やるせないアカリ
騒ぎを聞いて駆けつけたラートハウスの警備隊員たちが、ロビーで後処理をおこなっていた。受付の応援の為に、他のブースからベテラン秘書が派遣されていた。
「キャァァ、あ、ああぁ、ち、違います! 決して、あ、悪意があったわけでは――。テロ対策強化の一環で――、お、お許しを! 手元の名簿には、まだ輝姫さまの記載はなく……。あっそうか、魔法の学生証で気付くべきだったのに――なんてことを!」
「なにぃー、本物だぁー!? ――あっ、ありえねぇ!! さんざん暴言吐いた上に剣まで向けちまった……。これじゃぁ、人生終わっちまったのかよおぉぉぉー! クソッ! 華奢すぎたし、あんな澄んだ目の賊なんているわけなかったんだ! 俺の目は節穴か……」
改めて、輝姫本人であるとの照会を終えてからしばらくの間、必死になって無実を抗弁するエルフ似の受付秘書の甲高い悲鳴とベント騎士の図太い絶叫が、ロビー中にこだましていた。
「見苦しい言い訳はもういいから! これじゃいつまでもロビーが使い物にならないわ。とりあえず留置場に行きなさい。――さようならベント」
「そ、そんな、ミーシャさま? まさか俺にすべての責任を取らせて、切り捨てるおつもりなんじゃないでしょうね!?」
「仕方ないわ……手遅れよ。兄さんから預かった勇者隊の評判を下げるわけにはいかないのは分かるでしょ? 王族に、まして聖女輝姫さまに対して真っ向から刃向かってしまったなんて、先例すらないでしょうから」
「な、なんとかなりませんか……?」
ミーシャは気乗りしなさそうに肩をすくめると、ベントの肩に手を置いた。
「もちろん陳情はしてみるけど、少し時間はかかるでしょうね」
「――本当に、お願いしますよ!!」
ベント騎士はムキになって言う。
「バカねっ! 冗談も分からないほど余裕ないの? 休養日だと思ってゆっくりしてきなさい。兄さんと輝姫さまの関係は知ってるでしょ」
ミーシャはカラカラと笑った。
ベント騎士と受付秘書は、警備隊員たちに連行された。
「なんとお詫びしてよいのやら――、輝姫さま。ミーシャはもちろん、ベント騎士と不慣れな受付秘書が無礼をはたらいてしまいまして、陳謝いたします。あってはならないことでしたので、厳しく処罰いたします。医務室にお運びした御付のメイドの方は、しばらくしたら意識を取り戻しますから、何も心配いりませんのでご安心ください」
「ホントに、メイさんは大丈夫? こんなことになるなんて信じられない……」
アカリにはショックな出来事だった。国主さまに女神さんからの御神託を告げに来ただけのはずが、朝からこの騒ぎだ。
今しがた、平気な顔で電撃を仕掛けてきた見かけによらず凶暴なこの少女を、アカリは固い表情でジッとひと睨みした。
バランスのとれた少女特有なプロポーションに、愛くるしい顔立ち。――ハッキリ言って、妹にしたいくらいかわいらしい。
そんなことを考えるほど気持ちにゆとりができたのか、だんだんと落ち着いてきた……。
すると、今、目の前でしきりに畏まっているこの小柄な少女が、実は、女神さんからのスマホの受信データで見た雷娘のミーシャ本人だと今さら気がついた。
目を見開いて、アカリは確かめるようにミーシャを見た。
「ピンクの髪にブレザーの制服……間違いない。あなたがミーシャちゃんだったの?」
「光栄だわ! ミーシャのことをご存じなのね。もしかして、兄さんから聞いたんでしょ」
「いいえ、スバルじゃないの、あなたのことは女神さんから聞いたのよ。――あの巨大な甲虫型モンスターとの戦い、大変だったわね」
「えっ、なぜあのモンスターのことを知ってるんですか!? まだ兄さんでさえ知らないトップシークレットのはずなのに! ――女神さまからのご神託を受けたり、さっきミーシャの放電を弾いたり、もしかして貴姉――」
「ん……、どうしたの?」
「輝姫のなりすましなんかじゃないっ! ――兄さんと一緒になるはずだった、正真正銘の聖女、輝姫姉さまなのね!」
「……もういいわ。輝姫のことは……」
なりすましかぁ……納得はしてくれたみたいだけど。まったくもう、みんなしていつもこうなんだから、アカリが何をしたっていうのよ。
アカリはツンとして、ロビーの高い吹き抜け天井を仰いだ。




