翡翠の巨像
魔物の跋扈する世界のある草原の丘に、石造りの巨大な城があった。城は高い城壁で守られており、人を襲う魔物たちから容易に身を守ることが出来た。城の中には選ばれた者達が住まい、この過酷な世界にあっても、優雅な生活を送ることが出来ていた。
ある日、城の王が一人の魔法使いを呼び出した。
壮麗な細工が施された玉座に座る王が、高い位置から魔法使いに声を投げかける。
「お主には、この城の門番を作ってもらいたい。私の命令にだけ従い、一目見ただけで魔物が退散するような門番だ」
跪いていた魔法使いが、面を上げて発言する。
「これほど立派な城壁に囲まれているのに、更に防備を固めると?」
心配性の王が、顎に手を当てながら魔法使いに言う。
「このようなご時世だ。万全を期しておきたいのだ」
であれば、魔法使いとしては特に異論はない。早速取れる物を取りに掛かる。
魔法使いは丁寧かつ単刀直入に言う。
「かしこまりました。それでご予算は如何ほどで?」
王は何てこと無さそうに手のひらを広げ、魔法使いを見下ろしながら言う。
「いくらでも好きに使え。ただし最高の番人を作り上げろ」
この言葉を聞いて、魔法使いは俄然やる気になった。最高の環境で最高の作品を作り上げろというお達しだ。魔法使いは踊り出したい気持ちを抑えて、慇懃な表情で宣言する。
「かしこまりました。やりましょう!私の全力を持って、最高の作品をご覧に入れましょうぞ!」
こうして魔法使いによる番人づくりが開始された。魔法使いはがめつくあったが、才能に溢れており、仕事に真面目に取り組んだ。
彼は魔物が嫌う翡翠を使って、大きな巨像を作り上げることにした。翡翠は高価であったが、何といっても予算に上限は無いのだ。惜しみなく翡翠を使い、組み合わせて、見上げるような大きさの人型を作り上げていく。
品質にも拘った。すぐに用をなさなくなるような、見た目だけが取り柄の不良品を作るつもりなどない。素材となる翡翠は厳選し、全身に術式を刻んで、千年経っても朽ちない物を目指す。
とは言え、見た目には更に拘る。何といっても王城を守る城の門番なのだ。品格を疎かにするわけにはいかない。全身にくまなく装飾を入れ、強さだけでなく美しさも兼ね備えた。
こうして魔法使いは数年かけて、素晴らしい翡翠の巨像を作り上げた。
作り上げた巨像を城門へ配置する日に、豪華な式典が催された。
感慨深い表情をして自身の最高傑作を見上げている魔法使いに、拍手をしながら王が近づいて行く。
「素晴らしい!本当に素晴らしい仕事をしてくれた。お主に頼んで正解だった。ご苦労だったぞ」
魔法使いは恥ずかしそうな顔をしながら、王に頭を下げて心の底から礼を言う。そんな魔法使いに、王が尋ねる。
「それで、この巨像はどのように命令をすればよいのだ?」
魔法使いはおもむろに懐から折りたたまれた紙を取り出した。それを王の前で広げて言う。
「この紙には独自の言語で書かれた命令文が網羅されております。必要な命令を正確な発音ですれば、巨像はそれに従います」
王はその紙を受け取ると、心配そうな顔で魔法使いに尋ねる。
「もしもこれが敵兵に漏れたら、誰の命令でも聞いてしまうのではないか?」
魔法使いが真剣な表情で答える。
「はい。なので命令文はこの紙にしか書かれておりません。この紙は厳重に保管して頂きたい」
王は了解の意を伝えると、その場を離れて行った。王は心配性だったので、近くにいる大臣へその旨を伝えた。その意を汲みとった大臣は、後日、命令文を知っている魔法使いを処分した。
高い城壁に屈強な巨像を加え、城の守りはいよいよを持って堅固となっていく。弱い魔物は翡翠を嫌がって近づかないし、強い魔物であっても巨像に叩き潰される。
安全という噂を聞きつけて、人々は城の近くへの移住を求めて集まった。王は近くに住まうのを許す代わりに、高額な税を要求する。城壁の中に住まうには特に高額な税が課せられたが、裕福な人々はそれを支払ってでも移住した。
王は翡翠の巨像の建造費用を埋め合わせるばかりか、それ以上の富を手にした。心配性の王はその富を使ってさらに城壁を築き、更なる安全策を求めていく。
この城は絶対に落ちない。
皆はそう噂し合った。
そして城は百年以上、そこにあり続けた。
だがある年、城はあっけなく魔物の群れの前に陥落した。
魔物は城壁を崩してわけではない。翡翠の巨像を倒したわけでもなかった。魔物は城へと繋がる地下通路を見つけ、そこから侵入したのだ。それは心配性の王が、城が陥落した時の脱出に使うために築いた地下通路だった。
心配性の王は、例によって地下通路を築いた者達を処分した。なので皆がその地下通路の存在を忘れていたのだ。
魔物たちは中から王族や大臣を襲い、あっという間に城は陥落した。
