オジサン、迷子になる ①
本作は「蒼焔の魔女 ~ 幼女強い(Nコード:N6868JY)」の原点となったシリーズ作品です!
同じ世界観と設定を共有しております!
ピリリ・・・! ピリリ・・・! と、作業ジャケットの胸ポケットから、味も素っ気もないデフォルト設定の呼出音が鳴る。
もちろん、現場の騒音に負けないように、音量はMAXだ。
施工図面と睨めっこしつつ、巻き尺を片手に施工作業の進捗状況を報告してくれていた配筋工のオッサンを、軽く手を挙げて制し、取り出したスマホのディスプレイ表示を確認する。
会社から何かトラブルの助けてコールかと身構えたのだが、懐かしい名前の表示を見て、ここで電話に出るかどうかを少し思案する。
厳ついスキンヘッドの旧友の顔を思い浮かべた。
“ゴン”―――。権田だから、ゴン。
前に話したのって、2年前ぐらいだっけか?
いや。1年ぐらい前に、「・・・近くまで来たから」って、遊びに来たっけ。
縦にも横にもクッソデケエから、玄関のドアに詰まりそうになってたな。
口下手で、言葉よりも手足が先に出るパワーファイターの筋肉ダルマが、自分から連絡してくるなんて珍しいんだよなあ。
寡黙って言えば良い印象に聞こえるんだが、どこからどう見ても、反社会的な自由業のお兄さんがガンを付けてるようにしか見えないんだよ。
せめて、スキンヘッドやめたら? って言ったら、髪を伸ばすと暑いから嫌なんだと。
汗っかきで頭に汗疹ができるらしい。
ちょっと待っててな、と配筋工に声をかけてから、長話はできないな、と頭の端で考えつつも電話に出る。
数日後に行政担当部署の実地確認検査を控えているので、今は現場の工程スケジュールと、取っ組み合いの肉弾戦を演じている真っ最中なのだ。
あまり、現場に負担を掛けたくはない。
「―――テツか?」
「久しぶりじゃん。元気してたか?」
スピーカーの向こうから、地響きのように低い声が聞こえてくる。
オウよ、と、スマホの向こうで応える声も嬉しそうだ。
肩を並べて“バカ”をやっていた頃よりも低く、さらに渋い感じになった“仲間”の声に嬉しくなる。
“テツ”ってのは、俺の渾名だ。
岩田鉄児だから、テツ。
身長190センチメートル、体重88キログラム。
32歳、既婚。
目の中に入れても痛くない、娘が一人、いる。
どこにでも居そうな、平凡な名前と平凡な面は兎も角、顔も覚えて無え母親がガッチリとした立派な体格に生んでくれたお陰もあって、「とにかく硬そう」ってのが俺の第一印象だと、よく言われる。
“カナ”―――、若くして亡くなった俺の女房も、そう言っていた。
大体のことは、この拳一つで解決してきたせいで、“鉄拳のテツ”なんて渾名で呼ばれていたわけだが、いま思えばクッソ恥ずかしい呼ばれ方で、平気な顔を―――、むしろ、得意気なツラをしていたガキの時分を思い出すと、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「んで。どしたよ?」
「・・・ああ、実はな」
訥々と言葉を捻り出す声に、その顔を想像して笑いそうになる。
コイツ、喋るのが下手な自覚があるから、言葉を探すのに、すっげえ怖い顔になるんだよな。
話の中身を要約すると、縁故で、馴染みの無い遠方の他県で仕事を請けることになって、どうしたものかと困っているらしい。
紹介してもらえる下請け会社は無いか、って話だ。
そういや、ゴンは“引退”してから、家業の建設会社に就職したんだっけな。
で、娘が出来て社長ンところへ転がり込んだ、同業他社で働く俺を思い出した、と。
顔を合わせても、お互い、仕事の話なんて、しないからな。
自然と頬が緩む。
俺としては、昔の仲間が、こうやって、入れ替わり立ち替わり会いに来たり、ちょくちょく連絡をくれるのが、すごく嬉しい。
カナの妊娠を聞いて、全部を放っ放り出して、さっさと身を退いちまった俺なのに、10年以上も経った今でも忘れられていないってのが、ものすごく嬉しい。
それにしても―――九州の現場か・・・。
確かに遠いな。
けど、お前の地元は中部地方で、俺の地元は北関東で、さらに遠いんだぞ?
何とか、力になってやりたいが、さて、どうしたもんか。
九州・・・、九州か・・・。
あっ。
「”ハル”に声かけてみちゃ、どうよ?」
「・・・“皇帝狂夜”の、か?」
今どきチーム名なんてもんを出されたら、アイツ、恥ずか死ぬんじゃね?
まあ、その辺も若気の至りってヤツだな。
「あいつンち、九州の地場ゼネコンだったろ」
「・・・そう・・・、だったか?」
コイツ、本気で言ってんの?
「お前ら、仲良いくせに、なんで知らねえんだよ」
「・・・家を、継がなきゃなんねぇ、って、愚痴ってた、気は・・・する?」
疑問形かよ。
俺たちは、そいつ個人しか見ねえからな。
分からんでは無えな。
難しい顔をしているのが滲み出すようだった声が、何となく明るくなっている。
電話だけで暫く会えてはいないが、ハルもまた、俺たちの仲間だ。
“ハル”―――。
パッと見は、縁なしメガネのインテリ面。
スカしたツラしてやがるくせに、キレッキレで、クソが付くほどタフで、何度、ぶん殴っても立ち上がってきやがんの。
オジサン迷子になる①です。
主人公、現る!
次回、働くオジサン!