運命の夜
運命の夜、十歳の少年イツキは、突如として一族の暗い秘密に巻き込まれる。
冷たい首飾り、兄の約束、涙に濡れた父の瞳、そして平穏を引き裂く闇。
何が起きているのか分からないまま、ただ兄の温かい腕、荒い息、血、そしてすべてを呑み込む恐怖を感じていた。
古き一族、真紅の瞳、そして誓いの言葉:
「怖がるな…俺がいる。」
イツキ、十歳。
僕は兄と庭で遊んでいた。
「あはは!」
二人で木陰の下を走り回り、笑い声をあげた。
そのとき、家の扉から母の声が響いた。
「二人とも、こっちにいらっしゃい。」
僕と兄は顔を見合わせた。何かが…おかしい。
僕たちは小さくうなずき、家の中へ入った。
母は静かに扉を閉めた。母の目には深い悲しみが宿っていた。
「…もう、時が来たわ。」
母は古い戸棚を開け、銀の箱を取り出した。箱はきしむ音を立てて開き、中には赤い宝石が輝く二本のネックレスが入っていた。
母はかがみ、冷たい鎖を僕の首にかけた。その瞬間、僕は身震いした。この感覚は…なんだろう?まるで闇がゆっくり心に染み込んでいくようだった。
その後、母は兄のほうを向いて言った。
「ゼツメイ…イツキを守るって、母さんと約束してくれる?」
兄はまだ戸惑っていたが、小さく答えた。
「…うん…約束する…」
そして僕たちはまた庭に走り出し、何事もなかったかのように遊び続けた。
その夜、母は僕たちの一番好きな料理を作ってくれた。そして初めて…僕は父が微笑むのを見た。
でも…父の目には、涙が光っていた。
「今日はイツキの好きなものばっかりだ!」
僕は叫び、目を輝かせた。でも…その晩の食卓の空気はとてもおかしかった。
いつもとは違っていた。
その夜、僕は母に兄と一緒に寝たいとお願いした。兄はうなずき、微笑んだ。
「いいよ、こっちにおいで。」
僕が布団に入ると、兄――ゼツメイ――はとても小さな声で、まるで自分に言い聞かせるように話し出した。
「俺たちの一族は…この国でもっとも古い家系のひとつだ。
勇敢な一族で…赤い目がその証なんだ。」
兄は少し黙り、赤い目を遠くに向け、誇りと悲しみが入り混じった光を宿していた。
「…そして…」
僕はその言葉の続きを聞く前に、まぶたが重くなり、いつの間にか眠ってしまった。
でも、浅い眠りの中で、僕は大きな音に飛び起きた。
ドンッ!
大きな衝撃音が部屋全体を揺らした。
「兄ちゃん!」――僕は怯えて叫んだ。
兄はすぐに立ち上がり、僕の肩を強く握った。
「目を閉じろ、イツキ。見るな。」
僕はすぐに目を閉じ、急ぐ足音、地面の揺れ、隙間風の音を感じ取った。
兄の腕がさらに強く僕を抱きしめ、僕の顔を彼の胸に押し当て、すべてを隠した。
兄の目の前には、父がいた。およそ十本の剣や矢が父の体に突き刺さり、左腕は切り落とされ、脇腹の肉がえぐれ、胸の中央に穴が開いていた。
でも…そのとき兄の体が震えていた。
僕ははっきりと感じた。彼の呼吸が重くなり、手が僕の背中から少し滑り落ち、血が彼の服を染め、僕の頬にもついた。
兄は怪我をしていた…
僕には何も見えなかったけれど、彼が歯を食いしばる音が聞こえ、震える手で必死に僕を抱きしめ続けていた。
「怖がるな…俺がいる。」
そして突然、壁がひび割れる音がして、冷たい風が吹き込んできた。
ドンッ!