城から溢れた魔物が、城下に築かれた裕福層の街へと侵入していく。人々は逃げるために城門へと殺到した。
だが、誰も城門から出ることは出来なかった。なぜなら、翡翠の巨像が、その城門をかたくなに守り続けていたからだ。
巨像へ命令を出せる王族はもう居ない。人々は自分を守るはずの巨像と、襲い来る魔物たちに挟まれて皆殺しにされた。
こうして、この国は滅んだ。
国が滅んで数百年が過ぎた。
その月日が過ぎる間に訪れた風雨が城壁を崩し、城壁の中にあった建物が朽ちていく。城は自重に耐えきれず、ある日突然崩れて粉々になった。鳥たちが空から訪れ、廃墟を住処にする。その鳥たちが運ぶ種子から根が生え、石畳を崩し、かつてあった都市を浸食していく。
そんな中であっても、翡翠の巨像は残り続けた。何といっても、希代の魔法使いが才能を注ぎ込んだ、最高傑作なのだ。千年を耐える想定がされた翡翠の巨像は、数百年の歳月を耐え抜いた。
翡翠の巨像は城門を守り続けた。その幾年の間に城門は崩れて無くなったが、それでも巨像は城門のあった場所を守り続けた。
ある日、冒険者たちがこの地を訪れた。冒険者たちは正面から入ろうとしたが、翡翠の巨像が強力だと見てそれは諦めた。なので城壁の崩れた場所から中へ入っていった。
冒険者たちはその跡地に残された宝物を手に入れて立ち去り、その宝物を皆に自慢しながら城の跡地の事を喧伝した。それを聞きつけて、多くの者が城の跡地に殺到し始めた。
多くの者が城へと入り、宝物を発掘していく。宝が無くなったあとは、城や住宅、城壁に使われていた良質な石材が運び出された。
だが、翡翠の巨像にはほとんど誰も手を出さなかった。あまりにも強力な巨像だったので、翡翠を奪うために倒すのが難しかったからだ。たまに腕自慢の強者が翡翠の巨像に挑むこともあったが、そのほとんどが地面の染みとなった。
こうして百年ほどして、城のあった丘は、ただの草原の丘へと戻っていった。
ただ、翡翠の巨像だけは残り続けた。
再び長い年月が過ぎていく。
翡翠の巨像はその年月を耐え、そこに在り続けた。そんな翡翠の巨像の周りには、身の安全を求める旅人たちが集まり始めた。弱い魔物は近づいてこないし、強い魔物は翡翠の巨像の恐ろしさを代々伝え続けているので、これもまた近づかない。
翡翠の巨像の周りを囲む人々は増え続け、いつしか小さな集落へとなっていった。
ある日、少女が翡翠の巨像の近くで何となく歌を口ずさんだ。それはこの地に古くから伝わる歌だった。その時、その歌に反応するかのように翡翠の巨像が突如として動き始めた。少女は驚いて腰を抜かし、周りにいた人たちは驚愕して、恐れるように翡翠の巨像から逃げて行った。翡翠の巨像は少女の近くで跪くような動きを見せると、その動きを止めた。
少女は怯えながらも不思議に思った。いつもならこれほど近くまで翡翠の巨像に近づけば、必ず叩き潰されるからだ。だが、その様子はない。
少女は立ち上がり、試しに歌の続きを歌い始めた。翡翠の巨像はその歌に従うかのように、立ち上がり、歩き、最初の場所とは少し違う所で再び何かを守るかのように直立した。どうやら少女の歌に反応しているようだった。
恐怖して遠巻きに見ていた人たちも、少女の近くに集まって翡翠の巨像を見上げる。試しに歌ってみる者も現れたが、その者の歌には何の反応も示さない。どうやら少女の歌にしか反応しないようだった。
翡翠の巨像は何百年もの月日を耐え、今でも完璧に動作している。命令に従う機能も今なお健在だった。
翡翠の巨像を作らせた王族は、巨像に指示を出すときに命令文を読み上げていたが、それがいつしか又聞きで市井の者に伝わり、歌となりこの地に伝えられていたのだ。
少女の発音がその命令文をたまたま正確に再現したため、翡翠の巨像が命令と解釈して動いたというのが真相だった。
とはいえ、そんなことは皆知る由もない。少女が特別な存在だと勘違いした。少女も年頃の夢見がちな女の子だったので、完全にその気になった。
その小さな集落では翡翠の巨像を崇める宗教が生まれ、少女は巫女として、その長となった。
巫女の座は歌の発音と共に代々受け継がれ、翡翠の巨像を操る歌は、徐々に練磨された術となった。最初の魔法使いが作った元の命令文が、時代を越えて再現されていく。
時代が進み、宗教組織は大きくなっていく。草原の丘には再び多くの人が集まり、今度は城ではなく、巨大な神殿が作られた。
その中心には翡翠の巨像が祀られ、巫女の歌によって動き、その力を誇示して草原の覇を証明し続けている。
こうして門の番人であった翡翠の巨像は、数百年を越えて草原の丘に君臨した。
それでも彼のやることは何も変わってはいない。
彼は今でも、ただそこに在り、その場を守り続けている。
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