03.あたしの言い訳
連れて行かれた場所は、『安っぽいラブホテル』とは真逆の所だった。
最高級のホテルらしき、最上階の部屋。待って、どんだけすると思ってんの、この部屋。いくらバカなあたしだって、この部屋がスウィートルームだってことくらい分かるんだから!
「何ボケッとしてんだ、中入れ」
オッサンの言葉に促され、あたしは今まで見たこともないような部屋へと足を踏み入れた。
「す、凄い! 綺麗!」
最上階の窓から見下ろす夜景に、真っ先に目を奪われた。大きなガラス張りの部屋一面にこの街の夜の姿が映し出されている。こんな都会に星空なんてないけれど、あたしの真下には星を敷き詰めたような光が溢れている。今日あった嫌なことを全て吹き飛ばしてくれそうなこの景色に、あたしは少しだけ感謝をした。
「脱げよ」
「え、」
「それとも、脱がして欲しいか?」
動揺を隠せずに後ろ振り返れば、男が蔑むような目であたしを睨みつけている。それだけでゾクリ、とした。
「あ、あたしは……」
上手く言葉が出てこない。
「そんなつもりはないって?」
確信を付くような質問にあたしは、息を呑んだ。いつの間にか、オッサンは上着を脱いで、今まさにネクタイを外そうとしている。伏せた目が妙に妖艶で、心臓が跳ね上がる。
「じゃあなんで、あんなオヤジと援助交際しようとした」
「別に、お金無かったから」
「へぇ、今時の女子高生はお金ないからってあんなハゲと寝れんだ」
「そんなつもりない! カラオケだけって……」
「本当にそれだけで済むって思ってたの?」
「……か、関係ないじゃん」
「カラオケ行って、ホテル行って、ヤって、金もらって、それが援交だろ?」
「うるさい!」
男の声を遮ると、泣きたくも無いのに涙が滲んだ。零したら負けだ、この涙を零したら負け。そう思いあたしは上を見上げる。その目線の先には、豪華なシャンデリアが煌びやかに輝いていて、ますます気持ちが高ぶった。
「だって、サイフ落としたし、」
「サイフ?」
「それに携帯も没収されて、か、彼氏にも振られて、シャーペンも壊れて、消し……ゴムも無くなって……」
何を言ってんだろう、こんなオッサンに言ったってしょうがないのに。それでも、今まで溜まってきた気持ちがどっと溢れて、あたしはどうすることも出来なかった。
「電車賃無くて帰れなくて、携帯無くて連絡も取れなくて、だからっ」
「……だから、援交か?」
上を向いているあたしには、男の表情は見えないが、その声は明らかに呆れているように思えた。あたしがバカだったんだ。自暴自棄になって援助交際だなんて、ほんと笑えない。今更、自分のしようとしていたことの愚かさに気付いて、胸が苦しくなった。
「もっと大事にしろよ」
何を、って澄ました顔して聞きたかったけれど、でもムカツクぐらいに心にドスンて響いて何も言えなくなった。真っ直ぐオッサンの顔を見据えると、今まで見てきた大人の男の人の中でも、一番綺麗で、一番カッコよくて、一番優しい笑顔が、あたしを見つめていた。
ツンと喉の奥が痛くなって、涙はそのまま溢れる。大きな声を出して、子供みたいに泣くあたしの髪を、オッサンの手が優しくなでた。
「オッサンのあほ」
「悪いが、まだオッサンて言う歳じゃねぇんだよ」
もし、あのままハゲオヤジに付いて行ったら……考えたら、体の震えが止まらなかった。そんなあたしを見て、苦笑いをしたオッサンの顔が女神みたいに綺麗だったから、あたしはやっぱり声を出して泣くしかなかった。
悪いオッサン、良いオッサン。