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転生ガール  作者: 烏賊 宙
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糸ダルマと旋風

 魔法地図(マジックマップ)は正確なナビとしては役に立たなかったが、記録されていたエーセルのとった道順を逆にたどることで、壊れた巨大馬車のある元の地点まで戻ることができた。

 両手を使い光矢の魔法(シャイニングアロー)を馬車の屋根から撃った時に、ジャム入り揚げパンの入った買い物袋を置いて来てしまったのに違いなかった。

 キョロキョロとエーセルはあたりを見回した。そこらじゅうに巨大馬車の残骸が飛び散っていた。


「おかしいなぁー。買い物袋は、確かこの辺にあるはずなんだけど? 蜘蛛女もやっつけたことだし、早くお屋敷にパンを持って帰りたいわ……」


 エーセルの大きな瞳は、大事な買い物袋を探し続けた。

 しかし、蜘蛛女戦の後で疲れ切っていたために、少し気を抜くとすぐにしゃがみ込んで、うつらうつらして寝てしまいそうになった。――ハッと目を覚まして立ち上がると、大あくびをして涙目となって、また探し続けた。


 魔法障壁の影響でチカチカと不安定な魔法光球(ライト)に照らされる中、エーセルは、布切れを拾い上げてぬか喜びをしては、買い物袋ではないことに気がつき肩を落としていた。




 突然、ゴロゴロと遠くから雷鳴が響いた。エーセルはふと夜空を見上げた。輪のある月(リングムーン)と星の瞬く美しい夜空が広がっていた。


 ――まだ天気は大丈夫そう、と思い視線を下げた。


 すると、エーセルは廃墟の中に光が灯っているところがあることに気がついた。通りの向こうの廃屋の上階の窓のひとつから、明かりが漏れているのが見えた。

 エーセルは驚いて目を見開いた。魔法光球(ライト)の下、買い物袋を探して地面ばかり注意して見ていたので、今までまったく気づかなかったのだ。


「明かりが点いているってことは、もちろん、あそこには誰かいるのよね?」


 妖精エーセルは、羽を背中から広げると、明かりに向かって飛んだ。改めて周りを見回しても、暗い灰色の廃墟の街並みがあるだけだった。

 こんなところで誰が何をしているのか、とエーセルは訝しく思った。




 石造りの建物の窓に取りつくと、エーセルは緊張した面持ちでそーっと中を覗いた。また、妖魔に襲われるとも限らないのだから。

 部屋の中では、レンガ作りの暖炉に火がくめられていた。――その火にあたっていたのは、雪ダルマならぬ、糸ダルマだった。


「――アメリアっ!?」


 エーセルは満面の笑みを浮かべると、大きな声で呼びかけていた。


「わざわざ、お屋敷から迎えに来てくれたんだ!? そりゃそうよね、だって私はアメリアの命の恩人なんだから、しっかり恩返ししてもらわないとね~!」


 急に元気になったエーセルは、安心したように、フゥー、と大きく息を吐いた。


「でもなんて格好して来たの? キャハハッ、いい加減にその糸玉を脱ぎなさいよ。やっぱり、メイドはエプロンドレスの方が似合うって! もしかして、着心地が気に入ったのなら、モドキに頼んでその糸でメイド服に仕立ててもらおうか? あぁ、遠慮なんてしなくていいよ。私と一緒に魔法花(マジックフラワー)の蜜を飲んだアメリアは、もう親友なんだから――」


 エーセルは、大喜びで羽ばたいて部屋の中をはしゃいで飛び回ると、今まで暗く沈んでいたのが嘘のように話し続けた。


「アッ、そうそう、輝姫(キラリ)さまのクエストなんだけど、失敗――じゃなくて、肝心なところで蜘蛛女に邪魔されちゃったの……。お願いなんだけど、ちょっと買い物袋を探すのを、一緒に手伝ってくれないかなぁ? 実は、お使いを頼まれたジャム入り揚げパンが入ってるんだけど――」


「それは、これのことかな?」


 糸ダルマは、男の声で言った。


「ヒッ、エエエ~~ッ!?」


 ビクッとして飛び跳ねると、エーセルは思わず息を呑んだ。――だって、全然、アメリアの声じゃなかったのだからっ! 糸ダルマを見ただけでメイドのアメリアだと思い込んでいたが、その中身は得体の知れない男だったのだ。

 差し出されたその手には、まさにエーセルの探していた買い物袋があった。


「アーッ、――そ、そうです! あの、どうも……」


 警戒した様子を見せながらも、なんとかして大事な揚げパンの入った買い物袋だけは受け取ろうと、妖精エーセルは羽ばたきながら近づいた。そして、糸ダルマ男を確かめるように眺めた。

 エーセルから見ると、糸ダルマ男を間に挟んで、暖炉の眩しい火がちょうど逆光になって相手の顔が影に隠れていた。それに、暗い外から明るい部屋に急に飛び込んだせいもあり、よく見えなかった。

 糸ダルマ男から受け取ったのは、とても軽いペッタンコの空袋だった。


「あ、ありがと……って、……中身はどうしたの? ジャム入り揚げパンが入ってないんだけど……?」

「――食べた」

「エヘヘ……、冗談でしょ? その雪ダルマのコスプレみたいに……」

「ごちそうさま。近頃は携帯食ばかりだったから、とてもおいしかったよ。揚げパンを食べられるなんて、思ってもみなかった」

「……うそ……」

本当(マジ)

