閉められた鎧戸
「もう、アメリアったらどこにいったのよ? 早くしないと、輝姫さまから頂いた高級お茶菓子がなくなっちゃうわよ!」
モカロは、広いお屋敷の中でアメリアを探し回っていた。
階段を上って最上階まで来ると、そこは住み込みメイドたちの屋根裏部屋だ。
メイド部屋の扉の前に来ると、ドアノブに手をかけた。
鍵が掛かっているのかと思っていたが、カチャリと開いた。
部屋の中をのぞくが、真っ暗だった。
カーテンならば薄明りくらい見えるはずだ。となると、鎧戸が閉まっているということだ。
「もうお昼なのに……。鎧戸、開けなかったっけ?」
――そもそも、昨夜、警報が鳴ったわけでもないのだから、鎧戸なんて閉めた覚えがない。
なんだか胸騒ぎがして、部屋の中に入ろうとして気が付いた。
エントランスに黒い革靴が脱いであった。
「アメリア、いるの? ねえったら!」
モカロは靴を脱いで暗い部屋に入りながら言った。
もしかすると寝ているのかもしれないと思い、そっとベッドの方へ向かおうとすると、突然、パチリと明かりが点いた。
「キャアァー!!」
びっくりしてモカロは叫んでいた。
逆方向にある簡易キッチンにアメリアがいて、部屋の明かりのスイッチを入れたのだった。
「うるさいなー。大声あげないでよ。頭がキンキンするわ……」
「アメリア! そんなところにいたのね! あ、ゴメン。部屋の鍵が掛かってなかったよ。――なに頭痛って、カゼでもひいた?」
「エッ? う、うん、実はそうなの……。寒気がして、頭が痛がいから早引きさせてもらったのよ」
そういわれて見れば、アメリアの目は真っ赤に充血しているし、頬も赤かった。それに鼻声だ。
「大変じゃない! ちゃんと薬は飲んだ? すぐにお医者様に診てもらわないと!」
「大したことないの、大丈夫だから――」
「お腹すいてるのよね? お粥ならモカロが作ってあげるから、アメリアはベッドで寝ていなさいな」
「え、うん……。あ、ありがと……」
モカロは代わりに簡易キッチンに入った。
そこにはアメリアの料理本やレシピの書き込まれたノートが、出しっぱなしにしてあった。しかし、準備されていた食材がどう見ても簡単な病人食用の物じゃなかった。
こぢんまりした簡易キッチンに不釣り合いな、まるで、これからおご馳走でもこしらえようとするかのようだったのだ。
この分だと、料理の勉強でもしようとしていたみたいね。
そういえば、朝、アメリアは鼻歌まで歌ってあんなに元気だったじゃない? 今だって咳ひとつしてないし……。
もしかして、カゼなんかじゃなくて、――目を腫らして泣いていたの?
でも、なんで……?
すぐに、モカロは幾つか思い当たる節があることに気が付いた。
アメリアが料理の勉強をしていて、輝姫さまに食べさせたがっていたこと。
アメリアが作った朝食を輝姫さまが喜んで食べてくださったと自慢していたこと。
一見、すべてが上手くいっていたかのようだったけれど、実は、輝姫さまは気を使ってくださっていたらしいこと。
――その結果、メイドたちの間では、輝姫さまはついに耐えきれなくなり、お屋敷をひとりで抜け出して近くのワイン酒場まで飲み食いに走ったとの噂が、まことしやかに囁かれていたのであった――。
そうだ、やっぱりアメリアは全てが裏目に出たショックで泣いていたんだ。鎧戸まで閉め切って部屋にひとりで閉じ籠って……。
モカロはてきぱきと流しの周りを片付けた。
料理本には付箋がびっしり貼ってあり、ページをめくるとラインがいたるところに引いてあった。ノートを開くと、レシピの書き込みやメモと一緒に、輝姫さまらしい似顔絵まで書き込んであった。
――さてと、どうしたものだろう? こんな時は元気になるまで放っとくのが一番いいんだけど、それより効きそうな特効薬が今はあるのよね!
モカロはアメリアの寝ているベッドに顔を出した。
「――あれ? モカロったら、お粥を作ってくれるんじゃなかったの?」
「いやぁ、そんなんでお腹がもつのかなぁと思ってさ。それよりおいしそうな話があるんだけど、聞きたくない?」
「別に、いらない……。食欲なんて全然ないし……。もうなんにも食べたくない……」
アメリアはふてくされたように、布団を頭まで被ってしまった。
「輝姫さまがね――」
アメリアの身体がビクッと震えた。
「さっきの馬車を見た通り、ドュスマン男爵とお茶してきたのよ。それで、お土産の高級お茶菓子をメイドに振舞ってくださっているんだけどなぁ……。う~ん、カゼで食欲もないんじゃ、アメリアはいらないわよね。分かったわ。やっぱり、モカロがお粥を作ってあげるからしばらく待ってなさい」
「――食べる――!」
アメリアは布団から顔をのぞかせるとはっきり言った。
「ええ、そうね、しっかり食べないとね。お粥なら今から作るわよ」
「輝姫さまのお茶菓子に決まってるじゃない! なんでもっと早く知らせないのよ。この前の女神さまのケーキがどうなったか知ってるでしょ!? もたもたしてたら、絶対、回ってなんか来ないわよ!」
アメリアはガバッと勢いよくベッドから起き上がった。
「でも、アメリアったらカゼひいてるんだから、安静にしておかないと良くならないわよ。もし、肺炎にでもなったら――」
「もう完全に治ったわ! 急がないと、メイド長が職権乱用して独り占めだってしかねないんだからね!」
閉ざされていた鎧戸をガラガラと開けながらアメリアが言った。
昼時の強い日差しが眩しい。淀んでいた空気が流れだした。
太陽の光と風を浴びる顔つきが、いつものアメリアに戻っていた。
やれやれ、さっきまで隠れてグズグズ泣いていたくせに……。
モカロは全部お見通しなんだから。まったく、世話が焼けるわね!
モカロとアメリアは、メイド服をひるがえしながらカフェテリアを目指して一目散に走った。
まだ、お茶菓子が残っている僅かな可能性に賭けて。
アメリアの目は、今はもう前しか向いていなかった。




