ミーシャと男爵家の巨大馬車
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「ミーシャさま、どうします?」
くたびれたスーツを着ている中年の御者が、振り返ってミーシャに尋ねた。
前方では大型荷物運搬用の巨大馬車が、道をふさぐようにして我が物顔で走っていた。
荷台の後ろには、水牛をかたどった紋章が見えた。
「チッ! 男爵家所属の大型馬車か……。いっきに抜いちゃってかまわないわ! あんな愚鈍なのに関わって、具合の悪い輝姫姉さまにあまり負担をかけるわけにはいかないから」
「よし、そうだな」
御者は馬車を右に振ると、大型馬車を追い抜きにかかろうとした。
しかし、まるでこちらの進路を塞ぐかのように、巨大な荷台も右に振れる。
左から抜こうとしても、再び同じように車線をブロックされてしまった。
「どいてくれそうにないぞ」
「ハァ~? なによ、嫌がらせ? フラフラと道を塞ぐなんて男らしくないわねっ! 男爵家のヤツら、絶対に道をゆずる気なんてないんでしょ!」
「そうかもしれんな」
ミーシャはイライラしながら前方の大きな樽を満載した巨大な馬車を睨み付けた。そして、チラッと横目で隣の輝姫の様子を垣間見る。
輝姫姉さまは、手のひらサイズのメタルプレートを握りしめて、心ここにあらずという感じでボーッとしていた。
たまに思い出したかのようにプレートを見つめて鋭い目つきになると、眉根を寄せている。
――あのプレートって薄い水晶の板がメタルにはめ込まれてるのかな。あっ、今、音が鳴って振動した? 何かしら……、宝石なんかより綺麗に光ってる。王族に伝わる国宝級のアクセサリーだったりして。さすがにお姫さまは違うわ。
ううん、今はそんなことは後回しでしょ。
輝姫姉さまは、きっと、気分が悪いのを我慢しているに違いないんだから。一刻も早く公園で休憩させてあげないと!
いつも兄さんから輝姫姉さまの噂話だけは聞かされていたけど、まだ、今日、お互いに初めて会ったばかりだというのに、ミーシャって姉さまに散々なことをしてしまった……。
テロリスト扱いして、挙句の果てに放電を浴びせてお付きのメイドを気絶させてしまったり、フォローしようとして自慢の馬車で送れば、慣れない輝姫姉さまを馬車酔いさせたり――。
その上、男爵家に嫌がらせまでされて帰り道を塞がれるなんて、全然いいところがないじゃない。
いくら相手が男爵家でも、ミーシャの馬車には王族の輝姫姉さまを乗せているのよ。こんな人目の付く街中で無様な姿は見せられない。民からずっともの笑いの種にされるわ。
それにこんな失敗続きじゃ、本当に愛想を尽かされるかもしれないっ!
さっき、お屋敷まで馬車で送る申し出を断られた時は、世界が終わりを告げてもうダメかもしれないと思ったくらいなのに。
スバル兄さんを取られた上に、輝姫姉さまにまで見放されたりしたら……ミーシャはひとりぼっちで…………。
もうこれ以上、輝姫姉さまにカッコ悪いところなんて見せられないんだからねっ!!
「意地でも抜いてっ! なんならフェイントを使いなさい。軽く一回左に振ってひっかかったら、右からいっきに行くのよ!」
「若いなあ」
御者は笑うとミーシャの注文通りに馬車を左に振ると、つられて左に寄った大型馬車の空いた右側の車線にすかさず車を滑り込ませた。
「よしっ、このまま行くわよっ!」
「ああ、もちろんだ」
ミーシャたちの馬車はスピードを上げ、追い抜きにかかる。
巨大馬車の馬は全部で八頭立てだった。大きな荷車と合わせると、遥か前まで巨大馬車が延々と続いているように感じる。とてもじゃないが、一気に抜き去ることができる長さではなかった。
するとあろうことか、少しずつ、巨大馬車の車体が右側に寄ってきていた。
避けるようにセンターの分離帯ギリギリまで寄せるが、大型馬車は幅寄せを止める気配はない。
「ちょ、ちょっと、嘘でしょ!? ミーシャたちを馬車ごと潰すつもりなの!!」
「どうするんだ?」
「あなたも考えなさいよ。御者でしょ!」
「そうだけど、いまさらだな」
確かに御者の言う通りかもしれなかった。
巨大馬車の後輪がせり出して後ろを塞いでいるのでいまさらブレーキをかけても間に合わず、スピードを上げてもすぐに抜き去ることもできない。これ以上、右に寄せて分離帯からはみ出してしまうと、反対車線の対向車と正面衝突しかねなかった。
「ねえ! 君たち! 勇者の妹のミーシャだって分かってやってるんでしょうね!」
ミーシャは風に煽られながら車の窓から身を乗り出して、巨大馬車に向かって大声で叫んだ。
しかし、何の反応もなく巨大馬車の起こす凄まじい騒音に虚しくかき消されてしまう。
代わりに御者の声が聞こえてきた。
「接触すると投げ出されるぞ。車の中に入ってるんだ」
男爵家のヤツら、やっぱり承知の上でやってるんだわ……。こんな個性的な馬車を乗り回してるのは城塞都市でミーシャしかいないんだもの。兄さんがいる時はこんなことされなかったのに……妹だからってバカにして……。
徐々に幅寄せされ追い詰められていく。
ついに、分離帯の段差にタイヤが乗り上げる。ガツンッという衝撃を感じで体が突き上げられた。
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