ロビーで騒動 5
「アカリさま、いっそのこと強行突破しましょうか? もう面倒です」
ハンドグレネードのピンを指にぶら下げるように持ったメイさんが、アカリに微笑んで言った。
「まるで準備万端みたいじゃない。いつも、そんなものを持ち歩いていたの?」
「護衛も専属メイドの仕事のひとつですから」
「余計な仕事ばかり増やしてしまってごめんなさい。こんなことなら、輝姫だなんて名乗らなければよかった……。せっかくスムーズにいくと思ったのに」
「そんな! 輝姫さまのせいじゃありません! 下々の事情にまで気を使う必要などございません」
「――国主さまの執務室の場所、分かる?」
「フフ、そこまで行かずとも、受付でこれだけ騒ぎを起こせば、話の通じる上の部署の方がいらっしゃるでしょう」
「あぁ、だから催涙ガスやハンドグレネードまで持ち出して、わざわざ大騒ぎまでしでかしたのねッ!?」
「はい。カチンときたのは確かですが、あんな木偶坊を相手にしていても始まりません」
「そうかもしれないわね。ロビーでテロリストの真似事なんて……、なんだかちょっとバカバカしくなってきたわ。早く、お屋敷の関係者が来てくれるといいのだけれど――」
アカリはメイさんに、にこりと笑いかけた。
警備隊員との睨み合いが続く。
たとえメイさんを斬ろうが、矢で射ろうが、ハンドグレネードが爆発してしまったら意味がないから手出しできないのだろう。
それに、手に持っている一発だけとは限らないじゃない?
サッとピンクの髪をなびかせて、ブレザーの制服を着た小柄な少女が、警備隊員の後ろから現れた。
「あれは――。すみませんアカリさま。運の悪いことに、手が早いと悪評高い勇者隊……要するに部外者です。全然、話が通じる相手ではありません!」
身構えるメイさんの方から、チッと舌打ちする音が聞こえた。
「いったい何の騒ぎ? ベント、ここは殿中よ。剣をおさめて! ラートハウスを血で汚して、ミーシャの顔に泥を塗る気なの!?」
「これはミーシャさま! しかし、テロリストが二名も侵入して騒動を起こされては――」
「もうよい。ミーシャが捕らえるからっ!」
「エッ!? ちょっと待って、電撃はダメですって!! もし誘爆でもしたら――!」
「やめて――やめなさいッ!! もうバカな騒ぎはたくさんよ!」
アカリはスマホを握りしめて叫んでいた。
ピンク髪を逆立てると、素知らぬ顔をして少女の身体に青い放電が走る。パリッとした電気が、メイさんとその後ろにいたアカリを標的にして飛んだ。
――撃たれた!!
目の前に青紫の火花が走って、雷が落ちたような凄まじい音がロビーに響いた。
アカリは思わず目をギュッとつぶって、反射的にスマホを掴んだ手を前に突き出していた。
熱い火花が頬に当たるのを感じて、心臓が破裂しそうなほど高鳴った。
「キャンッ!」と子犬のような悲鳴をあげて、メイさんがアカリの目の前で感電して倒れていた。
「メイさん!! 何でこんなことにッ!? もう滅茶苦茶よ!」
アカリは震える脚でメイさんの元に駆けつけた。膝にメイさんを抱いて様子を見る。
ハンドグレネードのピンは、抜けずにそのままだった。
メイさんの手にきつく握りしめられていたハンドグレネードを取り除くと、アカリはジッとメイさんを見つめた。
健康的だと思っていた肌が、いつもよりずっと青白く見えた。ストレートロングの黒髪が床までバラけていた。
「う、ううんっ……」
メイさんの声を聞くと、少しだけホッとした。
――ケガはしていない、火傷もないわ――。息もあるし、脈も心臓も大丈夫。ショックで気を失っただけ。
大事ないみたいね……。
でも、もしアカリが雷に撃たれていたら、今、床に倒れているのはアカリだったのかもしれない。
いえ、アカリも狙われていたんだ! ハズレたのは、ただ運がよかっただけのことよ……。
――運がいい? 冗談でしょ! メイさんを盾にした弱虫の癖にッ!
なにやってるのよ……。




