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あかずきんと呼ばないで

連載するように見えて、超不定期連載エターナるな雰囲気です。

サイバーなものを書いてると色々浮気したくなりまして……。


雨。雨が、降っている。

それも単なる雨ではなく、立ち尽くしているだけで凍え死んでしまいそうな、冷酷な雨だ。

私は、そこに立っている。他に動くものなど無い。

私はやった。一人でやって、ようやく一人前というやつだ。

真っ赤に染まった頭巾が、それを証明してくれる。クラースナヤ・シャーパチカ。和訳して赤頭巾。

それが今の私のあだ名で、これから暫く私が呼ばれる名前だ。



 この世界が残酷なのは今に始まったことではない。

 空には竜が飛び、人外の生き物は当然のように跋扈し、神は顕現し、人は純粋な生態系のヒエラルキーにおいて、決して最上位とはいえない位置に存在している。海に船を出せば巨大なタコやイカに船を沈められ、昼なお暗き森へと不用意に踏み込んでいけば行方不明者の一丁上がり。そんな世界だ。

 だが人間は神の庭で食わされた知恵の樹の果実の効能か、はたまた生存本能のなせる業か、しぶとく生きている。一振りの剣と銃を手に、あるいは神の加護を得て、魔法を使い、冥府魔道に身を堕とし、血のにじむような鍛錬を経て、この世界から振り落とされまいと必死だった。

 だが積み重ねは大事だという至言のごとく、勝ち取った安定の中においてそんな事をするのは一握り。大半は、そんなこともあるんだと伝聞で知りながら、神との戦いとか世界の命運がどうだといったキチガイ沙汰とは無縁の生活を送ることが出来ている。

 

 で、私はそのようなご時勢において、そういうキチガイ沙汰と接する可能性のある場所を職場にしているというわけだ。やる仕事といえば炭焼き人の面々に食事を世話して周りつつ、街道の警備をするだけなのだが、これが本国から仰せつかった仕事なのだから仕方が無い。しがない田舎の公務員。白いフードが新人の証とされる公衆衛生局所属の巡回員。あだ名は白ウサギ。それが私だった。

「こりゃあ降るな。ヒゲの具合からしても間違いあるめぇよ」

配属先のドル先輩が、ドワーフ族ご自慢の顎ヒゲを撫でながらそう言って空を睨んだ。私の目には、単に青空の中に雲があるだけにしか映らない。

「雨が降ると嫌ですね。濡れますし」

私は思ったことを素直に口に出した。濡れたまま歩き回る趣味は私には無い。もし濡れたままなら、持ってきた装備の手入れもしなくてはならない。いいところ、なし。

「わかって無いね、白ウサちゃん。これから俺たちはどこに行くんだい?」

「どこって、炭焼き小屋に様子を見に行くんじゃ?」

このスカした男は貴族の三男らしく、とりあえず生きていくために今の仕事に就いている。実戦経験ではドル先輩よりも少ないが、複数の文字が読み書きできて口が立つので、何かと重宝されているようだった。貴族なので名前は長いらしいが、本人からはアレクとしか聞いていない。

「その炭焼き小屋の近くには森があって、雨が降ればどうなるか知らないわけじゃ無いだろ?」

「あ、そうか……森から連中が……」

「そう。出てきやすくなる。混沌の落とし子、日差しと生き物を嫌う()に(ン)ぞ(デ)こない(ッド)、雨宿りついでに一仕事をする盗賊の類もな」

 アレクもうんざりしたように空を見上げた。森は安全な場所では無い。太陽の光は恵みと加護を与えてくれるが万能ではない。だからこそ私たちのような仕事が必要なのだけど。

「おぅい二人とも、ボークさんとこに急ぐぞ。雨に降られる前に着けたら、そこで一息いれようや」

 先行くドル先輩の声。私たちは置いていかれまいと、後を追いかけていった。雨が降らなければいい。降る前に間に合えばいい。そう思いながら。

  だが雨は自然法則にしたがい重力に身をゆだねながら、容赦なく私たちに向かって降り注いできた。炭焼き小屋まではあと三分も走ればたどり着けるだろう。私たちは言葉もなく、黙々と進み続けた。

「おい、白ウサギよう」

「何ですか、ドル、先輩」

「銃は使えるだろうな。今だ。お前ェの腕前の話じゃねえぞ」

 あと少しで辿り着けるだろうと考えながら走っていると。いきなり声をかけられて呼吸が乱れる。表情は伺えないが、口調からしても先ほどとはうってかわった、どこかピリピリしたものだ。私は慎重に言葉を選び、自分の銃を確認してから、こう返した。

「雨に濡れないようにしまってあるので、取り出すのに時間がかかります。動作は問題ありません」

「ん。使うかもしれん。それだけ覚えとけ」

私は頷いた。何故、とは問わない。こういうときの言葉に理由を求めるような奴は長生きできない、というのが先輩2人の持論だった。私もそう思う。理由を説明されるよりも、現実問題の方が雄弁だというのが世の常なのだから。


