幻のウエディングケーキ
「ふ~ん、スバルは勇者さまなんだ。でも、なんでこっそりと戦地を抜け出してこんなところにいたの?」
「いや、まぁ、なんだ、俺にも休暇が必要というか――」
「どうだか? 本当は、輝姫狙いて忍び込んだんでしょ。残念でした! まったくしょうがないわね」
アカリは勇者スバルの護衛つきで、広い庭園の中を歩いて行った。
階段を上ってアンテナの見えた場所の前まで来た。
しかし、それはアンテナ塔ではなかった。チャペルのような建物だったんだ。
屋根の上にある避雷針か十字架のようなものが、アンテナに見えていたのかしら?
スマホは、やっぱり圏外のままだった。
アカリはそっと扉を開く。建物の中はシーンと静まり返っていて、物音ひとつ聞こえなかった。中に入ると、センターには立派な女神像が奉ってあった。
近づいて見上げた。
月のリングは本物だったわ……。
……そうだ、この女神像の顔は……、やっぱり、あの女神さん……かな?
「うーん、やっぱり全然似てないわよねぇ」
「キャアッ! め、女神さん!?」
いつの間にか、アカリのすぐ隣に女神さんが立って、一緒に女神像を見上げていたんだ。今度は、正真正銘の透き通るような輝く女神の衣を身にまとっていた。
すぐにアカリは女神さんの手を取ると、
「アカリを元に戻して! お願いだから帰してッ! スマホは役に立たないし――、女神さんならできるでしょ!?」と頼み込んだ。
女神さんは少し困った顔をした。
「これは、輝姫がすべての思いを込めて願ったことよ……」
「アカリは輝姫なんて知らないッ!」
「それなら、こういうのはどうかしら……。全部、アカリが思い出してから決めましょう!」
女神さんは、さもいいことを思いついたように自慢げな顔をして言ったの。
「思い出すっていっても、アカリは何も忘れてなんていないのにッ?」
「何も分からないかもしれないけど、今だって頭の中を弄って誤魔化している訳じゃないのよ。今回もちゃんと約束は守るから安心して……」
女神さんが言うと、シュガーフラワーや星でかわいく飾り付けられた、まるでタワーのような立派な生ケーキがその場に現れたんだ。
「確かにケーキが食べたいとは言ったけれど……。でも、いったいどうするのよ? こんなにたくさん……、女神さんッたら!」
「とりあえず、食べればいいんじゃないか?」
それまでじっと話を聞いていたスバルが、ナイフを取りだすとアカリに持たせてくれた。
「ねぇ、スバル。アカリはクリームの部分を食べたいから、あそこをカットしようよ」
クリームの多い部分は塔のケーキの上段にあったので、スバルに身体を支えてもらった。
スバルはアカリの腰に手をそえると手を取って、一緒にナイフでサクッとケーキに入刀した。
――とたんに、アカリの目頭が熱くなって、涙がとめどなくあふれ出した。
「あ、アレッ? ちょっと待って……スバル……、目にゴミがはいった、の……、か、な? ウッ、ウウッ、ウワァァアァ――――ッ!!」
何がなんだか分からず、頭が混乱して泣きじゃくるアカリを、スバルがギュッと抱きしめてくれた。
「今のオマエが誰だろうと、記憶がなかろうと、俺には関係ねぇから」
スバル……。
なんで、こんなに幸せな気持ちがするんだろう……。
……女神さんが、優しく微笑んでいた……。