オジサン、迷子になる ②
本作は「蒼焔の魔女 ~ 幼女強い(Nコード:N6868JY)」の原点となったシリーズ作品です!
【2025/6/9付】
作品情報の「あらすじ」において、いくつかの情報を投下しております。
気になる方はご確認ください。
わざわざ会いに行ったんだが、九州統一を誇っていた“皇帝”は、伊達じゃあなかった。
俺のジャーマンスープレックスを食らっても、平気で立ち上がって来たからな。
お返しに柔道技の肩車で違法駐車のフロントガラスに頭から突っ込まされて、助手席のドアから出て来る羽目になった。
二人で一晩中、殴り合って、日が昇る頃になって「腹減った」つってよ、中断して二人で牛丼を食いに行ったんだっけか。
血塗れでボロボロの二人が厳つい悪ガキどもを引き連れて店を満席にしたもんだから、牛丼屋の店員が真っ青な顔で震え上がってたっけ。
あんまりにも暴れっぷりが激しくて、誰一人として、邪魔にも手助けにも入れなかったもんだから、“怪獣大戦争”なんて、後で、からかわれたもんだが、あれも良い思い出だ。
あのハルも今は落ち着いて、大学を出てからは嫁をもらって若社長サマを、やっているはずだ。
アイツは面倒見が良いし、頭も切れる。
古馴染みの、仲間のためなら、骨を折ってくれることだろう。
「・・・電話・・・してみる」
「おお、そうしな」
じゃあな、と、通話を切る。
アイツらのことだから、上手くやるだろう。
仕事に戻るか、と振り返れば、向こうでバカどもが手を振っている。
延びきった芋虫みたいなドレッドヘアを丁髷にしているアフリカ系ハーフと、何とかってバスケットボール選手を意識しているという金髪坊主頭だ。
二人とも、俺と同じく、きっちりとネクタイを締めて、社名の刺繍文字が胸に入った作業ジャケットを羽織っているが、びっくりするほど似合っていない。
「テツさぁーん」
「部長って呼べ。ボブ」
「アニキー、もう4時ッスよー?」
「コータ、お前もだ。部長って呼べって言ってんだろ」
「「へーい」」
素直に返事はするが、ケタケタと笑って、ちっとも悪びれない。
深く、気安い関係だからこその、毎日、繰り返される、お馴染みの掛け合い。
ちゃんと日本生まれの日本人で、日本語ネイティブなドレッドヘアが、“ボブ”。
隙あらば、現場にレトロな2スピーカーのラジカセを持ち込んで、爆音でヒップホップを垂れ流す困ったヤツだが、測定技師としての腕は良い。
「気分でー?」とか、週替わりで髪の色が変わる筋肉モリモリの坊主頭が、“コータ”。
仕事に役立つ何かの資格を取ろうって意欲は無いが、手先が器用で、大抵の工作機器を上手く使いこなすので、現場の評判は、すこぶる良い。
俺を追いかけて、俺と同じように社長ンところへ転がり込んで、コイツらも、もう10年か。
一応、コイツらも一端の所属長で、ベテランの課長=サンなんだけどな。
「んじゃ、先に、会社へ帰ってますよ」
「おう」
測定機器と図面を小脇に抱え、子分―――もとい、それぞれの部下を引き連れて去って行く、後輩どもの背中をジト目で見送って、小さく鼻を鳴らす。
「ったく、しょうがねえな」
いつまで経っても悪ガキどもめ。
がしがしと頭を掻きながら、安物の腕時計に目を落とす。
ヤバい。本当に、もう午後4時前だ。
早く仕事を終わらせて、俺の天使ちゃんを迎えに行かないとな。
「悪い。待たせちまった」
俺たちの遣り取りを微笑ましそうに見ていた初老の作業員に、打ち合わせの再開を促すと、「気にせんでください」、と首を振られた。
「先週、テツさんが、施工ミスを指摘してくれたでしょう?」
「したっけ?」
「ええ、“なんか、嫌な感じがする”って」
俺、そんなこと言ったっけ?
「測り直してみたら、“根入り”が間違ってまして。感謝しているんです」
“根入り”ってのは、建築用語で“地中の深さ”って意味だ。
ほんの数センチメートルでも、間違いは、間違い。
そのまま気付かずに施工を進めていたら、検査に引っ掛かって、全部やり直しで納期が間に合わなくなっていた、と。
ああ、そう。
昔から動物的な勘というか、“ヤバそう”って直感だけで厄介事を避けることが、希に、よくあるからなあ。
施工ミスでやり直しも現場ではよく有ることだ。
ぜんっぜん、覚えてねえわ。
「済んだこたあ良いって。今後も良い付き合いをしてくんな」
「こちらこそ。今後とも、よろしくお願いします」
どこの会社も、人の確保が難しくて、原価が高止まりしてるせいでギリギリでやってるもんだから、施工ミスが出ると致命的な状況になりかねないからな。
何事もなく確認作業を終え、営業車の運転席に収まる。
後は、作業員のオッサンから受け取った申請チェック書類に確認印を突いて、用意してあった封筒に封をして郵便ポストへ放り込めば、明日か明後日には役所の担当者へ書類が届いて、万事、上手くいくって寸法だ。
よおーし! パパ、いま帰るからな!
“ヒナ”―――、何も無い俺に、カナが遺してくれた、愛娘が学校で待っている。
時間的に“速度違反取り締まり”は無いだろうが、出会い頭のパトカーに引っ掛からない程度で田舎道をブッ飛ばす。
会社の駐車場へ営業車を放り込んだら、徒歩でお迎えだ。
一昔前までは、子供たちだけで街を歩かせる集団登校に集団下校なんてもんが罷り通っていたらしいが、登下校中の小学生を狙う変態が通報事案を起こしまくったせいで、保護者による送り迎えが当たり前なんだよなあ。
校門前には、ピーク時を外れた時間でも、お母さん連中が電動自転車を並べて井戸端会議を続けていて、「コンチワー」と、笑顔で軽く挨拶して通り過ぎる。
迂闊にアレに捕まると、とんでもなく時間を食われるから、嫌みなく関わらないようにサラッと逃げる。
生徒通用門の脇に設置されている端末のボタンを押すと、ピンポーン、と、よく有る呼出音が数回鳴った。
「すみません。3-2の岩田の父です」
「はーい。毎日、お迎えご苦労さまですぅ」
インターホン越しに用件を伝えると、事務室の女性事務員さんが生徒通用門の、お勝手の電気錠を解除してくれる。
ちょっと軽い感じの若い事務員さんだが、偶に、ゾクッと背筋が凍るような視線を感じて背後をチラ見すると、ニコニコと後ろに立っていることがあって怖かったりするが、とても明るくて良いお嬢さんなんだよな。
眉を顰めるような事件とは無縁の、古い木造家屋に囲まれた片田舎の小学校でも、子供の安全のために世間の波には逆らわない。
オジサン迷子になる②です。
オジサンの日常!
次回、大人の事情!?