異世界の国主
アカリが目を開くと、ベッドの上で寝ていた。
半身を起こして周りを見る。大きなベッドの隅に四本の柱があり、カーテンがそれぞれまとめてあった。
病院……? でも……、これは天蓋付のベッド!?
ランプの明かりに照らされた広い部屋には、豪華な調度が備わり深い絨毯が敷き詰められていた。
「いったい、何がどうなってるの?」
アカリは思わず呟いていた。
「輝姫、お帰り!」
窓辺の椅子にグレーの髪をした貫禄のある中年の男――オジサマが、アカリを見て笑みを浮かべて座っていた。
「……ここはどこですか? あなたはだれ?」
アカリが矢継ぎ早に尋ねると、男は悲しそうな顔をした。
「何も覚えていないのか? 記憶がないのか……。私は国主。輝姫は私の娘だよ」
「えっ、人違いです! 私はアカリといいます。そうだ、流れ星が落ちたんだわっ!」
アカリはスマホを出そうとして、浴衣ではなく病衣を着ていることに気がついた。
そばのテーブルにスマホは置いてあった。
急いでスマホを手に取りタッチパネルを打つが、圏外でつながらなかった。
窓から入る月明かりが輝姫と瓜二つの少女を照らしていた。
少女の透き通るような銀髪がキラキラと光り輝いていた。白い肌にピンクがかった頬が体調のよいことを物語っているようだった。
少女は少し慌てたようなしぐさで薄いメタルプレートを手に取ると、指でなぞるように魔法陣を描き始めた。するとプレートが輝き出し、何やら幻想的な音と共に像や呪文が浮かんでは消えた。
――魔法だった。女神の寵愛を受けた者にしか使うことはできない。
やはり、アカリと名のった少女は、輝姫に間違いなかった!!
だがしばらくすると、輝姫はがっかりしたようなしぐさを見せた。なんでつながらないの? と、首を傾げていた。どうやら、呪文が分断され魔法が発動しないようだ。魔力を失ってしまったのか……。
「それはいったい何だい?」
国主は興味深そうに尋ねた。
「スマホに決まってるじゃないですか。アカリはさっきまで、夏祭りに行ってたんです」
国主は、スマホで撮ったという画像を何枚か輝姫から見せられた。
粉々にした氷と赤い血を水晶の聖杯で受けて、今まさに雪のゴーレムを創りだそうとしているいる画像。
腐った生きる屍とネコ科の化け物の獣人が争う画像。
極めつけは、大鎌を振りかぶる死神に対して、輝姫が魔法を唱えて今にも戦おうとする画像。
まるで幻のような画像の背景にも、さまざまな未知の魑魅魍魎が細かく映し出されていた。
神秘的なスマホと呼ばれるマジックアイテムには、どれも精密に描写された現実と変わらない写実的な画像が、次々と映されては消えたのだった。
国主は輝姫が十五年もの間、冥界を旅してきたことを理解した。そして、やっとのことで死神を出し抜いて現世に戻ってきたのだろうと……。
しかし、今の様子を見るとその代償は大きかったようだ。以前の記憶と魔力を失ってしまったのかもしれない。
それでもあきらめきれずに何度もメタルプレートの上で魔法陣を描こうとする気弱な輝姫の姿は、勇敢に勇者と共に妖魔と最期まで戦った聖女ではなく、ごく普通の娘のように見えた。
「もういいんだ、輝姫。帰ってきてくれればそれだけで……」
国主は俯くと嗚咽を繰り返していた。