噂(後)
「ちょっと、モカロったらはっきり言いなさいよー」
「メイが――」
「メイに彼氏ができたとか!?」
「アメリアも全然、人のこと言えないじゃない。実は――」
「やけにもったいぶるわね」
「あのね、メイったら、唐辛子を買い込んでいたらしいのよ……」
「――って、何よそれ! さんざん引っ張っておいてそれなの? 唐辛子のバーゲンセールでもやってたんでしょ!」
「じゃあ問題です。メイはその唐辛子を何に使ったのでしょうか?」
「――料理」
ということは、輝姫さまは辛い物が大好きなのか。てっきり甘党だとばかり思っていたのに……。
「あいかわらず、アメリアは読みが浅いわね。この間まで、ラートハウスにはミーシャさまがいらっしゃっていたのよ!」
「勇者スバルさまの妹のミーシャさま? ――ゴメン、全然、話がつながらないんだけど……。それがメイの唐辛子の買い溜めと、どう関係があるわけ?」
「ミーシャさまは、超が付くほどブラコンなのは有名な話でしょう」
「――ああ、分かった。輝姫さまとスバルさまが復縁なさると、ミーシャさまが嫉妬に狂うかもしれないってことね」
「その通り。唐辛子は催涙スプレーの材料のひとつよ。メイったら万が一、襲われた場合のことまで考えて、万全の準備をしてラートハウスに向かったみたいね」
「モカロったら何言ってるのよー。警備隊だっているのに、まさかそんなことが実際に起きるわけないじゃない」
モカロはアメリアに向き直ると、肩をすくめて見せた。
「あの日のことは、箝口令が敷かれていて何も伝わってこなかったわ。でも、ラートハウスから、異臭がした、雷鳴が響いた、大勢の人が避難した――ってことが実際に起こったの」
「マジで? 雷鳴ってミーシャさまの電撃よね。異臭って催涙ガス! じゃあ、メイはミーシャさまと戦って、電撃で黒焦げになってもはや……」
いくらメイがSPとして護身術を身につけているといっても、勇者隊のミーシャさまにかなうわけがない。一方的に嬲られたはず。電撃なんかくらったらバラバラになって跡形も残らない。雷鳴を聞いたということは、ミーシャさまが電撃を一発は撃ったことに間違いはないのだから。
血の気が引いたアメリアが真っ青になっていると、モカロがいたずらをした少年のような顔でけらけらと笑っていた。
――何なのいったい!? こんな重大なことを隠しておいて、それも人を小馬鹿にしたような顔で見て!
「クスッ、アメリアといると飽きがこないのよね。ところで、あの日、輝姫さまはどなたに送られてお屋敷に戻られたんでしたっけ?」
「あ……、ミーシャさまの白い馬なしの車で、なぜか輝姫さまが魔法で走らせてお戻りになられたって聞いた……」
「まあ、非番だったアメリアは知らないでしょうけど、その後、おふたりで一緒にディナーを召し上がって、輝姫さまがミーシャさまに浴衣を着せられたりもしたのよね」
「もうっ! モカロったら、騙したわね! それなら、おふたりとも仲のいい姉妹みたいじゃない! どこが嫉妬して襲いかかるかもなのよ!」
「だから噂って言ったでしょ。一戦交えたかもって、う・わ・さ」
まったくもって突拍子もない噂に、アメリアも笑い出した。
同僚のメイがメイド服を翻しながら、ジェラシーをむき出しに襲いかかるまるで山猫のようなミーシャさまと戦って、己を顧みず輝姫さまを守り抜くなんて……。
――うん、モカロの噂話にしては、なんかカッコいいな。
アメリアは、噂話でのメイと自分を入れ替えて、アメリアがまるで勇者のように輝姫さまを守るシーンを想像すると、満足して頷いた。