果たして、ドル先輩の感は的中した。頭巾越しの雨音に混じって、遠くで何かが争う音が聞こえてくる。

「チッ。こんな勘なんぞ当たらん方がいいのによう」

私たちは更に走った。疲労が全身に回ってくるが、そんなことを気にしている場合ではないことは明白だった。

ちょっとした強行軍となった私たちの目の前にあるのは、今まさに人外の生き物によって命の危機を迎えつつある、炭焼き職人のボークその人だったからだ。


「貴様らの相手は俺たちだ!」

怒号と共に、アレクとドル先輩は立ち止まることなく一団へと突っ込んでいく。私は落ち着いて、だが素早く銃を取り出す作業をしつつ、状況をうかがった。

相手は粗末な剣や槍武装している得体の知れない連中だが、露出している皮膚の色からして、とても友好的な種族とは思えない。獣を連れているが、その獣は明らかに飢えて残忍な牙をむき出しにしている。四足の獣が1匹、二つ足の敵が4匹。数で言えば分が悪いが、そのまま突っ込んでいった先輩が、力いっぱい振りぬいた斧で一人の脳天を割っていたので、残りは3+1だ。

「犬っころめ、骨は無いぞ。俺の剣でもしゃぶってろ!」

アレクはドル先輩に比べて一撃が軽いが、剣の扱いは上手い。素早く動く犬の脳天に、あっさりと剣を突き立てていた。これで残りは3。

私は銃を包んでいた布を剥ぎ取ると、慎重に構えて狙いをつける。ボークさんは必死にナタを振り回して2人の獣を相手にしている。後ろからやってきた連中に関して考えるような頭なんてもっていないのだろう。

引き金を引いて、銃が火を噴いた。狙いは悪くなかったけど、十分な威力は発揮できていなさそうだった。当てた方がこちらを向いて、剣を振り回しながら走ってくる。その目に理性など、ひとかけらも期待できそうにない。

私は銃を荷物に傾けて置くと、腰にぶらさげておいたショート・ソードを抜いた。肩越しに、アレクが1人に剣を何度も突き立て、ドル先輩がボークさんと2人がかりで敵を倒しているのが見える。今すぐにこっちに来るのはは間に合わない。私がやらなくてはならない。

相手の剣が振られる前に突く。相手はそれを剣で払うと返す刃で私の首を狙うが、私はそれをしゃがむことで何とか避けた。だが、剣を弾かれた上に足場が悪く、そのまま転んだような形になってしまう。地面を横に転がりながら相手を見た私の瞳にうつったのは、狂気に満ちた表情で私の首と胴体を分割しようとするケダモノだった。

相手は私に立ち上がるスキなんて与えてくれそうにない。今の私に出来ることは、せいぜい神に祈りながら剣を受け流すくらいだ。

「やられてたまるか……!」

私は数箇所を切られながらも、無様に転がりながら何とか致命傷を避けていく。

転んでさえいなければ、まだ何とかできるのに。

ひらめき。

身を任せて、相手の足を払う。私が転んだのだから、相手だって転ぶはずだ。

案の定、相手も転んでくれた。キィキィとうるさい声なんて、もうどうでもいい。

相手の吐き出す息の匂いがヘドロのような匂いだが、そんなこと気にしていられない。

「死ね!」

 そのまま覆いかぶさるように胸へ剣を突き立てる。返り血や最初の銃創からの出血が、そして泥水が、私の白かったフードを赤や茶に染め上げていく。


「終わったか」

 アレクが来て、その後ろからドル先輩とボーク氏が現れた。全員が全員、それぞれつかれきった表情をしている。アレクとボーク氏の二人にいたっては、それぞれ怪我をしていた。

「もう白ウサギとは呼べねぇな。今日から……そうだな。お前ェさんを、これからは赤頭巾と呼ぶことにしよう」

「……どうも」

白ウサギよりは頼もしそうだが、それでもまだ可愛いイメージが拭い去れない。だが、下手に分不相応な呼び名がついても迷惑だ。身の丈にあった名前になればいい。私はそう思うことにした。

「提案なんですがね。せめて雨の当たらない場所に行きません?ドルさん以外は全員が怪我してるんだ。治療しないと」

 アレクの提案に反対するものはいなかった。全員が全員、疲れ、傷ついていた。

死体の片付けは雨が上がってから行えばいい。そういうことになり、私たちは家屋で休息をとることになった。


かまどに火を入れてようやく一息をついた。雨はますます強くなっていく。

「死体の処理をしたら、ここはまた使えるようになるんですかね?」

「私としては、そうでなくては困るんだが……」

 今後について尋ねるアレクと炭焼きのボークの心配そうな声に、ドル先輩は淡々と答える。

「とりあえず、表で寝っ転がってる連中の痕跡を調べて、問題なければよし。山のようにいるなら報告して討伐隊を編成してもらわにゃならん」

「そうなると、俺も赤頭巾も組み込まれるんでしょうね」

「当然よ。数によっちゃ、俺たちだけで片付けろって話になるだろうしな」

 そういいながら、淡々とドル先輩たちは傷の手当や武器の清掃を行っていく。銃は当分使い物にならないだろう。

響く遠雷。

まだ当分は雨が降り続くのだろうな、と私は思った。

                     


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