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中年になると、すべてに少しずつ重みが増す。
階段を上るのもそうだし、メールを一本返すのもそうだし、昼メシを選ぶことさえ、地味に面倒くさい。
何が食べたいのか考える。混んでいる店を避ける。財布と相談する。並ぶかどうか判断する。
たったそれだけのことに、脳のリソースを持っていかれる気がする。だから朝、コンビニで適当につかんだ総菜パン。惣菜コーナーの端にあった、ハムチーズ。
嫌いじゃない。でも、好きでもない。
そんな曖昧な昼飯を、今日も机でかじっていると、
「山本さん、いつもそのパン食べてますけど好きなんですか?」
ななめ前の席のギャルの朝倉が、ひょいと体を傾けてこちらを見る。指先は今日も春めいている。自分とは対照的に、きらきらしている。
好きか、と聞かれると困る。
好きだから食べているわけじゃない。
ただ、楽だから。
失敗しないから。
考えなくて済むから。
「どうかな」
曖昧に笑って答える。
自分でも情けない返事だと思う。
本当は「楽だから」と言えばいいのに、
「考えるのが面倒なんだ」と言えばいいのに、
どこかで格好をつけたくなる。
若い彼女の前で、
“何も考えていないおじさん”に見られたくない。
でも、結局は曖昧なまま。
パンをひとかじりする。
味は、想像通り。安心と、少しの退屈。
(またちょっと、自分のことが嫌いになりそうだな)
そんなことを思いながら、視線を落とす。
すると彼女が、あっさり言った。
「いいですよね。ハムとチーズなんて間違いないじゃないですか。私、絶対好きです」
屈託のない笑顔。
好きでもない、なんて言わなくてよかったのかもしれない。好きかどうか、はっきりしなくても。選ぶ理由が“楽だから”でも。
それでも昼は来るし、腹はは減るし、午後の仕事も始まる。中年の凝り固まった卑屈な思考が、若者の真っすぐさに、少しだけほぐされた気がした。




