噴水公園のジャム入り揚げパン
「――ミーシャちゃん」
「ハイ?」
「何があったの?」
輝姫は、スマホで白いスポーツカー……ブリザード号を巧みに操りながら、言った。
「エッ? 別に……」
「はぁー、城塞都市の治安も堕ちたものねぇ。白昼堂々と中央通りで男爵家の巨大馬車から命を狙われるなんて、身の危険を感じるわー。いっそのこと、お父さまに全て話して、大逆罪で男爵家を取り潰してもらおうかしら?」
「そんな、違うんですっ! 狙われたのはミーシャだけですから、輝姫姉さまじゃありませんっ!」
「なぜ狙われているのよ?」
もう一度、輝姫は聞いた。
「その、はっきりとは分かりません。でも、城門の全閉鎖を願い出たからじゃないかと」
「この城塞都市の城門を全て閉鎖か。――籠城するつもりね」
「そう……です」
勇者隊は城塞都市の防衛を任されている。前に、突如現れた巨大甲虫型モンスターとミーシャが交戦したばかりだ。
となると、その後、勇者隊がどう手を尽くしても、モンスターの進行を止められなかったということだろう。
女神さんからスマホに送られてきた動画を見たが、ミーシャ全力の雷撃がまるで通じていなかった。ならば、城壁に装備されている臼砲などでは、まったく役に立たないのは分かり切っている。
女神さんに教えてもらった通り、間違いなく、巨大甲虫型モンスターは、この城塞都市目指してやって来るのだ。
――しかし、城塞都市の皆が、素直に言う事を聞いてくれるわけはない……か。
少しアクセル・ボタンを開いて、すぐにブレーキング!
荷重が抜けてリアが流れると、クルッと一回転して馬車停めにピタリと車を寄せた。
よしッ、スマホで操るのが初めてにしては上出来ね!
輝姫は、白いスポーツカー……ブリザード号の中から駐車場の周りを見渡すと、広場の人々に遠巻きにされていた。
「あらら、しまった」
あまり調子に乗るんじゃなかった……。目立たないように、こっそり切り返して停めるんだったわ。
ドアを跳ね上げて、輝姫は車から降りた。
振袖を着て、スマホを使いスポーツカーを乗り回すってのも変な気分だ。
「ねぇ、ミーシャちゃんもお菓子食べる? お父さまからのお裾分けで悪いんだけど」
バウムクーヘンを割ってひと口食べるとミーシャにも聞いた。
「ハッ――、あの、ラート国主さまからですかっ!? そんな、もったいないです。でも、輝姫姉さまからのせっかくのお言葉なので、――い、いただきます!」
ガチガチに固まったミーシャが言った。
「あら、そんなに畏まったって、これしか持ってないから、もうあげられないわよ」
振袖を振って空っぽというジェスチャーをして見せて笑った。
そして、しばらくの間、トットットッとロボットのようにぎこちない動作のミーシャと一緒に公園内の通りを歩き始めた。
まっすぐな遊歩道をふたり連れ立って歩く。
真っ青な空に、白い雲がところどころに浮かんでいる。
涼しげな空気がそよ風にのって流れてくる。
日差しが強い割に乾いた空気のせいなのか、汗をかくこともなく快適に過ごせる天気だった。
「輝姫姉さまは、馬車で少し休まれた方がよろしかったのではないですか?」
「ん? お腹に食べ物を入れたから、心配しなくても大丈夫よ? でも、バウムクーヘンだけじゃ全然足りなくて……。このままじゃ、目眩がして倒れちゃうかも。ミーシャちゃんがわざわざ連れてきてくれたんだから、この公園のおススメってあるんでしょ?」
畏まっていたミーシャが、おかしさに耐え切れずに笑い出した。
「そうですね――お姫さまのお口に合うかは分かりませんが、最近評判のジャム入り揚げパンなんていかがでしょう」
「よろしい!」
噴水広場の片隅に、おいしいと評判のパン屋さんの出店があった。広場には簡易テーブルと椅子が並べてある。
さっそく、輝姫はミーシャおススメのジャム入り揚げパンを頬張っていた。
「――巨大甲虫型モンスターが、だんだんと城塞都市に迫っているからなんです」
「ミーシャちゃんの案でいいんじゃない? 安全第一で城門を閉めれば。モンスターが通り過ぎるまで、閉じこもってジッとしていましょう。あんな鎧の塊のようなモンスターを下手に攻撃して暴れられでもしたら被害が増すだけだわ」
「それがそう簡単にいかなくて……。男爵家が強硬に反対してるんですよ」
「ふーん、さっきの巨大馬車は、これ以上邪魔をするなって男爵からのメッセージだったんだ。――あっ、揚げパンの中にマーマレードが入ってた。おいしいわね、これ――」
揚げパンを千切って口に入れると、ミーシャを見つめた。
「いつ帰ってくるのか分からない兄さんじゃ当てにならないし……。輝姫姉さまが勇者隊の後ろ盾になってくだされば、たとえ男爵家が相手でも、もっと強く出ることができます」
「買いかぶり過ぎよぉ……。今の輝姫は、昔と違ってただの居候なのよ」
「……ダメ、ですか? でもそれって、やっぱり出戻りだから、実家であるお屋敷に居場所がないんですよね。いつまでも、兄さんが男らしく責任を取らないからいけないんだわ。ミーシャが兄さんにすぐ姉さまと同居するように言いますっ!」
輝姫は思わず椅子からずり落ちそうになった。
「それは、全然、話が違うからッ! ――もう、分かったわ。また話が変な方向に行く前に、ミーシャちゃんの好きなようにしなさいな」
「やったぁ! これで男爵をやっつけることができます! さっきの馬車のお礼もキッチリつけてやるんだからっ!」
やれやれ……。やっつける相手は、男爵じゃなくて巨大甲虫型モンスターだと思うのだけど。
まずは、男爵がなぜ城門を閉めることに反対なのか分からないと、対処のしようがないわね。
――新しくできたかわいい妹を放っておくわけにもいかないでしょう。




