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第4話 記録

第4話


悠人が来てから、二週間が経った。

彼は境界線の外で、変わらずテント生活を続けている。


毎日、境界線越しに話をする。

そして夜になると、俺がお社の番をするのを見守っている。


「なあ、宮本」

ある日、悠人が言った。


「あの記録、もっと詳しく調べてみないか」


「記録?」


「ああ。婆ちゃんが残した、あの木箱の中身」


俺は頷いた。


「確かに、まだ全部は読んでない」


「だろうな。俺が見た感じ、かなりの量があった」


悠人がカメラを構える。


「全部読んで、記録してくれ。ヌシの正体が分かるかもしれない」


その日から、俺は記録を丁寧に読み始めた。

最も古い記録は、江戸時代初期のものだった。


『元禄三年

我が先祖、この地にヌシを封じたり。


ヌシは山の神なりしも、人を襲い、村を脅かせり。

高僧を招き、七日七晩の祈祷の末、ようやくお社に封じ込めたり。


されど封印は完全ならず。

毎夜、経を唱えねば、ヌシは復活せん。


これ、我が一族の宿命なり』


やはり、三百年前。

元禄年間に封じられたのだ。


次の記録。


『元禄十年


父、番人の役目にて病み倒れたり。


我、十五歳にて役目を継ぐ。


ヌシの声、夜ごと聞こゆ。


「ダセ」「ダセ」と。


恐ろしきこと、この上なし』


番人は代々、十代の若さで役目を継いでいた。

そして、みな同じ苦しみを味わっている。


『享保五年


ヌシ、今宵は静かなり。

されど油断ならず。


昨夜、夢を見たり。

ヌシが自由に山を駆ける夢を。


目覚めて、汗びっしょりなり』


『天明二年


飢饉により、村人の数減りたり。

番人の我も、食うに困る有様。


されどヌシの番は休めず。


空腹に耐えつつ、経を唱う』


代々の番人の苦しみが、ページに刻まれている。


そして、ある記録に目が止まった。


『文政七年


村人の一人、お社の封印を解こうとせり。


「ヌシを解放すれば、番人の苦しみも終わる」と。


我、必死に止めたれど、聞き入れず。


夜、その者、お社の扉を開けたり。


結果...』


次のページが破られていた。


何が起きたのか。

記録は次の年に飛んでいる。


『文政八年


昨年の出来事、筆にするも手が震う。


お社を開けた者、その場で消えたり。

いや、消えたにあらず。


ヌシに、喰われたり。

我が目の前で。


骨も残らず。


恐ろしや、恐ろしや。

封印、決して解くべからず』


俺は背筋が凍った。

封印を解いた者は、ヌシに喰われた。


悠人の提案。


ヌシを解放する。

それは、死を意味する。


俺は悠人に、その記録を見せた。


「なるほど...」

悠人が唸る。


「やっぱり危険か」


「ああ。解放は無理だ」


「でも」


悠人が俺を見る。


「なぜ、その人は喰われたんだ?」


「ヌシが腹を空かせていたから、じゃないか」


「それとも」

悠人が考え込む。


「封印を解いた方法が、間違っていたとか」


「間違っていた?」


「ああ。正しい方法なら、ヌシは大人しく出て行くかもしれない」


俺は首を振った。


「そんな方法、あるわけない」


「あるかもしれない」

悠人が記録を指差す。


「これ、全部読んでみようぜ。何か手がかりがあるかも」


その夜、俺はヌシに話しかけた。


「なあ、ヌシ」


「ナニ」


「お前、本当に出たいのか」


しばらく沈黙があった。


「デタイ」

ヌシが答えた。


「ヤマニ、カエリタイ」


「ナカマヲ、サガシタイ」


「デモ、デキナイ」


「フウインガ、アル」


「そうか...」


俺は躊躇してから聞いた。


「もし、封印を解いたら、お前は何をする?」


「ヤマニ、カエル」


「村人は?」


「オソワナイ」


「本当か?」


「ホントウ」

ヌシの声は、静かだった。


「ワタシハ、モウ、ツカレタ。タタカウノモ、ヒトヲ、オソウノモ」


「タダ、シズカニ、クラシタイ。サンビャクネン、ジュウブン、ツグナッタ」


俺は迷った。

ヌシの言葉を、信じていいのか。


「でも、お前は村人を消したじゃないか」


「アレハ、チガウ」

ヌシが否定した。


「ワタシジャナイ」


「じゃあ、誰が」


「フウインガ、ヨワマッタ」


