災厄の庭園
アメリアは、応接室で蜘蛛女の罠にかかり糸に巻かれてからずっと雪ダルマのコスプレのような姿のままだ。そして今、輝姫の後を追いかけて走っていた。
光り輝くロングのシルバーヘアーを風になびかせて走る輝姫は、流れ星のように速く全然追いつくことができない。
アメリアは専属メイド代理として、ここで主に置いて行かれるわけにはいかない。
庭園のなだらかなS字状の並木道に沿って進む輝姫に追いつくために、アメリアは急な下り傾斜の芝生を一直線に突っ切った。
「輝姫さま、何が起こるか分かりません! 危険ですっ、慎重に行動してください!」
高く大きな声で呼びかけて顎が上がったアメリアは、のったスピードについていけずに足がもつれた。
バランスを取ろうとして踏み出した足が芝生の茎に引っかかった。
「ウヒャアッ! こんなところにも蜘蛛女の罠があるなんてー!」
次の瞬間、勢いのついたまま派手に転んでしまった。
だが、手をつくより先に、身に着けた糸玉が地について、受け身を取ることができなかった。
「キャアァァアアーッ!」
糸玉がボールのように地面についてはずんだ拍子に、アメリアの手足と頭が糸玉の中に潜り込んだ。
そのままコロコロと斜面を転がると、どんどんスピードが上がった。
加速し続けたアメリアの糸玉は、前を走っていた輝姫を追い越して先に行ってしまった。
糸玉は、庭園に立つ大理石の飾り柱に弾かれると温室に突っ込んだ。植物園をなぎ倒し物置に入り込むとスコップや積まれた肥料の袋の間を通り抜けて壁をドカッとぶち破った。
外に出て噴水池の周りを飾る大理石の像の一体にぶつかって倒すと、次の像を倒し、それがまた次の像を倒した。大理石の像は、ほとんど全部横に倒れてしまった。
ゴッゴゴゴォーッ!
大きな音と土煙をあげながら温室が崩れた。
残骸を後にして、アメリアの糸玉は転がって行った。
「あらら……、逃げだしたらアメリアがキレちゃった? このまま庭園を滅茶苦茶にする気なのかしら。早くとめてあげないと!」
輝姫は足を止めると、黒い目をパチクリさせてつぶやいた。
振袖からスマホを取り出すとタップして、糸玉の予測コースを割り出すことにした。
スマホのパネルには、庭園のマップにアメリアの糸玉の進路が矢印で示されていた。
「ふむふむ、ちょうどいい具合に跳ね橋があるわね。使わせてもらいましょう!」
アメリアの糸玉は石段を弾むように落ちて勢いを増すと、小川にかかった跳ね橋に向かって猛スピードでとびこんだ。
輝姫がスマホのボタンをタップすると、跳ね橋のウインチが巻き上がり橋げたが上がりはじめた。
真ん中から吊り上げられた跳ね橋に弾かれると、糸玉は空高く飛ばされた。
「ふぅ~、アメリアったら飛ばし過ぎなのよ。ハーブのお花畑で少し気を落ち着かせてね」
ホッと息を吐いた輝姫は、指でパネルをタッチしてアプリを起動させた。
「ここに来なさい、蜘蛛女モドキ。礼拝堂まで連れていって!」
輝姫の声とまるで魔方陣を描くような指先に反応して、赤いドレスの蜘蛛女モドキが並木の上から降下して現れた。
ゆりかごのような半球形のネットに輝姫を乗せると、並木の上を糸を張って移動していった。
「ねぇ、今さっきアメリアが罠にかかったって騒いでたけど、またモドキがハメたの?」
「――ハメナイ」
輝姫の問いかけに、蜘蛛女モドキは首を横に振った。
飛んでいったアメリアの糸玉は、花壇に突っ込むと紫や赤い花を舞い散らしながらやっと止まった。
「ムグぅぐぐ…………」
草花の中、糸玉からやっと顔をのぞかせたアメリアの大きな目はグルグルと回っていた。
周りを見渡して場所を確かめた。
そこは慣れ親しんだ緑の庭園の景色ではなかった。破壊の限りを尽くされた傷跡があるだけだった。
「クッ、蜘蛛女め、絶対に許せない! あんなに綺麗だった庭園を壊すなんて、いったい何の意味があるの……。それより、輝姫さまは?」
戻ろうとして振り返ると、遥か後方で輝姫が蜘蛛女に襲われていた。
輝姫は呪文を唱えて反撃しようとしているのか、魔導プレートを手にして何か言っているようだ。
しかし、魔法というのは威力は凄まじくても詠唱に時間がかかるはず。敵を目の前にするとなると楯になってくれる人がいなくては、呪文に精神を集中することさえできないだろう。
あっけなく蜘蛛女の糸のネットに身体を包まれた輝姫は、木の上へと運び去られてしまった。
「――そ、そんな、輝姫さまが、さらわれた!? 今、助けに参りますから!」
アメリアは急いで起き上がろうともがいたが、よろけてしまい立ち上がることさえできなかった。はいつくばって花壇の中を進んだ。
糸玉での激しい回転の直後で平衡感覚がおかしくなっていた。
それに花粉を吸いこむと、なんだかとても眠くなった。
「ああ……、嘘でしょ、輝姫さま…………」
やがて、輝姫と蜘蛛女の姿は、まったく見えなくなってしまった。
アメリアはおぼつかない足取りで後を追いかけようとした。しかし、すぐにヨタヨタとよろけて尻餅をつくと、色とりどりのハーブの花の中にコテンと倒れた。