「あんた、ナニしてくれるのよっ!! せっかくのクエストが……、今までの苦労が、全部無駄になったじゃない! ――アアッ、輝姫(キラリ)さま、ごめんなさい!」

「いや――でも、投げ捨てられて、中身も潰れていたんだが――! あれを輝姫(キラリ)に出すというのは、ちょっと酷くないか? おてんばだけど、お姫さまなんだぜ」

「捨てたんじゃないわ! 置いといたのよっ!」

「まあ、落ち着けって。輝姫(キラリ)には俺も一緒に謝るからさ。そんなに根つめなくても、大丈夫だってば」


 エーセルの全身から、怒りで魔力の湯気が立っていた。小さな拳をギュウッと握りしめた。


 ――そうだ、確かコイツは、蜘蛛女に引きずられていた糸玉に違いない。旧市街の廃墟に住み着いていたのなら、指名手配された犯罪者か浮浪者(ルンペン)だろう。そんなろくでもない奴に、すべての苦労をぶち壊されてしまった――


「あんたって、何様のつもりよっ!?」


 こめかみに血管を浮かべてエーセルは叫ぶと、すぐに識別魔法『シフッ』を唱えた。



 識 別:味方

 名 前:スバル

 性 別:男性

 職 業:勇者



 相変わらず魔法障壁の影響か、デタラメすぎてとても信じられないような判定結果が、イメージで現れた。


 ――蜘蛛女に襲われて糸玉にされた浮浪者ルンペンが勇者ってナニ? それも、よりによって、スバルさまだなんて滅茶苦茶、あり得ないんだけど……。婚約者の輝姫(キラリ)さまを侮辱するにも程があるわ――!


「へー、あんたが、勇者スバルなんだぁ……? ねぇ、だったらさぁ、ちょっと私に稽古つけてよ。私はエーセル、輝姫(キラリ)さま直属の妖精なんだから、逆に、痛い目にあわせちゃうかもしれないけどねっ!」

「まあ、いま少し待て。蜘蛛女がどこに潜伏しているか分からないのだから。――ところで、エーセルって見た目ボロボロだけど、ゾンビ妖精の一種なのか? 意外と輝姫(キラリ)にもそんな趣味があったんだな」

「――だっ、だれが、ゾンビ妖精なのよぉ――――っ!? 私がこんな酷い格好になったのは、さっき蜘蛛女を激闘の末に倒したからに決まってるじゃないっ!!」


 今のエーセルは、埃まみれでグシャグシャの髪、裂けて破れた泥まみれのドレス、その上、肌や背中の羽までもが薄汚れて、という見るも無残なありさまだった。だから、スバルが勘違いしても仕方がなかったのだが……。


 ――クエストを大失敗したのは、ジャム入り揚げパンを盗み食いしたルンペンのせいだ! それに、内心は密かに自信のあった容姿まで貶されるなんて――!


 プチッと、エーセルの中で何かがキレた。今までの耐え忍んできたものが一気に爆発してしまった。


『ホワールウインド』 エーセルは旋風魔法を唱えた。

 突然、部屋の中に旋風が現れた。渦巻き状に巻き上がる突風が、糸ダルマ男を呑みこんでいった。


「エーセル……なにをする……! ま、魔法はヤバいって……!」

「え? なぁに、聞こえなーい。ハッ、自称勇者さまは、旋風ひとつでもうお手上げなの? いっそこのままプールにでも運べば、お風呂に洗濯も一緒にできるんじゃないかしら、ルンペンさん?」 


 旋風に巻かれてグルグルと回転している糸ダルマ男の情けない姿を堪能して、しっかりと暴言の仕返しをしてやったエーセルだった。


 一分……、二分…………、三分………………、四分……………………


 エーセルの不敵なニヤニヤ笑いが、時間がたつにつれて増長――することはなく、苦笑から逆に心配して引きつった顔に変わっていった。

 妖精を侮辱した罰として軽く脅かす程度にエーセルが設定した時間や威力を無視するかのように、『ホワールウインド』が続いていたからだ。それも、だんだんと渦が大きくなっていく。


「な、なんなのよ? これってまさか、魔法障壁の影響で、魔法が暴走してるのね?」


 部屋の小物の調度品が風に巻き上げられ、家具類はガタガタと揺れ音を立てていた。

 ますます旋風が強くなっていった。


「くうぅ~……! いいかげんに、早く止めないと、ルンペンが危ないっ――」


 突風に煽られながら床にへばりついていたエーセルは、慌てて『レボケーション』と取消魔法を唱えた。

 しかし、コントロールを失い、ますます勢力を増した旋風によって、部屋の家具もついに吹き飛ばされた。


「ヒャアッ! もう、ダメェーッ!」


 しがみついていた小さな手の力が限界に達すると、妖精エーセルの体は、ついに暴風の渦に呑まれてしまった。

 エーセルは、まるで紙屑のように飛ばされると、キリモミ状態になり壁に叩きつけられそうになった。


 ――旋風に逆らうようにのびた手が、吹き飛ばされたエーセルを、むんずとつかまえて抱き寄せた。


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