仁王立ち
愚か者……。
輝姫の空っぽになってしまった宝石箱に入っていたのは、ただの愚か者。
みんなは妖魔討伐など不可能と諦めていた。
ただひとり勇者スバルという愚か者を除いては……。
まわる星の動きにジッと目を凝らして耳を澄ませれば、女神さまがはっきりとした声で語ってくれた。
アナタだけが感じるものに耳をかたむけなさいと。
丘に立つスバルを見つめると、輝姫は笑みを浮かべて走り寄った。
だから、ふたりで見る夢はきっとステキなものになるはずだったんだ…………。
――ハッ!? 夢?
お、落ち着くのよ、アカリ。何も泣かなきゃいけない理由なんてどこにもないじゃない。そりゃあ、異世界に飛ばされて泣きたいのは山々だけれども……。
まさか幻覚まで見るなんて――、過呼吸のせいかしら?
アカリは、ゆっくりと息を整えると息を吐き深呼吸をして、パニックを起こしかけた頭を鎮めた。
少し落ち着くと、すぐ間近にスバルの整った顔があった。
「あのぉー、もう大丈夫ですから、離していただいても?」
彼に抱きしめられたのはもう二度目だ。スバルとは、さっき会ったばかりだというのに。でも、今のはいきなり取り乱したアカリのせいだし、倒れてケガしないようにしっかり支えてくれたのよね……。さすが勇者だけあって心得てるわ。
「むぅ――、この癖になりそうな柔らかな抱き心地のよさは、やはり間違いない……」
「ッ、クゥ~、いいから離せ、この変態勇者ったらッ! そういうのはハーレムで好きなだけやってなさい!」
「ど、どうしてそれをっ!? 公儀の隠密か……。だから、国主さまは輝姫に会わせてくださらなかったのか? 違うんだ、俺の話を聞いてくれっ!!」
ウエディングケーキの陰から興味深そうに覗く女神さんの前で、アカリは腰に手をやりエプロンドレスをなびかせながら、仁王立ちになって勇者スバルを睨みつけていた。
結局、せっかく女神さんからいただいた素敵なケーキを放って、当てもなく逃げ出すわけにもいかず、アカリはお屋敷に戻るとメイドさんを呼んだんだ。
勇者スバルはこっそりと戦地を抜け出して来たとかで、情報がバレて戦局が動くとヤバイと言って、お屋敷内に立ち寄りもせずに急いで帰って行った。
聞くところによると勇者スバルのハーレムは、行く先々の地方の領主や有力者の娘の接待を受けざるを得ないとのことで、決してやましいものではないそうだけど……。
なんでも、女性を断り続けていたら、そのうち美少年をあてがわれるようになったとかで、仕方がなかったらしい。
でも、勇者さまがあんな調子で本当に大丈夫なのかな?