お姫さまと勇者
輝姫の透き通って輝いていた銀髪は、もはや光を失い乱れていた。病衣からのぞく白い肌には、いたるところに擦り傷や打ち身でできた青い痣が見え隠れしていた。脇腹に巻かれた包帯からは血が赤くにじんでいた。
魔法に天賦の才を持っていた輝姫は、勇者スバルを助けるために一緒に妖魔討伐の旅に出ていた。始めは順風満帆だった旅であったが、敵が強大になるにつれてちょっとした判断のミスが命取りになってしまう。そして、一瞬のスキをつかれ、輝姫は妖魔の攻撃を喰らい戦いに敗れてしまったのだった。
多くの人々を治癒魔法で救ってきた輝姫だったが、瀕死の重傷を負った彼女を癒せる程の腕をもつ者は、長く続く戦乱のためにもはや国中を探してもいなかった。
勇者スバルがベッドの側に見舞いに来ると、輝姫は黒曜石のような艶やかな瞳で勇者を見つめながら、息も絶え絶えに言った。
「こんな姿で、スバルに……いえ勇者さまに……、謝らなくてはいけません……。妖魔を全部倒してこの国が平和になったら、結婚するお約束でしたね……。でも、私の方が、お約束を守れそうもありません……」
「今さら何を言うんだ、輝姫、――俺は認めないっ! 妖魔は残らず俺が必ず倒す! だから、輝姫はゆっくりと身体を治してくれるだけでいいんだよ」
「本当に……、ごめんなさい……。これでも治癒術を修めた身……。自分の身体が……、もう、手の施しようがないことくらい分かります。でも、悲しまないで……。もう一度、会えるような気が……するんです! 女神さまのおぼしめしで……いつかきっと……。だから、スバル……、それまで待っていてくださいますか?」
勇者スバルは輝姫の細くか弱い手をそっと握った。
「ああ、もちろんだ。天の星の動きだって読める輝姫が言うなら必ず会えるさ。身体もきっと治るし、全部うまくいく。だから、そんなに弱気になるなよ」
勇者スバルが励ますように熱く語ると、輝姫はにっこりとほほ笑んで、そのまま静かに眠るように目を閉じた。
――そして、輝姫は、もう二度と目覚めることはなかった。
輝姫が天空に旅立ってから、十六年後……。