01.最低最悪な1日
「あたしに恨みでもあんのぉぉ! くそっムカツク」
弱り目に祟り目、辛いことっていうのは一気にくるらしい。
朝の占いは当然のように最下位だったし、1限目にはお気に入りだったシャーペンが壊れ、3限目にはお気に入りの消しゴムが無くなった。ここまではまだ許せる範囲だった。けれど、5限目に携帯やってる所見つかって、6限目に没収されると、あたしの怒りと悲しみは収まることは無かった。機嫌が悪いまま放課後に彼氏に呼び出されて、来月の旅行の話はいつの間にか別れ話になった。3ヶ月という交際期間にあっという間にピリオドを打った彼は、もうすでに新しい彼女がいるらしい。(あたしが浮気相手だったなんて、冗談にもならない)その後、やけになって街に繰り出したら、どこかにサイフを落として、そうして今に至る。
「ありえない」
あたしは何事も無く通り過ぎていく人並みを見て、悪態を付いた。今日1日のアンラッキー具合を思い出したら、ますますテンションが下がった。歩いたところを一通り探してみたが、一向にサイフは現れてくれないのだから、もう潮時なのだろう。(コンクリートジャングルのバカ!)12月の大イベントを迎えようとするこの街のイルミネーションは、今のあたしにはとても眩しかった。どこで道を間違えたのだろう、本当はアイツと二人で一緒に見るはずだったのに。なんてもう遅いけれど。溜め息は白く濁り、冬の空に消えていく。(さ、寒い)
帰りの電車賃も、携帯も何も無い……なんだか、全てがバカらしく思えて、冷たいコンクリートの上で体育座りをして空を見上げた。ああ、笑える。
「こんばんは、」
すっと目の前に影ができ、あたしは身を固めた。恐る恐る前を見上げると、随分と髪の少ないオヤジが、あたしを上から下まで品定めでもするように目を動かしていた。(なに、こいつ、)
「2万で、どうかな?」
「は?」
言葉の意味が分からなくて、あたしが怪訝な表情を浮かべると、男は尚言葉を続ける。
「足りなかったら、もっと出すよ」
「はぁ」
「一緒にカラオケ行くだけでいいから」
ギラギラといやらしい目つきを滾らせるこのオヤジの様子から見れば、一目瞭然だった。そうか、援交かなんて思ったら、全てがどうでもよくなった。どうせこのまま、ここに居たって帰れないんだ。それなら、このハゲオヤジと適当にカラオケに行って、お小遣いでも稼いだほうが利口じゃないか。
「いいよ、ただし5万ね」
あたしは立ち上がると、制服のスカートについた埃を払った。オヤジが笑い、ヤニのついた歯が覗く。少しだけ後悔をしたあたしが、一歩下がれば、オヤジの脂ぎった手があたしの手首を掴んだ。
「ちょ、ちょっと放して!」
「大丈夫、ちゃんとお金は払うから、安心しなよ」
「は? 調子に乗んないでよ」
いい加減苛立ってきたとき、聞き覚えのない低い声があたし達を制した。
「オジサン、悪いけど、この女俺が買う」
見上げた先には、オヤジの背より頭2つ分でかい男が、あたしを見てニヤリと口角を上げた。随分と若いその男は、30代前半くらいだろうか、品のいい黒髪に、趣味の好いブラックスーツを身に纏っている。援交という言葉があまりにも似合わないその男に、目を奪われていると、男はハゲオヤジからあたしの手を引き寄せた。
「な、何だ、アンタ、口を出すな!」
「いくらで決めた? 女子高生」
男があたしの目を見て、言い放つ。あたしが戸惑いながら、5万と言葉を繋げると、男は低く笑った。
「随分安く売ったな」
「な、」
「倍出してやる、俺に付いて来い」
悪いことは続くのだろうけど、もしかしたらこれが最後の災難なのかもしれない。恐いくらい綺麗に笑った男を見上げ、あたしは小さく頷いた。
10万円の女子高生。