お茶会
――テーブル周りにゆったりと五、六人座れる応接セットだった。
ロココ調の曲線を描いた手彫りのフレームが、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
時たまゆらりと部屋全体が揺れるのは、巨大馬車が動き始めたからだろう。御者の少年の安全運転は本当のようだった。
とても大きな馬車だからか、小刻みな揺れではなく、安楽椅子に座るような心地よい揺れを感じていた。
銀のテーブルに出された、まるで和菓子のような甘いお菓子と、おいしい緑茶を堪能する。
胸の奥がポッと暖かくなる感じが心地よい。
真っ赤な色をした恐ろしく辛い朝食のことなど、甘いふんわりとした食感ですべてをやさしく包み込んでくれるようだった。
「どう、おいしい?」
「ええ、とっても! どこか懐かしい味のするお菓子ですね。白磁のカップで飲む緑茶も乙なものです」
「そうなの? エキゾチックなお菓子を取り寄せたつもりだったんだけど」
「――いえ、前にいた違う世界で食べたお菓子を思い出したので」
「へー、違う世界か……。その世界は、女神さまや妖精が住む壮観なパラダイスだったりするのかい」
「あぁ、そういえば、コスプレをした女神さんや妖精をお祭りで見かけたわ。それに、スカイツリーから見る眺めは、地平線まで大都市が続いたパノラマでとても綺麗なのよ」
「神話の天空に生える巨木のことかな。やはり聖女さまは天界を巡る旅をしていたんだ」
「フフッ、ドュスマンさまったら冗談ばっかり。でも、城塞都市に来てからは、ずっとお屋敷の中ばかりなんです。だから、右も左も分からなくて毎日困っているんです」
旅好きなお姫さまと勘違いされそうだったので、アカリは慌てて説明した。この異世界では、ほとんどどこにも行ったことがないのだから。
「いや、違う世界を知っていることが素晴らしいよ。ここでは、一生、城塞都市の中に閉じ籠っている人がほとんどだからね」
「……ドュスマンさまは、城塞都市の外にまで出掛けられることが多いんですか?」
「うん。仕事柄、買い付けに行かなきゃならないから」
「男爵が買い付け?」
「周りのさまざまな衛星都市や、ちょっと足を延ばして森の街や港町とか。たとえば……、このお菓子もそうだな。ワインや茶葉、小麦、米、塩に毛皮や宝石とか、城塞都市では手に入りにくいものを仕入れてみたり、いろいろと手広くね」
「へぇ~、なんだかドュスマンさまって、身分は男爵なのに本当の商人みたいなんですね」
どこか楽しそうに語る男爵にアカリは微笑んだ。
「はははっ、呆れないでくれよ。所詮、僕のはただの道楽さ。リスクと利益を天秤にかけたら、城塞都市の商人は壁の外には行かない。自分でわざわざ危険な目に合わなくたって、壁の中だけで商いすればいいんだから。その方が安全で確実なのをよく知っているのさ」
「怒らないでくださいね。男爵って、ひげを蓄えていて、ワインを片手にいつも乾杯しているイメージだったんですけど、大間違いでした」
「それなら楽なんだけどなぁ。いくら男爵だぞ、偉いんだぞと威張ってみたところで、商売をするときは商人と同じだよ。全部自分で、買い付けに行って、運んで、売り捌かなければ、男爵だからってだれも傅いてはくれないからさ」
ドュスマン男爵は人懐っこい目でアカリを見ながら笑って言った。
――アッ、いけないッ! お菓子を頂いてすっかり満足しちゃってた。
大体の話は分かったけれど、城門を閉めるのに反対する理由をちゃんと聞いておかないと。
でも、どうなんだろう? アカリをお茶に招いたくらいなのだから、そのうち男爵の方から話を切り出してくるつもりなのかな……。
自分から言い出すのは少し気後れしてしまった。
せっかく公園のジャム入り揚げパンを諦めたんだから、ただじゃ帰れないわ。でも、和菓子と緑茶がおいしかったから十分もとはとれたかも。
などと、お姫さまとしては少々セコイことを考えながら、アカリはドュスマン男爵とのお茶のひとときを楽しむことにしたのだった――。
「失礼いたします」
秘書制服の少女がドュスマン男爵に何事か耳打ちしていた。
「……なにかありましたか?」
「どうやら急な仕事の用事が入ってしまって、もっとアカリさんと話をしていたかったんだが――」
「いえ、こちらこそ長居してお邪魔してしまいました。おいしいお菓子、ごちそうさまでした」
「全然かまわないよ。また、会えるかな? 今度はちゃんと時間をとって!」
「ええ、そうですね。ぜひ、お願いします!」
さまざまな緊張が解けると自然とアカリの顔がほころんだ。
「さあ、輝姫さま。もうすぐお屋敷に到着いたします」
秘書制服の少女がアナウンスした。
アッ、いけない! お屋敷を抜け出してきたんだった。
男爵の巨大馬車で戻ったりしたら、完全にバレちゃうじゃない!
急いでアカリはソファーから立ち上がった。
しかし時すでに遅く、窓から外をみると馬車は城門を通り抜けお屋敷の正面玄関に横付けするところだった。
玄関ホールでは、専属メイド代理のアメリアとモカロがこちらを指さして何やら大騒ぎしているのが見えた。
――やれやれ、言い訳を考えないと……。
制服秘書の少女に先導されて、アカリは頭を振りながら肩を落とすと、馬車の乗降扉から降りた。
「アカリさん。今日のお茶菓子だけど、ちょっとしたティータイムにでもどうぞ」
「わあっ、ありがとう! ドュスマンさま」
不意に男爵に呼び止められてお土産を手渡されたアカリは、顔をパッと輝かせた。




