ロビーで騒動 2
「どうしたの、メイさん?」
「申し訳ございません。ラートハウスで受け付けるには、身分証が必要なのです。もちろんメイはあります。しかし、よりによって、アカリさまにまで身分証の提示が必要だなどと言われてしまいました。まったくもって前代未聞です!」
「あの、お客様。すべての臣民は、身分証の携帯を義務付けられているのですが――」
まずいわね。アカリは異邦人よ……。この国の身分証なんてあるわけがない。たまたま、お屋敷で保護されていただけなんだもの。
すぐにでもお願いして、仮の身分証を発行していただかないと――。どっちにしても、国主さまにお会いしないとどうにもならないじゃない!
「確かに臣民ならばそうでしょう。しかし、先ほどから申しているように、アカリさまのような高貴なお方に身分証などが必要であるはずがございません! あなたは王族に身分証を見せろと言っているのですよ!」
「――そちらのお客様は、異国からの留学生でしょうか? それならば、学生証や異国の身分証でもかまいませんが――」
「えっ、アカリの学生証でもいいんですか?」
アカリは振袖からスマホを取り出すと、タップして高校の学生証を表示させた。
「は……? ただの黒いプレートに、一瞬で色鮮やかな肖像画が浮かびあがるなんて――。これはいったい、何が起きたのでしょうか……?」
「あぁ、今の銀髪が地毛で、髪は黒く染めてたんです。学校の制服も着ているから写真と違ってみえますか? なら立体映像で違うアングルを表示させれば本人だってわかるかしら」
アカリの写真を指し示した指先を広げ、ピンチアウトで3D表示させた。スマホのディスプレイからフィギュアのような黒髪制服姿のアカリが飛び出して見えた。
「ヒェッ! 絵が、額縁を抜け出すなんて……、ま、魔法使いっ!? ――――ハッ、失礼しました……」
受付秘書は顔をひきつらせて青くなっていた。
とがった耳をヒクつかせながら大きな目を瞬かせると、まるで探るようにアカリを見ている。
ムリヤリつくった微笑が痛々しい。
――やっぱりダメかな……。異世界で日本の学生証が通じるわけないか。
「あの、国主さまに少しお会いしたいだけなんですけど……」
「は……? はい、改めてお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、アカリ――、いえ、輝姫と申します」
「き、輝姫さま! ――で、よろしかったですか……?」
「はい。お屋敷でお話するつもりだったのですが、お忙しくて戻られないそうなので来てしまいました」
「はぁ、そうでございますか……。ご予約は?」
「いえ、急ぎなものですから。御神託の件でとお伝え願えますか」
「御神託、なのですか……? あの、事前にご予約がございませんと難しいのですが、確認をとりますので、少々あちらでお掛けになってお待ちください!」
受付秘書は分厚い辞典のようなものを繰ると、アカリたちを一瞥し、すぐに壁際にぶら下がっている黄色い紐を慌てた様子で引っ張っていた。
――イエローは注意のシグナルよね。でも、異世界ではどうなのかしら?
正面玄関から堂々と入ってきて、受付をわざわざ通す不審者なんていないんだからね。
じゃないと、アカリったらこんな子供のお使いもできないの、と女神さんに思われちゃうかもしれない!
高校生にもなって、それだけは勘弁してほしいんだけどな……。




