暁の通話(前)
……音楽が流れる。
ここは日本の夏祭り、仮装盆踊り大会の審査会場。
ライトアップされた舞台に進み出たアカリは、伝統的な雪女のコスプレをしていた。腰まで届く輝く銀髪と、雪の結晶の模様が白い着物に映える。
クールな表情で振袖を翻して舞を舞った。指先からつま先まで女らしくしなやかに。
――これで入賞はいただきよッ! 悪いわね、タマちゃんの化け猫踊りなんかに負けてられないもの。
アカリの桜色の唇が、ニコリと妖しく微笑んだ……。
♪~♪♪~~
スマホが鳴っていた。
アカリはふかふかの羽毛ベッドの中からモゾモゾと這い出ると、サイドテーブルに置いてあったスマホに手を伸ばした。
「――はぃ……、ァカリですぅ……」
眠い目を擦りながら、寝ぼけた声を出した。途中で何度か声が裏返った。
カーテンがぼんやりと薄明かりに染まっていた。
「輝姫、あなた大丈夫なの? 何してたのよっ!?」
スマホから慌てた声が聞こえた。
なんだか、頭がガンガンする。昨日飲んだ紅茶がいけなかったのかしら? 確か、気分がよくなるハーブを入れたとか言ってたような。それで、メイドさん三人とハイテンションになっちゃって、最後はみんなで大合唱したんだっけ……。
「……ごめんなさい、全然気づかなくて……。昨夜、メイドさんたちとすごく盛り上がっちゃって、そのまま……」
「何度コールしても出ないんだから、とても心配したのよ!」
「なんだか、熟睡しちゃってたみたい。こっちに来てからずっと気が張ってたから……。ごめんね」
「もう、羽目を外しすぎちゃダメよ。大事な身体なんだから程々に――」
アカリのスマホにかけてくるのはひとりしかいない。もちろん、女神さんだ。こんな暁に電話をかけてくる方がどうなのかと思ったが黙っていた。いつもと彼女の雰囲気が違うからだ。
「それで、どうかしたの?」
「突然だけど、大型甲虫型モンスターが城塞都市に向かっているわ。このままの進路を保つと直撃してかなりの被害が出るわね!」
「――えっ? モンスターってなに……? 被害って?」
「もう、寝ぼけないで、アカリちゃん! 日本じゃないのよ」
そうでした、ここは異世界! 勇者スバルはそのために戦っているんだっけ――!
アカリは布団を跳ね除けるように身を起こすと、背筋を伸ばして姿勢を正した。
「ご、ごめんなさい。――それで、今の状況はどうなってるの!?」
「ミーシャ……スバルの妹が当たったけど、残念ながら相性が悪すぎて効果はほとんどなかったわね。後で彼女のデータを送るわ」
勇者のスバルに妹がいたのか……。女性でモンスターと戦うってスゴイ! さすがに勇者の妹だけのことはある。
アマゾネスのような鍛え上げられて筋骨隆々とした女戦士を、アカリは想像していた。
しかし意外にも、スマホに送られてきたミーシャの画像は、ブレザーの制服を着たピンク髪の幼さの残るかわいらしい女子中学生のようだったのだ。
「ちょっと待って、信じられない! 見るからにまだ子供じゃない!? 妹に何やらせてるのよ! 肝心の勇者スバルはどうしたの?」
しばらくの沈黙の後、女神さんの盛大なため息が聞こえてきたのだった。




