ロビーで騒動 4
ストッキングを穿いたメイさんのしなやかな足が、振り上げられていた。
どうやら頭に血が上っていたのは、メイさんも同じだったようだ。
威嚇のキックに驚いて避けようとした警備隊員の手が伸びて、アカリの肩をギュッと押すようにつかんだ。
その拍子に、アカリはバランスを崩して危うく後ろにひっくり返りそうになる。
「キャッ! い、いやッ――!」
すると、メイさんはポーチの中からスプレーを取り出すやいなや、警備隊員の顔めがけて噴射していた。
ツーンと鼻に付く柑橘系の強い刺激臭に、たまらずアカリは口元を振袖で覆うと、その場にうずくまった。
涙がポロポロと溢れ出てくる。
「メイ……さん。……なに、を……」
声が続かない。
ほんの少しだけ、スプレーのガスを吸い込んじゃったみたいだ。
「この下郎が、控えなさいっ! アカリさまに対する無礼、許すまじ!!」
「ゲホッ! ゴホッ! グウゥゥッ……。てめぇ、メイドの分際でふざけるなよ! しょっぴいてやるから覚悟しろっ!」
目や顔を真っ赤にして涙や鼻水を垂れ流した警備隊員が、メイさんにつかみかかろうとする。流れるような足技でいなすと、またもや隊員目掛けて催涙スプレーを噴射するメイさん。
ロビーの辺り一面にスプレーの催涙ガスが漏れ出て、あちこちで集団の悲鳴が上がった。
非常事態を告げる鐘が鳴り響いた。慌てた人々が我先にと出口に殺到して行った。
「まだ体調の優れない輝姫さまに対してその物言い――断じて許すわけにはいきません!」
「ふん、本物の輝姫さまなら、墓の中だろうが! 残念だけどよ……」
「チクショー!! 知ったような口を――。輝姫さまの何が分かるというのかっ!」
――メイさん、落ち着いてッ!! アカリは平気だからッ!
叫ぼうとしたが、刺激臭のせいでゴホゴホとむせてしゃべれない。
これってハーブの臭い? メイさんったら、いかがわしいハーブティーだけじゃなくて護身用まで作れたのね!
いつの間にか、メイさんのもう片方の手にハンドグレネードのようなものが握られているけど、まさか、本物――!?
そんなのが爆発したら死んじゃうかも……。
アカリはゾッとした。
心臓の鼓動は早く鳴り、喉はカラカラに乾いていた。
そんなハズないじゃないッ! 見間違いに違いないよ!?
もっとよく見て確かめようと溜まっていた涙を拭いたアカリは、警備隊員の方を改めて見て、「アッ!」と、目を見張った。
警備隊員が剣を抜き放ち、鈍く光る剣先がメイさんに向いていた。




