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第7話 呪い

山道を走り続けた。

息が切れても、足が痛くても、止まれなかった。


後ろから、何かが追ってくるような気がした。


触手が、地面を這って。


俺たちを捕まえるために。


「宮本、もう大丈夫だ」

悠人が俺を止めた。


「村から、かなり離れた」

俺は立ち止まって、後ろを振り返った。


村は、遠くに見える。


夜明けの光に照らされて、静かに佇んでいる。

まるで、何も起きなかったかのように。


「本当に...出られたのか」


「ああ」

悠人が頷く。


「結界が消えたんだ」


俺は膝から崩れ落ちた。

長かった。


三ヶ月以上、あの村に閉じ込められていた。

毎晩、お社の前で経を唱えて。


ヌシの声を聞いて。

もう、一生出られないと思っていた。


「でも...」


俺は村を見つめた。


「ヌシは、どうなったんだ」


「分からない」

悠人も村を見ている。


「でも、あいつは宮本を守ってくれた」


そうだ。


ヌシは、俺を守った。

内側の存在から。


三百年間、孤独に耐えてきたヌシが。

最後に、俺を守ってくれた。


「戻らないと」

俺が立ち上がる。


「何言ってるんだ」


「ヌシが心配だ」


「でも、危険すぎる」


「それでも」


俺は村の方を見た。

「あいつを、放っておけない」


悠人がため息をついた。

「分かった。でも、俺も一緒だ」


「いや、お前は...」


「一緒だ」


悠人が俺の肩を叩く。


「ここまで来たんだ。最後まで付き合う」


二人で村に戻った。


慎重に、神社に近づく。

境内は、静かだった。


お社の扉は、開いたままになっている。


外側も、内側も。

地面には、触手の跡があった。

引きずられたような、黒い痕。


それが、お社から村の方へと続いている。


「ヌシは...」


俺はお社の中を覗いた。


暗い。

何も見えない。

でも、何かの気配がする。


「ヌシ、いるのか?」


声をかける。

返事はなかった。


「入ってみるか」

悠人が言う。


「危険だ」


「でも、確かめないと」


俺は意を決して、お社の中に入った。


足を一歩、踏み入れる。

冷たい空気が、肌を刺す。


暗闇の中、目が慣れてくる。


そして、見えた。

お社の奥に、二つの存在がいた。


ヌシと、内側の存在。


両方とも、動いていない。

絡み合ったまま、静止している。


「ヌシ...」


俺が近づく。


ヌシの体には、触手が巻きついていた。

そして、ヌシの腕も、内側の存在の体を掴んでいた。


しかし、よく見ると違った。

ヌシは、内側の存在に取り込まれていた。

融合している。


「これは...」

悠人が息を呑む。


その時、融合した存在が動いた。

ゆっくりと、俺たちの方を向く。


ヌシの顔と、触手が混ざり合った姿。


「ミヤモト...」


ヌシの声だ。

でも、何かが違う。


「ヌシ、大丈夫か?」


「ダイジョウブ...ジャナイ」

ヌシが答える。


「ワタシハ...モウ...ワタシジャナイ」


「どういうことだ?」


「ウチガワノ、ソンザイト...ヒトツニ、ナッタ」

融合した存在が、俺に近づいてくる。


「モウ...モドレナイ」


「待て、ヌシ」


「チカラガ...ツヨスギル」

ヌシの声が歪む。


「イシガ…ナクナル…」


触手が蠢く。

融合した存在が、さらに変化していく。

ヌシの部分が、どんどん小さくなっていく。


内側の存在に、侵食されている。


「ニゲロ...ミヤモト」

ヌシが最後の力で叫んだ。


「ワタシハ...モウ...オマエヲ...マモレナイ」


「コイツガ...シハイスル」


「ニゲロ!」


俺と悠人は、お社を飛び出した。

背後から、何かが追ってくる音がした。


「走れ!」


二人で神社を後にする。

境内を抜けて、村の道を走る。


しかし、その時気づいた。


境界線が、また現れている。

見えない壁が、俺たちを閉じ込めようとしている。


「嘘だろ...」

悠人が境界線に触れる。


「また、戻ってる」


「内側の存在が...結界を張り直したんだ」


俺は絶望した。

逃げられない。


また、村に閉じ込められる。


そして今度は、ヌシはいない。

内側の存在だけが、いる。


「宮本、どうする…」

悠人が聞く。


その時、神社の方から声が聞こえた。


「ニンゲン...」

低く、重い声。

内側の存在だ。


「オマエタチ...ココニ、イロ」


「バンニンニ、ナレ」


触手が、村中に広がっていく。

地面を這い、家々を這い上がり。


空さえ、すべてを覆いつくそうとしている。


「ワタシノ、バンニン」


「ズット、ココニ、イロ」


「ワタシノ、エサニ、ナレ」


俺は理解した。

内側の存在は、番人を求めている。


ヌシと同じように。

いや、ヌシ以上に。


話し相手ではなく、餌として。


「畜生が...」


俺は拳を握った。


神崎が、すべてを壊した。

封印を解いて、内側の存在を解放した。


そして今、その存在がこの村を支配している。


「宮本、俺たちどうす...」

悠人の言葉が途切れた。


触手が、彼の足に絡みついていた。


「悠人!」


とっさに助けようとした。

