袋小路
アカリはスマホのナビに従って、大通りから脇道に入って徒歩で進んだ。
ちょっと顔を上げてまわりを見回す。
「へー、古風で閑静としているけど、まだまだ綺麗な街じゃない」
昔からある旧市街らしく開発はされていない。
ほとんどが木組みで造られた建物に囲まれたような裏通りをひとりで歩いて行く。
石畳で埋められた道は狭く、あちこちへと道が入り組んでいるようだった。
お屋敷に面した大通りから裏道に入って、ものの五分とたたないうちにこの変わりようだ。
「空気もなんか古臭いというか……。ううん、違う。これはきっとワインの匂いかな?」
酔っぱらって赤ら顔をしたおじさんたちが、よたよたと千鳥足で歩いていた。
あれが旨かっただとか、あの女の子がカワイイだとかの話し声が聞こえてくる。
二、三軒先から入った通りの奥からは、音楽や歌声などが漏れ聞こえていた。
きっと、酒場でワインでも飲んで歌って踊って楽しんでいるのだろう。
アカリは、白い振袖の着物を着て、白足袋に雪駄を履いて、ロングの銀髪を揺らしながら、噴水公園へと近道する途中なのだ。
路地裏の酒場のワインと噴水公園のパン屋さんのジャム入り揚げパンを慎重に心の天秤にかけて、ワインの酒場を通り過ぎることにした。
ワイン酒場から離れ旧市街の奥に進むにつれて、だんだんと人の姿も減ってきていた。
「――次のコーナーを右です――」
相変わらず、スマホのナビが女神さんのような合成音声で案内してくれる。
「やっぱり、車と歩きじゃ全然違うなぁ。この前なんてすぐ着いたのに……」
スマホを見ると、お屋敷から進んできた道のりと、噴水公園までのルートマップが表示されていた。
中央の人形がアカリの現在位置を表している。
矢印が進むべき方向。
アカリが歩いてきた道が色分けされている。
――それはいいのだけれど、この、アカリの後ろをずっとついて来る人形は何かしら?
とりあえずタップしてみるが、"unknown"の表示がされるだけだった。
ナビのマップを拡大表示しても、いったい何なのか、正体までは分からない。
そっと振り返ると、建物の陰に人影らしきものがいくつか見えた。
アカリは素知らぬ振りをして歩き続けた。
スマホのナビを見ると、相手が追ってくるのが分かる。
アカリは急ぎ足になった。しかし、相手も追いかけるスピードを上げ、一定の距離を保ちながらついてきた。
嘘でしょ? お屋敷のすぐ裏手なのに、こんなことになるなんて……。やっぱり、メイドさんを連れてこなくて正解だったじゃない。
しばらくたっても、つかず離れずのままで、アカリを尾行しているのは間違いなさそうだ。
そうだっ! 相手はアカリがナビを持っているだなんて、知るわけないんだから――。
アカリはナビを見ると、すぐさま角を曲がって走った。タッタッタッ――と。そして次の角を曲がり、また曲がる。
まっすぐ行くと、そこは石壁に囲まれた行き止まりの袋小路。その昔、戦争で街まで攻め込まれた時に敵を誘い込む場所だった。
この壁の隠し扉から抜けることができる仕掛けだ。案の定、扉を開けて通り抜けることができた。そして、そっと元通りに閉めて扉をロックしておく。
これでもう、敵は袋小路に取り残されて追ってくることはできない。
「でも、なんか気に食わないのよね。後をこっそり付け狙うなんて……。どんな顔か見てやりたいわ!」
尾行して袋小路に迷い込んで来た奴らは、突然消えてしまったアカリの行方を捜して焦っているようだった。
抜け道を回り込んだアカリは、袋小路の入り口の陰から奥の様子を伺っていた。
あっけない程、上手くハメることができた。
女の子の後をこっそりと付け狙うだなんて、たちの悪いストーカーか強盗どもに違いないんだから。
まずは、どんな奴らなのか確かめないと。
十分離れた位置からアカリはスマホで奴らを写真に撮った。
パネルの上で二本の指を広げピンチアウトして画像を拡大表示していく。すると撮った相手の画像がだんだんとアップ表示になっていく。
――若い男というよりも、まだ少年のような顔もちらほらと――? え、ブーツカットのパンツを履いた秘書みたいな少女もいるわよね!?
こりゃ、参ったな……。純朴そうで、とても女の子狙いには見えないわ。
いったい何の用なのか、声をかけてみよう。
「ねぇ、君たち! 誰を捜しているのかな?」
アカリは袋小路の入り口に出ると、大きな声を張り上げた。
びっくりした少年たちは、すぐにばつの悪そうな顔をした。身構えるがそこは袋小路で逃げ出すこともできなかった。
肘でお互いをつつき合って何やらブツブツ言っていたが、そのうちに、まるで御者のような格好をしたリーダーらしき少年が前に出た。
「姉ちゃん、本当に輝姫か?」
「ハァ?」
すかさず、秘書制服の少女が、後ろからリーダーの少年の頭を叩いていた。
「馬鹿だろアンタは! 馬の相手ばかりしてるから! もういい、あたしが言う! あの……、輝姫さまですよね?」
「えーと、やっぱり悪いんだけど、今とても大事な用があって急いでいるのよね。それじゃ――」
「待って! 警備隊に通報してもいいのよっ! お屋敷の塀から降りてきた泥棒を見たって!」
――どうしよう?
通報されたって構わないけれど、また、わからんちんの警備隊員とやりあうのはゴメンだ。
それに、お屋敷を勝手に抜け出たのがバレちゃうじゃない。
ちょっとパンを食べて、すぐ戻るつもりだったのに――。
やっぱりあのまま放っておいて公園に行けばよかったと、アカリは難しい顔をすると真剣な目で少年たちを見つめた。
「別に構わないけど、輝姫と関わると面倒なことになるからやめた方がいいわよ」
「ち、違うんです。今のは輝姫さまかどうか確かめたかっただけです。――あたしたち、男爵さまのところで働いているんです。輝姫さまを、お迎えに参りました」
秘書制服の少女は蒼白になると頭を振って言った。
どことなく必死で、震えているように見える。
なにもそんなに怖がらなくたっていいじゃない? 狙われたのはこっちよ。
それと、男爵……。どうせいつかは会うつもりだったんだ。覚悟を決めるか。
「なんで、輝姫がここを通るって分かったの?」
「前、公園でお見かけしたんです。非公式でお目にかかるには、ここしかないと思って」
「あらそうだったの。いいわ、そこまでしたのなら、男爵のところへ案内しなさいな」
戸惑いながらもホッとしたような少年たちと一緒にしばらく行くと広い路地に出た。
そこには、男爵家の巨大馬車があった。