「ソノ、スキマカラ」


「ベツノ、モノガ、デタ」


「別のもの?」


「ソウ」


ヌシが続ける。


「ココニイルノハ、ワタシダケジャナイ」


「モウヒトツ、イル」


俺は愕然とした。


「もう一つ...?」


「ソウ」


「ソレガ、ムラビトヲ、ケシタ」


「ワタシハ、トメラレナカッタ」


「フウインサレテイタカラ」


翌日、俺は悠人にその話をした。


「お社には、二つの存在が封じられている?」


「ヌシがそう言っていた」


「じゃあ、もう一つは何だ?」


「分からない」


俺は記録を探した。

すると、ある記述を見つけた。


『寛政九年


お社の扉、二重になりたること、今更ながら気づけり。

外の扉と、内の扉。


外にはヌシ。


内には...


これ以上、記すこと能わず』


二重の扉。


外にヌシ。


内に、もう一つ。


「これだ」


俺は悠人に記録を見せた。


「お社の構造が、二重になってる」


「じゃあ、内側に封じられているものは...」


「もっと危険な、何か」


俺たちは顔を見合わせた。


「それが、村人を消したのか」


「おそらく」


悠人が考え込む。


「なら、外の扉を開けて、ヌシだけ出せばいいんじゃないか」


「内側は封じたまま?」


「ああ」


それは可能なのだろうか。


俺はさらに記録を探った。

すると、最も古い記録の一番下に、小さく書かれた文字を見つけた。


『ヌシを解放する方法


外の扉のみを開く。


その際、内の扉に新たな封印を施す。


高僧の祈祷と、生贄を必要とす。


生贄は...』


文字が掠れて読めない。


しかし、最後の一文だけ、はっきりと読めた。


『されど、これを行う者は、必ず命を落とす』


俺は記録を閉じた。


「どうした?」

悠人が聞く。


「方法は、あった」


「本当か?」


「ああ。でも...」


俺は悠人を見つめた。


「実行した者は、死ぬ」


「死ぬ...」


「ああ」


悠人が黙り込んだ。

しばらくして、彼は言った。


「それでも、やる価値はあるんじゃないか」


「何を言って...」


「だって、このままじゃあんたは一生ここにいるんだぞ」


「それでも、死ぬよりはましだ」


「本当にそうか?」

悠人が俺を見つめる。


「一生、ヌシの話し相手として生きるより、命をかけて解放を試みる方がいいんじゃないか」


俺は答えられなかった。

確かに、この生活は地獄だ。


毎晩、お社の前で経を唱える。

ヌシの声を聞く。

村から出られない。


これが一生続く。


いや、死んでも続くかもしれない。


「考えておく」


俺はそう答えた。


その夜、ヌシに聞いた。


「もし、お前を解放したら、番人はどうなる?」


「ジユウニ、ナル」


「本当か?」


「ホントウ」

ヌシが続ける。


「バンニンハ、ワタシノ、フウインノ、タメ」


「フウインガ、ナクナレバ、バンニンモ、イラナイ」


「ケッカイモ、キエル」


「じゃあ、俺は村を出られる?」


「デラレル」


俺の心が揺れた。


解放すれば、自由になれる。

でも、代償はその命。


「考えさせてくれ」


「イイヨ」


ヌシが優しく言った。


「ムリシナクテ、イイ」


「ワタシハ、マダ、マテル。サンビャクネン、マッタ」


「モウスコシ、ダイジョウブ」


翌日、悠人が言った。


「俺が、やる」


「何を?」


「解放の儀式。俺がやる」


「馬鹿か」


俺は怒鳴った。


「お前が死んでどうする」


「でも、誰かがやらないと」


「やらなくていい」


「あんたは、このままでいいのか?」


悠人が俺を睨む。


「一生、ここで」


「それが俺の運命だ」


「そんな運命、変えればいい」


「変えられない」


「変えられる」


悠人が拳を握る。


「俺が、変えてやる」


「やめろ」


「やめない」

二人で睨み合った。


しばらくして、悠人が笑った。


「まあ、まだ方法も分からないしな」


「そうだ。だから、もうその話はやめよう」


「分かった」


しかし、悠人の目には、決意の色があった。


俺は不安になった。

彼は、本気で儀式をやろうとしている。


それを止めなければ。


でも、どうやって…


---


第4話 了

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