氷の玉座、炎の王冠 欠片1
第一話 文武両道の男?
「ロザリー、俺の女になれよ」
「断る」
間髪いれずに断れば、目の前の男はまるで摩訶不思議なことでも聞いてしまったかのような顔をした。
いや、そこは現実を噛み締める場面であって、間違っても耳たぶを引っ張って、聴覚を確認する場面ではないと思うのだが。
何度か引っ張ってみて、正常に聞こえていることを確認した男は、本当に何故そのような返答が返ってくるのか分からないといった様子で再度口を開く。
「ロザリーは視力でも下がったのか? 眉目秀麗、頭脳明晰、武芸百般、金銀財宝。今時、これだけの条件をそろえ、かつ、『愛してる』だなんて言ってくれる男、珍しいだろ?」
「今時、自分をそこまで褒め称えることのできる男の方が珍しいと思う」
というか、4番目の【金銀財宝】って普通、人につける修飾語じゃないだろう。
確かに目の前の男、アルバドール・ベルデ・クリスタルはその4文字熟語がことごとくはまってしまう男だった。白皙の顔に澄んだ蒼い瞳、緩くウェーブのかかった豪奢なハニーブロンドの髪。鍛えられた肉体は無駄なく均整が取れており、口を開けば腰に響くような心地良い声の持ち主だ。身につけている衣装も、頭からつま先まで全てオーダーメイドの一級品。仕立ての良い真紅の上着は、普通の人が着れば確実に浮くであろう代物であるが、憎たらしいことに彼が着るととても華やかで、背景に薔薇が咲き乱れる幻覚まで見える。
これだけの外見を持っていれば、頭はスカスカでも仕方ないものだが、成績は常に上位、スポーツ万能、剣技の腕前もトップクラスとくれば……まあ、普通の女性は放っておかない。事実、彼が馬車で校門に到着したときの黄色い悲鳴と混雑振りは、何よりも私が一番良く知っている。
そして、何よりも、彼の後ろについてくる肩書きがそれを当然のものとして後押ししている。
「自分の美点は最大に認めてやる主義だからな。そうすれば、維持し、伸ばしていこうという気も起こるものだ」
ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべた表情ですら麗しいのだから始末に終えない。薔薇の貴公子、真紅の美青年、彼への賛辞は聞き飽きるほど聞いた。
「そうかそうか」
自己暗示とは、かくも絶大なる効果を示すのだなと半ば感心していると、秀麗な顔がずいっと前に出される。
「誰のために磨いていると思っているんだ?」
「私は十分鑑賞したから、ほかの人に存分に見せてやるといい。お前のファンクラブのレディ達が泣いて喜んで失神するだろう」
自分自身が大好きなナルシストであれば、鏡一枚あれば十分なのだろうが、この男は他人からの賛辞が欲しいらしい。縁も腐るほど、幼い頃から一緒にいるのだから、いい加減褒め言葉も聞き飽きただろうに。以前、コイツが自分の肖像画を送りつけてくるという夢を見て飛び起きたことがあったが、現実もどっこいどっこいではなかろうか。
アルバドール、通称アルバとロザリーが呼んでいる男は、美しい顔に手を当て、憂いを込めた表情をする。まわりで「きゃああっ」と黄色い悲鳴が聞こえた。ああ、これで今日の授業が手につかなくなったお嬢さん方が何人か出るな。
「俺、どこまで完璧になってしまうんだろう」
その独り言が周りに聞こえないだけに辛い。
「さーて、授業に出るか」
彼女は先ほどの告白を、脳内で綺麗になかったものとした。
ここ、クリスタルパレスにある王立学院は、王侯貴族の子女が通う学校である。四方を海に囲まれた我が国は、農業が発達した常夏の南部、貿易と漁業が盛んな商業地域である東部、鉱山とそこから取れる宝石を使った細工物が有名な北部、狩猟が盛んな西部、そして丁度その中央に位置する首都クリスタルパレスからなっていた。
国土面積としてはそこそこの広さがあるが、貴族の数は1割にも満たないため、中央に住むほとんどの貴族はここへ来る。そして、裕福であったり才能のある平民も来る。階級差はそれほど感じない。融和策をとった王と王弟殿下の努力の賜物だ。その政策のおかげで、王族の個人資産はかなり減ったと聞いてはいるが、王族=全体の奉仕者ポジションなので、取って代わろうという革命児も現れず、一応平和なものである。
「先ほど中庭でアルバドール様をお見かけしましたわ。いつものようにロザリアナ様に愛を囁いておられました」
「まあ! なんて羨ましい」
そんな憧れと羨望を込めた会話に、ロザリアナことロザリーは思わず眉間を中指で押さえてしまった。こちらだって代われるものなら代わってやりたい。そう思うと同時に、この光景も日常の一部になってしまっているのかと項垂れる。
だれぞアレを落としてやろうというガッツのあるレディはいないのだろうか? 少々ナルシストではあるが、客観的に見れば良い男だ。
確かに、アルバのことは彼女も認めている。
なんでも卒なくこなすように見えるが、本当は努力家であるところ。自分のことしか見ていないようでいて、実は周りの人間を良く見ているところ。そして、それが自分に課せられた責務であると分かっているところ。
無論、彼は『この国の王太子』なのだから、当然のことなのかもしれない。けれど、1人の人間として考えれば、尊敬に値すると思うのだ。
ただし、認めているというのと、好き嫌いは異なる次元のものだ。あくまで『好ましい』は『恋愛』と必ずしも結びつくものではない。アルバのファンが抱いているような気持ちをロザリーが抱くがといえば、それは必ずしもイエスとはならないし、事実、それは何度も彼に彼女の口から伝えられている。
「お前のことは認めているが、惚れた腫れたの関係になるつもりはない」
するとアルバはじっと彼女を見つめるのである。
真剣に。
切ないくらいに……。
それは毒だとしか思われないくらい、くらくらするような――熱い視線で。
「アルバ、私はダメだ。私ではダメなんだ」
視線を振り払うように首を横に振ると、少し彼はうつむいて、それから前を向いた。
「覚えてろ。俺はお前が好きだから、いつか好きだと言わせてみせる」