の火は消えかけていて、部屋の中はまだ薄暗かった。暖炉の前には誰もいなかった。
……あれ、スバルはどこへいったの?
エーセルは、いつの間にか折り畳まれたハンドタオルの上で寝ていた。体を起こすと部屋の中を見回した。ガランとした何もない寂れた空き部屋だった。
――まさか、逃げられた――!?
エーセルはガバッと布団代わりにかけられたタオルをはねのけた。窓の外は深い霧が立ち込めていて見えなかった。急いで背中の羽を広げて部屋を出ると、厨房へ向かって飛んだ。
廊下や厨房も、ひと気のないただの古びた廃屋にすぎなかった。
昨夜、お風呂代わりにしたシンクのお湯は、もはや冷たい水になっていた。色あせたハーブの花びらが底に沈んでいた。
「そりゃそうよね。今日これからだって、廃墟の街の道案内をさせるつもりだったんだもの。私なんて、スバルにとっては足手まといで一緒にいたって何のメリットもない。勝手に押しかけて魔法は暴走させるし、風呂まで入って、ただ飯食らって、宝石まで……」
エーセルは流し台の隅に立てかけられた手鏡の前に飛んだ。鏡の前に立つと、ストロベリーブロンドの髪を後ろに払った。スバルからもらった輝く星型の魔石のストラップが首にかかっていた。その昔、輝姫が魔導書に着けていたアクセサリーだそうだ。
「揚げパンの代わりとして、コレを貰ったんだっけ。それなら貸し借りなしでバイバイだよね。他に魅力的なお客様がいっぱいスバルを待ってるし……って、フザケンナ――!」
突然、苛立たしくなったエーセルは、ギュッと魔石を力強く握りしめた。
すると、輝姫の魔力が微波動としてポッと手の中にぬくもりとして感じられた。
「ああーっ。ヤバイ、落ち着け私……。投げ捨ててどうする気!? これは輝姫さまの落し物じゃないか。せめて持ち主にちゃんと返さないといけない」
――エーセルは気持ちを切り替えようとして、身震いしながらシンクの冷たい水で顔をバシャバシャと何回も洗った。
コツコツと足音がした。
厨房の出入り口から男の声がした。
「厨房を本来の用途に使いたいんだけど、いいかな。新鮮な水に食用の野草と卵も手に入ったんだ」
唖然として濡れてビチョビチョの顔のまま振り返ったエーセルの目には、スバルの姿が映っていた。
早とちりだったことに気がついてホッとしたエーセルは、小さな手で目元をぬぐって、急いで顔を洗いなおした。
「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ! レディーには朝の支度があるの。まったくしょうがないんだから……」
スバルは肩をすくめると苦笑いした。




