ミーシャ
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もぬけの空の勇者スバルの部屋を見た時、妹のミーシャは嫌な予感がして溜息を吐いた。
また、兄さんの病気が始まったんだわ……。
定期的に聞く輝姫さま復活の噂……。輝姫さまに化けて、勇者である兄さんに取り入ろうとするバカな娘など、数えきれないほど見てきた。当然、全部ただの詐欺師、真っ赤な嘘だった。
どうせ今回もまた、同じことの繰り返し……。兄さんは、いったいいつになったら恋人との別れを受け入れられるのだろう? ……そんなことは永久に来ないような気がする。だって、お相手があの聖女の輝姫さまだったんだもの。代わりなんて、国中を探しても見つかるわけがないわ。
なのに、こうして兄さんは旅団をひとり抜け出て、噂の人物に会いに行ってしまうのよ。ムダだと分かっているくせに……。そして、ガッカリして落ち込んで帰ってくるの。
ミーシャが兄さんにしてあげられることは、その間の隊をまとめ上げて動かすこと。留守の間、代わりにモンスターを狩ること。
そして、いつかミーシャが兄さんの傷ついた心の隙間を埋めてあげることができれば……なんてね。そんなのただの夢ね!
ミーシャはセミロングのウェーブのかかったピンクがかった髪をかき上げ、フーッと息を吐くと、誰もいない勇者スバルの部屋から出ていった。いつもは軽い足取りがやけに重く感じていた。
森の中で今まで寝ているかのように身動きひとつしなかった大型モンスターが、突如、活動を再開していた。まるで、勇者がいなくなるのを待っていたかのように……。
早朝、連絡を受けたミーシャは、偵察がてら仕留める気でいた。そのせいか、装備は、細身の剣と、服装は赤茶色のブレザーとミニスカート、ショートマントを羽織った身軽なものだった。まるで、日本の女子学生の制服姿のように見えた。
兄さんの留守にモンスターを倒したら、褒めてもらえるかしら……。
ミーシャは勇者スバルの喜ぶ顔を想像すると花のように微笑んだ。
大型モンスター相手に持久戦や消耗戦に持ち込むつもりは、ミーシャにはさらさらなかった。ピンポイントで急所を狙い打てばそれで片が付く。それも、至近距離からなら、一撃で効果覿面よ!
「ベント、ちゃんとサポートついてきてるわね?」
「弓隊も後方に展開済みです。いつでも――」
「伏せて、危ないっ!」
ミーシャが叫ぶのと、モンスターの巨大な爪が振り下ろされるのは同時だった。
鎧を装備したベント騎士は指示通りに行動し、間一髪で難を逃れた。
ミーシャはとっさに短縮呪文で雷撃を放った。
稲妻が走り、バシッと青い火花を散らしてモンスターの頭部に命中した。
近距離からの雷撃の直撃。それも急所である頭部だ。
いくら分厚い鎧をまとった大型モンスターであろうと、稲妻が貫いて脳を焼き焦がし一撃で仕留められるはずだった。