しかし、触手は俺の足にも絡みついた。


二人とも、引きずられる。


神社の方へ。

お社へ。


「いやだ...放せ!」

悠人が叫ぶ。


「宮本、何とかしろ!」


しかし、何もできない。

触手の力は強すぎる。


俺たちは、お社の前まで引きずられた。

そこには、融合した存在がいた。


もう、ヌシの姿はほとんど残っていない。


黒い触手の塊。

その中心に、わずかにヌシの顔が見える。


「スマナイ...ミヤモト...」

か細い声。


「ワタシハ...マケタ」


「ヌシ...」


「オマエヲ...マモレナカッタ」


「モウシワケ...ナイ...」


ヌシの顔が、完全に触手に覆われた。

そして、内側の存在だけが残った。


「サア...バンニンタチヨ」

内側の存在が言う。


「ワタシニ、ツカエロ」


「マイバン、ココニ、コイ」


「ケイヲ、トナエロ」


「サモナクバ...」


触手が締め付ける。


「オマエタチヲ、クウ」


俺と悠人は、地面に叩きつけられた。

触手が離れる。


「イケ」


「コンヤ、マタ、コイ」


俺たちは立ち上がった。


体中が痛い。

でも、生きている。


「行こう、悠人」


「どこに...?」


「社務所だ」


二人で社務所に戻った。

そこには、千代ばあさんが残した記録がある。


経文がある。


「まさか...」


悠人が俺を見る。


「お前、また番人をやるのか?」


「他に選択肢がない」

俺は経文を手に取った。


「今度は、内側の存在が相手だ」


「ヌシより、ずっと危険だ」


「でも、やるしかない」


悠人が俺の肩を掴んだ。


「一人じゃない。俺もいる」


「お前も?」


「ああ。二人で番人をやる」


悠人が笑った。

「どうせ、ここから出られないなら」


「一緒に、やろうぜ」


その夜、俺たちは二人でお社の前に座った。

経文を開いて、唱え始める。


「ナムカシラバヤソワカ...」


すぐに、音が始まった。


「ドンドンドンドン」


ヌシの時より、遥かに激しい。

扉が揺れる。

触手が、隙間から這い出してくる。


「ナムカシラバヤソワカ!」


二人で必死に唱える。


触手が止まる。

しかし、完全には引っ込まない。


内側の存在の力は、強すぎる。


これから先、ずっとこの戦いが続く。

終わりのない、番人の務め。


ヌシとは違う。

内側の存在は、友達にはならない。


ただ、俺たちをもてあそび、最終的には喰おうとする。


それでも、経を唱え続けなければならない。

さもなくば、またあの村人のように消される。


「宮本」

悠人が言う。


「これ、いつまで続くんだ?」


「分からない」

俺は答えた。


「多分、ずっと」


「死ぬまで?」


「死んでも、かもしれない」


千代ばあさんと同じように。

俺たちは、ここで朽ちていく。


誰も助けに来ない。

誰も、この村のことを知らない。


神崎は死んだ。

他に、この村を訪れる者もいない。


俺たちは、永遠にここにいる。

内側の存在の番人として。


夜明けが来た。

経を唱え終えて、俺たちは社務所に戻った。


「疲れたな...」

悠人が座り込む。


「ああ」

俺も座った。


窓の外を見ると、朝日が昇っている。

綺麗な景色。


でも、もう外には出られない。

この村が、俺たちの牢獄。


いや、墓場だ。


「なあ、宮本」


「うん?」


「俺たち、いつかここで死ぬのかな」


「...ああ」


「そっか」


悠人が笑った。


「まあ、いいや」


「一人じゃないだけ、ましか」


俺も笑った。


「そうだな」


でも、心の中では泣いていた。

こんな終わり方になるなんて。


取材に来ただけなのに。

千代ばあさんを助けようとしただけなのに。


気づけば、番人になっていた。

そして、一生ここから出られない。


内側の存在は、語りかけてくる。


「アタラシイ、バンニン」


「キタエル」


「モット、ツヨク」


「モット、ベンリニ」


「ソシテ...イツカ...」


「クウ」


それが、俺たちの運命。

番人として使われ、最後には喰われる。


ヌシは、少なくとも友情を求めた。

でも、内側の存在は違う。


ただの道具。


消耗品。


それが俺たちだ。


数ヶ月が経った。

俺と悠人は、すっかり番人の生活に慣れていた。


毎晩、二人でお社の前に座る。


経を唱える。

内側の存在の声を聞く。


そして、朝が来る。


繰り返し。

終わりのない繰り返し。


ある日、悠人が言った。


「なあ、もし誰か来たら」


「来ないよ」


「でも、もし来たら」


悠人が俺を見る。


「どうする?」


俺は答えられなかった。


もし、誰かが来たら。

千代ばあさんと同じように、俺も次の番人を求めるのだろうか。

自分が楽になるために。


「分からない」

正直に答えた。


「でも...多分」


「多分?」


「俺たちと同じ目に遭わせてしまうかもしれない」


悠人が頷いた。


「そうだよな」


「これが、番人の呪いだ」


俺たちは、もう人間ではない。

内側の存在の一部。

呪いの一部。


そして、その呪いは続く。


永遠に。


【完】

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