ベント騎士と受付秘書
※ ※ ※
勇者隊でミーシャさまのサポートを任務としているベント騎士は、鍛え上げられたガッシリとした体躯の男だ。
ラートハウスには、巨大モンスターの報告のため急きょ上京したミーシャさまに付き従って来た。
四角い老け顔のせいで実際より年上に見られることが多いベントだが、まだ十代後半だ。そのせいか、騎士仲間からは大変だと思われている“勇者の妹君のお守り”という役目も、それほど苦に感じたこともなかった。
朝早くにラートハウスに到着し、受付を済ませる。
担当してくれた受付秘書は、初めて見る新人だった。エルフのような顔だちで水晶のような大きな目と尖った耳が特徴的だった。
その大きな目をパチパチさせ、耳がピクッと興味ありげに動いていた。
勇者の妹であるミーシャさまを間近で見て興奮している様子が初々しかった。
「ああそうか。だから最近、警戒レベルが引き上げられたんですね! 大切なお客様がいらっしゃるから――」
いや、いつもミーシャさまと一緒に来ているが、そんなことは今まで一度もなかったんだが……。たぶん、他に何か原因があるのだろう。
そういえば、勇者スバルさまも、最近、顔を見せない。
あのモンスター以外で、何かとんでもないことが起きたのか?
受付秘書はミスもなくテキパキと仕事をこなしているように見えた。
しかし、ベントは秘書を見ているうちにどうにも心配になってきた。
まだ学校を出たての十七歳くらいだろうか?
ミーシャさまを直に見ることができて無邪気にはしゃぐ様子に、万が一、本物のテロリストが来た時に毅然と対応できるとは到底思えなかった。
普段からミーシャさまの後始末をさせられてきたからか、ベントには他人事と割り切ることができなかったのだ。
老婆心ながら――、異国の来客には注意すること、身分証の確認を怠らないこと、訪問先と目的を見極めることなどを、受付秘書にアドバイスしておいた。
秘書からは、
「さすがに勇者隊の騎士さまは違いますね」と尊敬の目で見られてしまった。
基本的なことなんだがな……。
この後、ミーシャさまは報告書をまとめたり会議の準備で忙しい。その間は、これといってやることもない。ならば、警備室にでも行って時間を潰すとするか――。
警備室でなじみの警備隊員たちとコーヒーを飲みながら退屈しのぎにカードをしていると、警戒注意を告げる呼び鈴が鳴った。案の定、受付からだ。
「いいよ、俺がちょっと様子を見てくる……」
「おっ、新人の受付秘書狙いでしょ? ベントさんって、あんなエルフっ娘がタイプだったのかよぉ!」
まったくのんきなヤツラだ。事件が起きたというのに緊張感の欠片もない。
だが実際、城塞都市の中心部、ラートハウスともなると、警備と言ってもほとんどがアポなしのくせにごねる非常識な訪問者にお引き取りいただくのが主な仕事なのだから仕方がない。
ベントはまわりの警備隊員たちの冷やかしを避けるように、急いで受付ブースに向かった。
――秘書の顔は強張って、少し手が震えているように見えた。
「何があった?」
「あそこのソファーの女子二人、怪しいです。白い着物の方が輝姫さまを名乗って国主さまに面会に来たと――。魔法使いです! 身分証は異国の見たこともないタイプ。メイドは国主さまのお屋敷勤務の仮身分証を持っていましたが……」
「仮の身分証ねぇ。入ったばかりか異動した直後なのか? 仮なら偽造も簡単だから、当てにはできないな。魔法は……どうせトリックか何かだろう。それより、輝姫さまってふざけてんのか? もし勇者スバルさまがいたら、命を賭けた冗談になるところだったな」
「当たり前ですが、名簿に輝姫さまの名前は載っていません。でも怖いわ。見て、あの顔――。まるで死霊が甦ったみたいに、そっくりなんですもの……」
ベント騎士は用心しながら、ソファーのふたりに近づいて行った。相手が少女とはいえ油断はできない。何の策も講ぜずに正面玄関から堂々と入るテロリストなどいないのだから。
※ ※ ※




