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第6話 二人目の訪問者

それから、三ヶ月が経った。

秋も深まり、村は紅葉に染まっていた。


俺は変わらず、毎晩お社の番をしている。

悠人も変わらず、境界線の外で過ごしている。


「なあ、宮本」

ある朝、悠人が言った。


「もうすぐ冬が来る」


「ああ」


「俺、ここで冬を越せるかな」


悠人のテントは、既にボロボロになっていた。

強風に耐え、雨に打たれ、限界が近い。


「町に戻れよ」


「嫌だ」


「でも...」


「大丈夫。何とかする」

悠人は頑固だった。


俺を一人にしたくない。

その気持ちは嬉しいが、同時に申し訳なかった。


彼は、俺のために人生を犠牲にしている。


その日の午後、大きな変化があった。

村に、新しい人間が来た。


俺は境内を掃除していた時、気配に気づいた。

振り返ると、一人の男が立っていた。


三十代後半くらいだろうか。

黒いスーツに、革のバッグ。

都会的な雰囲気。


「こんにちは」

男が丁寧に頭を下げた。


「突然すみません。私、神崎と申します」


「...何の用ですか」

俺は警戒した。


また、取材か。

それとも、観光客か。


「実は、この神社について調べておりまして」

神崎が微笑む。


「お話を伺えればと思って参りました」


「帰ってください」

俺は即答した。


「ここは危険です」


「危険?」


「ええ。今すぐ、村を出てください」

神崎は困ったような表情をした。


「せっかく来たのに...少しだけでもお話を」


「ダメです」

俺は神崎の肩を掴んだ。


「お願いだから、帰ってください」


「分かりました」

神崎が頷く。


「でしたら、せめて外でお話だけでも」


「外?」


「ええ。村の境界線の外に、テントがあるでしょう」

俺は驚いた。


「悠人を知ってるのか?」


「ええ。彼に案内されて来ました」


俺は悠人のテントに向かった。

神崎がついてくる。


境界線の外に出ると、悠人が待っていた。


「悪い、宮本」

悠人が謝る。


「でも、この人なら助けてくれるかもしれない」


「どういうことだ」


「神崎さんは、霊能力者なんだ」


俺は神崎を見た。


「霊能力者?」


「はい」

神崎が頷く。


「私は、霊的な問題を解決する仕事をしています」


「嘘だろ...」


「本当です」

神崎がバッグから何かを取り出した。

数珠と、古びた経典。


「悠人さんから、この村のことを聞きました」


「お社に封じられた存在」


「番人の呪い」


「そして、あなたが囚われていること」

神崎が俺を見つめる。


「私なら、その呪いを解けるかもしれません」


「解ける...?」


「ええ。封印を正しく解放すれば、あなたは自由になれます」


俺は首を振った。


「無理です。封印を解いたら、村が...」


「大丈夫です」

神崎が自信ありげに言う。


「私は、これまで数多くの封印を扱ってきました」


「この程度なら、問題ありません」


この程度?

