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短編・番外編・小ネタ集  作者: アルタ
無彩色主義の3日間
9/13

2日目 前編

 2日目。




 天気が良かった。

 途中まで学校に行こうと思っていたけれど、知っている人が一生懸命自転車をこいで「1時間目に間に合わないー」って叫んでいるのを見たとたん、足が止まってしまった。

 一度止まってしまった足は、なかなか動いてくれなくて。

 そのくせ後ろ向きにはスムーズに動き出す。


 どうしよう。


 そんなことを考えながら、絶対昨日の場所には近づかないでおこうと思いながら、気がつけば、駅前に向かっている。まるで引っ張られているように。


 おかしいのだ。

 なぜか、妙なことを期待してしまうのだ。

 まさかそんなことあるはずがないのだけれど、もしかしたら、またあの変な奴に会えるんじゃないかって、変な期待を抱いてしまうのだ。


 失礼な奴。

 マイペースな奴。

 会いたいだなんて絶対思わない!


 ……なのに、走ってしまう。

 ……なのに、心臓がどきどきしてしまう。

 どうして?


 おかしくなっちゃったんだ。私。きっと。

 だって、目の前に昨日隣にいた人が見えるんだ。

 赤いジャケットを羽織って、ジーンズをはいて、そこにいるんだ。


 普通いないでしょ? 

 学校行くじゃん。

 暇人ですか?

 だから幻なんだろうと思う。


 ……


 思うのに……。

「あ、絵梨~。こっちこっち~!」


 嬉しそうに手を振るその姿を見た瞬間、心臓が飛び跳ねて、予想が当たったと言う喜びと、また来てしまった罰の悪さと、その顔に見とれてしまった自分を感じ、不思議なことに……本当に不思議なことに、何故か安堵してしまったのだった。



「なんでいるのよう」

「絵梨に会いたかったからだヨ」

「嘘つき」

 そのくせ憎まれ口を叩いてしまうのは、なんだかそれを認めるのが悔しいからだ。


 目の前の黒猫のように綺麗な男の子は全然気にする風ではない。

「でも、なかなか来ないからさー。学校行ったのかな? って思っちゃった」

 俺の従兄弟がね言うんだよ。そんな時間に駅前にいるのってサボりでしょ、って。日本って皆そんな真面目に授業に出てるの?


「普通の人は行くよ。ちなみに私はサボってる。でも君もサボってるでしょ?」

「あ、俺? うーん、俺ねぇ。勉強で食ってこうなんて考えてないし、別にいーの」

 勉強で食べてかないんだったら、いったい何やって食べていくんだ?


 激しく疑問に思ったけれど、まさか隣の人が「皇子様?」なんて考えてしまって、あわててふるい落とす。

 この強引さと自己中心っぷりに関しては真実性はあるものの……なぁ? 


「って、何してる」

 この人、急に私の制服をひっぱったり、袖口を返したりしているんですが?

 もしもし?


「んー。おっかしいなぁ。従兄弟によるとサボってる人は、フリョーで、袖口に夜露四苦!って刺繍してる服着てるって」


 あいさつしてどうするよ

 なんだか激しく間違った日本について吹き込まれているんじゃないのだろうか?

 そんなことを考えた瞬間、……つい口元が緩んでしまった。


 まったく、

 この人は……。

「あ!」

 その瞬間に、隣の人はこっちを向く。

「今笑った?」

 なんて勘の鋭い奴だ。後ろ向いている一瞬に笑ったというのに。


「笑ってない」

「えー? でも……。むー、笑ったと思ったんだけどなぁ」

 笑ってないよ。

 私はすました顔で答える。


 しばらくして、どうやら彼は「ま、いっか」という結論に達したらしい。

「ところでさ、腹減らない? さっきアメリカンドッグ売ってたから買ってきちゃった」

 あくまで俺様ペースの黒猫さんは、私が、あー、とも、うー、とも言う前に、がさごそと紙袋を取り出した。ケチャップとマスタードのいいにおいがふんわりと漂う。


「コンクリートのベンチは冷たいし、あそこ行こうよ。芝生の上」

「はあ? 何で私がそんなピクニックみたいな……うひゃあ!」

 そんな一家団欒の象徴のようなスペースに行きたくない! って言ってるのに、腕を軽くつかまれ強制連行ですよ。どうよこれ。


 空はどこまでも青く澄んで、晴れ渡る上から注がれる光は惜しげもなく照らしている。

「よーし。座ろう。んで、食べようね」

 長い脚を投げ出すように、黒猫帝王はすとんと座った。

「やだよ。制服に芝がついちゃうじゃん」


 ハンカチとか敷けば座れるんだろうけど、でっかいの持ってないしなぁ。などと口を尖らせていると、

「どうせ学校行かないんだから大丈夫大丈夫」

 ニコニコ笑いながらぐいぐいひっぱってきやがった!


 あーーーーーーーーーーーーーーーもーーーーーーーーーっ、どうにでもなりやがれ!


 こんちくしょー。

 さらばクリーニング代。

 腹をすえて座ってやったさ!


 そうしたら案外草が柔らかくってくすぐったかったとも。


「俺芝生って踏むの好きだなー」

 野郎、勝手にくつろいでやがる。


「あー、なんだか砂場で転んだみたいだよ」

 スカートに芝生ばふばふ。


「ちょっとは汚れなきゃ冒険できないよ。あ、そうだそうだ、お弁当食べようネ」



 ハイ。


 そういって手渡される。

 まだあたたかいアメリカンドッグ。

 そんなにニコニコして渡さなくてもいいのに。

「そこまで言うなら食べてあげても良いけど……」

「うん。おいしいよ~」



 言葉につられたのか、もともとおいしかったのか、分からないけれど、そのとき食べたアメリカンドッグはとてもおいしかった。

 なんだか外で食べているのにあたたかくて、じんわりと心を侵食していく。


「絵梨?」

 どうしてなんだろう。

 胸が締め付けられるのは。

 なんだか、苦しい。



 言葉が心に刻まれている。

 嘘でもいい。

 言ってほしかった。その言葉を誰かに。



 ――絵梨に会いたかったからだヨ。

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