小さな魔法使い ①
「ケイナ。こっちだよ」
「はい。兄様」
わたしを呼ぶ声に、タタタと小走りで兄様たちの後を追い掛けました。
触角ヘビを警戒して樹上ばかり気にしていると、どうしても歩く速度が遅くなるのです。
足を緩めてわたしを待ってくれていた皆に追い付くと、護衛たちが小さく笑って迎えてくれました。
この護衛たちは郷の中でも若者に類する者たちで、歳の近い兄様と、とても仲の良い者たちです。
「ピュリケイナ様も、随分と森を歩けるようになられましたね」
「そ、そうでしょうか」
子供扱いされているのは分かるのですが、エルフ族は子供が生まれにくい種族なので、わたしが郷の中では最年少です。
それを思えば、子供扱いされるのも仕方ないのでしょう。
「そうだね。ケイナももう、随分と大きくなったから」
子供扱いするのは兄様も同じですが、声音から伝わってくる暖かさが違います。
兄様は優しいですから、わたしがいくつになっても子供扱いされるのでしょうね。
わたしの両親は、50年ほど前に採集の最中に魔獣に襲われて亡くなりましたから、両親に代わってわたしの傍に居てくださった兄様は、わたしをずっと可愛がってくださいました。
両親が亡くなったのは、まだ、わたしの物心がつく前のことです。
そのときも、今と同じように、狩りや採集で怪我を負う者が続いていて薬の備蓄が無くなったのだそうで、当時、折悪く季節の病に罹ったわたしが、ずいぶんと泣いて困らせたのだそうです。
母様のことは、薄らと覚えていますが、父様のことは、まるで覚えていません。
ただ、両親に愛され可愛がられていたことに、疑う余地など有りません。
高熱を出して愚図るわたしを見ていられず、夜が明けるのも待たずに危険な森へと薬種の採取に出て、そのまま、両親は帰らぬ人となったのですから。
どうしても薬種を摂りに行く、と、譲らなかった母様に、父様が付き添ったのだそうです。
両親が帰らないことで、わたしはまた、随分と泣いてお爺様と兄様を困らせたそうで、わたしのせいで次期郷長として確定していた父様が亡くなったことを、今でも言う大人たちがいます。
滅びに瀕したエルフ族にとって、賢く強い指導者は掛け替えのないものです。
子が泣いたぐらいで夜の森へ出るべきではなかった。
両親ではなく、お前が死ねば良かったのに、と。
両親の死後、ケルトレイクス兄様とわたしは、郷長であるお祖父さまの家に引き取られて暮らすことになりました。
お祖父さまも兄様も、わたしを責めることは一度も有りませんでした。
あれは、親として当然の行いだったのだと。
でも、お祖父さまが、時折、寂しそうにされていることも、まだ若い兄様がお祖父さまの補佐に苦心されていることも、わたしは知っています。
その頃から、わたしにとって兄様とお祖父さまを支えることだけが、わたしが生きる意味になりました。
先週、魔獣の群れに郷が襲われ、たくさんの怪我人が出ました。
そのときの防衛戦では何人もの大人が亡くなり、底を突いた傷薬を新たに作るためのキノコを採集に行かなければならなくなりました。
それで、次の郷長候補であるケルトレイクス兄様が志願して、採集へと出かけることになったのです。
わたしは魔法術式が得意なので兄様たちのお手伝いができるはずだ、と、お祖父さまや兄様を説得して採集に付いていきました。
どうにも、嫌な胸騒ぎがしたのです。
お祖父さまも兄様も危険だと渋っていましたが、魔獣の群れが郷の近くに居座っているので郷の防衛を緩めることができず、大人たちの手が足りていないので、結果的に採集への同行が許されました。
もしも、兄様まで居なくなったら・・・、と、わたしも必死だったのです。
それが、あんな結果になるだなんて・・・。
採集場所への移動中にバンダースナッチの群れに襲われて、同行していた護衛たちが3人も食われ、兄様も大怪我を負って、もう駄目だと諦め掛けたときに、ヒト族の人に助けられたのです。
今、わたしの目の前を気軽な足取りで歩く、この大きな男の人のことです。
小さな魔法使い①です。
ケイナたん!
次回、出会い!