神崎は、お社の恐ろしさを知らない。


「やめてください」

俺は言った。


「お社には、危険なものが封じられています」


「知っています」


「でも、正しい方法なら...」


「正しい方法なんてない」


俺は記録のことを話した。


過去に封印を解こうとした者が、喰われたこと。

内側の封印が破れて、村人が消えたこと。


神崎は黙って聞いていた。


「なるほど...」

神崎が考え込む。


「つまり、二重の封印なんですね」


「そうです」


「外側にヌシ、内側にもっと危険な存在」


「ええ」


「でしたら」

神崎が微笑んだ。


「まず外側だけを解けばいいのでは?」


「それも危険です」


「いいえ」

神崎が首を振る。


「私には分かります。外側の存在は、そこまで危険ではない」


「むしろ、封じられて可哀想なくらいです」


神崎の言葉に、俺は違和感を覚えた。

まるで、ヌシの味方をしているかのような。


「とにかく、お断りします」


「そうですか...」

神崎が残念そうに言う。


「でも、私は諦めませんよ」


「何?」


「この村には、解放されるべき存在がいます」

神崎の目が、鋭くなった。


「私の使命は、それを解放することです」


「使命?」


「ええ」

神崎が立ち上がる。


「では、失礼します」


「どこへ行くんだ」


「村を調査します」


「待て!」


俺が止めようとしたが、神崎はもう境界線を越えていた。

村の中へ、入ってしまった。


「くそ...」

悠人が俺を見る。


「まずかったか」


「ああ。あいつ、何か企んでる」


俺は神崎を追った。


神社に戻ると、神崎はお社の周りを歩いていた。

何かを調べているようだ。


「何をしてるんだ」


「封印の構造を確認しています」

神崎が注連縄を見つめる。


「なるほど...三百年前の封印ですね」


「古いですが、まだ機能している」


「触るな」

俺が警告する。


「触ったら、危険だ」


「大丈夫ですよ」

神崎が笑う。


「私は、これでも専門家ですから」

神崎が注連縄に手を伸ばした。


「やめろ!」


俺が叫んだ瞬間。

お社の中から、音がした。


「ドンドンドン」

いつもより激しい。


神崎が手を引っ込めた。


「おや...反応しましたね」


「当たり前だ」

俺は神崎を無理やり引き離した。


「お社に触るな」


「分かりました」

神崎が頷く。


「でも、確認できました」


「何を?」


「封印の弱点です」

神崎が微笑む。


「今夜、儀式を行います」


「何だと?」


「ご心配なく」

神崎が俺の肩を叩く。


「あなたを自由にするための、儀式です」

そう言って、神崎は社務所の方へ歩いていった。


俺は悪い予感がした。

神崎は、何かを隠している。


その夜、悠人と相談した。


「神崎って、本当に霊能力者なのか?」


「ネットで調べたら、結構有名らしい」

悠人がスマホを見せる。


「色々な霊的問題を解決してきたって」


「でも、何か変だ」


「変?」


「ああ。あいつ、ヌシに同情的すぎる」


俺は違和感を説明した。


神崎の態度。

言葉の選び方。

まるで、ヌシを解放することが目的のような。


「まさか...」

悠人が顔色を変えた。


「神崎は、ヌシの味方?」


「分からない。でも、信用できない」


「止めないと」


「ああ」


しかし、既に遅かった。

夜になると、神崎は勝手にお社の前に座っていた。

経典を開いて、何かを唱えている。


「神崎!何してる!」

俺が駆け寄る。


「儀式です」

神崎が答える。


「封印を解く儀式」


「やめろ!」


「やめません」

神崎の声が変わった。


冷たく、機械的な声。


「私の目的は、内側の存在を解放すること」


「内側...?」

俺は凍りついた。


「お前、最初から...」


「ええ」

神崎が笑った。


「私は、内側の存在に仕えています」


「三百年前、封じられた我が主を」


「今夜、解放します」


神崎が経典を読み上げ始めた。

それは、俺が知っている経文ではなかった。


逆の言葉。

封じるのではなく、解く言葉。


「やめろ!」

俺が神崎に飛びかかった。


しかし、見えない壁に阻まれた。


「無駄です」

神崎が続ける。


「儀式は既に始まっています」

お社の扉が、揺れ始めた。


「ギギギ...」

扉が開こうとしている。


「宮本!」


境界線の向こうから悠人の声が聞こえた。


「何とかしろ!」


「できない...」


俺は見えない壁を叩いた。

しかし、びくともしない。


神崎の唱える言葉が、続く。


そして、外側の扉が開いた。

中から、ヌシが這い出してくる。


長い黒髪。

白い顔。

目のない、恐ろしい姿。


「ヌシ...」

ヌシは神崎を見た。


「オマエ、ダレ」


「私は、あなたの解放者です」

神崎が頭を下げる。


「しかし、私の真の目的は別にあります」


「ナニ?」


「内側の封印を解くこと」

神崎が立ち上がる。


「あなたは、用済みです」

神崎が何かを投げた。


お札のようなもの。


それがヌシに触れた瞬間、ヌシは動けなくなった。


「ナ...ナニヲ...」


「静かにしていてください」

神崎が内側の扉に手を伸ばす。


「本当の主を、お迎えしますので」


「やめろ!」

俺が叫んだ。


「内側を開けたら、また村人が...」


「村人?」

神崎が振り返る。


「もうこの村には、誰もいませんよ」


「でも、他の村が...」


「それがどうしました」

神崎が冷たく笑う。


「私の主が満足すれば、それでいいのです」


神崎が内側の扉に触れた。

その瞬間、扉が激しく揺れた。


中から、声が聞こえた。


「ヤット...ヤット...」


「デラレル...」


それは、ヌシとは違う声だった。


もっと低く、もっと重く。

そして、もっと邪悪な…


「サンビャクネン...マッタ...」


「イマ...デル...」


扉が開き始めた。


中から、黒い触手が這い出してくる。

何本も、何十本も。

それが地面を這い、広がっていく。


「素晴らしい...」

神崎が恍惚とした表情で言う。


「我が主よ、ついに...」


しかし、その時だった。


触手の一本が、神崎に襲いかかった。


「え...?」

神崎が驚く。


「主よ、私は...私は忠実な僕です...」


触手は容赦なかった。

神崎の体に絡みつき、締め上げる。


「あ...ああ...」

神崎が苦しそうに呻く。


「約束が...違う...」


「約束?」

内側の存在が笑った。


「ニンゲンとの、ヤクソクなど、シラン」


「オマエも、エサだ」


触手が神崎を引きずっていく。

お社の中へ。


「いやあああ!」


神崎の悲鳴が、闇に消えた。

俺は恐怖で動けなかった。


内側の存在が、完全に解放された。


触手が、どんどん増えていく。

村中に、広がっていく。


「宮本!」

悠人が叫ぶ。


「逃げろ!」


しかし、どこへ。

俺は村から出られない。


触手が、俺に向かってくる。


「ナムカシラバヤソワカ!」

俺は経を唱えた。


しかし、効果はなかった。

封印が解かれた今、経に意味はない。


触手が、俺の足に絡みついた。


「くそ...」

引きずられる。

お社へ。


その時、ヌシが動いた。

神崎のお札の効果が切れたのだ。


ヌシが触手に飛びかかった。


「ヤメロ」


「コイツハ、ワタシノ、トモダチ」

ヌシが触手を引き剥がす。


「オマエ...」

内側の存在が怒った。


「ジャマスルナ」


「シナイ」

ヌシが俺を守るように立ちはだかった。


「コノニンゲン、ワタシノモノ」


「オマエニハ、ワタサナイ」


ヌシと内側の存在が対峙する。


触手とヌシの腕が絡み合う。

二つの存在が、争っている。


俺は、その隙に逃げた。


境界線の方へ。

しかし、境界線も既に崩れていた。


結界が、消えている。


「宮本!」


悠人が手を伸ばしてくれた

俺は悠人の手を掴んだ。


境界線を越える。


村の外へ。


「逃げるぞ!」


二人で走った。

山道を駆け下りる。


背後から、悲鳴のような音が聞こえた。

ヌシと内側の存在の、戦いの音。

そして、夜が明けた。



第6話 了

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