兄ちゃんは壁を突き破った。
粉塵が舞い、瓦礫が飛び散る中で、兄ちゃんは僕を抱きしめ、高いところから迷いなく飛び降りた。
「しっかり掴まってろ。」
僕は彼の首にしがみつきながら、兄ちゃんの足が信じられない速さで駆けるのを感じた。
息は荒く、重い。それでも兄ちゃんの声は低く、落ち着いていた。
「大丈夫だ。目を閉じていろ。」
冷たい夜風が頬を切りつけ、地面を叩く足音が太鼓のように響いた。
僕は強く目を閉じた。
すべてがただの闇に溶けていくようで、恐怖と安心が胸の中で絡み合った。
どれほどの時間が経ったのか…。
ぼんやりと意識が戻り、瞼を開けると、最初に見えたのは——まだ僕を背負い続ける兄ちゃんの背中だった。
しかし、その足取りはもう重く、ふらついていた。
振り返った兄ちゃんの瞳が、赤く輝いていた。太陽の光を受け、その紅い瞳が一瞬だけ燃えるように光った。
口元には、かすかに優しい笑みが浮かんでいた。
「…起きたか。」
僕は周りを見回した。
そこは見知らぬ町だった。
一度も見たことのない風景。
胸の奥に、氷のような不安が静かに忍び込む。
「…ここ…はどこ?」
小さな声で尋ねたが、兄ちゃんは何も答えなかった。
その手から力が抜け、膝をつき、彼の体は地面に崩れ落ちた。
兄ちゃんは、気を失っていた。
僕は混乱し、必死に周りを見渡した。
なぜ…なぜこんな時に兄ちゃんは倒れるんだ…?
何をすればいいのかわからなかった。
太陽は高く昇り、人々の往来が増えていく。
僕は走り出した。誰か、誰か兄ちゃんを助けて、と心の中で叫びながら。
長い時間が経ち、息を切らしながら戻ってきたとき、そこは——空っぽだった。
兄ちゃんの姿はもう、どこにもなかった。
「兄ちゃん…?」
声が震え、返ってきたのは、路地を吹き抜ける冷たい風の音だけだった。
そのとき、目の前に子供たちの集団が現れた。
彼らは道を塞ぎ、嘲笑いながら言った。
「ハハハ…混血のガキか?」
僕は立ち尽くした。
彼らの手のひらから、赤い熱が立ち上るのが見えた。
炎。
それは瞬く間に燃え上がり、一人が拳を振り上げ、僕に向かって突っ込んできた。
その瞬間、僕は目を閉じるしかなかった。
全身が炎の熱に焼かれるようで、次の瞬間、彼ら全員が一斉に襲いかかり、拳と足が僕を打ち据えた。
……
どれほどの時が過ぎたのか。
ゆっくりと目を開けると、全身が包帯で覆われ、痛みが走り…ここがどこなのかわからなかった。
突然、何人かの子供たちが僕のベッドに駆け寄ってきた。
—「お兄ちゃん、目が覚めたの?本当に目が覚めた!」
—「お兄ちゃんに何があったの?」
もう一人の子が慌てて誰かを呼びに走っていった。
少しして、一人の男性が現れた。
彼は白い髪をしていて、鋭く、それでいてどこか優しげな目をしていた。
—「おお、目が覚めたか」
低く、落ち着いた声でそう言った。
僕は彼を見たことがなかった。
—「…ここはどこですか?どうして…私はここにいるんですか?」
かすれた声で尋ねると、彼は微笑んで答えた。
—「君が路地で倒れているのを見つけて、ここまで運んできたんだ。ここは港町の孤児院だ。」
僕は毛布を強く握りしめ、記憶を手繰り寄せようとした。
—「でも…私には両親がいて…家族がいるんです…」
小さな声でそう言うと、彼は肩に手を置き、優しく言った。
—「両親が迎えに来るまで、ここで待っていればいい。」
……
僕は彼を見つめ、何と言えばいいのかわからなかった。
胸の奥に、氷のような不安が広がった。
まるで——すべてを失ってしまったかのようだった。
あとがき
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、私自身の大切な想いを込めて書いたものです。
イツキとゼツメイの兄弟の運命、そして彼らの絆を、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
これからも続きますので、ぜひ見守ってください。
作者より