奴隷 ⑨ ※どこかの王城にて
“融和派”は粛清によって勢力を減らし、隙間を泳いで甘い汁を吸っていた“中立派”は、首魁であるロンドベール家が他国の悪事に荷担した疑いで凋落の憂き目に遭っている。
“中立派”や法衣貴族にとって、このロンドベール家の凋落が痛いのだ。
高額で取引される魔獣素材は大きなカネを生む。
ドネルクの手に預けられた冒険者ギルドとは金の卵を産むニワトリなのだ。
巨額のカネに有象無象が群がる利権装置の一部と化していた冒険者ギルドがドネルクの管理下に移ったことで、利権構造の一部だった多くの“中立派”と交易の恩恵に預かっていた“融和派”が排除された。
天秤の均衡を図る意図でドネルクが王宮という公の場から身を引いたことで、窮地に追い込まれていた“融和派”は“保守派”の首魁を王宮から排除することは出来たものの、その実情は“融和派”の政治的勝利とは、到底、言えるものではなかった。
何せ、声高に西方諸国との融和を掲げていた外交閥の過半数が、魔獣素材輸出に絡んでの神教会関係国との癒着の証拠を突き付けられて失脚させられたのだから。
なお、その証拠をドネルクに流したのは、身中の虫を駆除する機会と見たサリトガ自身である。
そんな裏の繋がりに気付かぬバカどもも、強制的な代替わりで少しはマシになってくれれば良いのだが。
「アレは全身全霊で王国に尽くす男だ。騎士団から身を引いたのも、“融和派”の顔を立てての政治取引と分からぬものではあるまいになあ」
「そうだな」
ソファーを立って、オーグストが執務机から一枚の書類を持ってきた。
「これを見よ」
「最新の短期統計か?」
まだサリトガが目にしていなかった統計なのだから、正真正銘、最新の速報値だろう。
ティーカップを口元に運びながらオーグストが口角を引き上げる。
「魔獣素材納品量だ。冒険者の逃散で落ち込んでいた納品量が持ち直してきておる。国境の出入国統計でも冒険者は戻ってきておらぬというのに、一体、どんな手品を使ったのやら、と思っていたのだがな」
「それが便宜を図っている冒険者の仕業か」
なるほど。ドネルクは便利な手駒を手に入れたらしい。
剣に生きると決めて己の信念を貫き通しただけで元より頭は悪くなかったが、これは期待以上の結果だ。
サリトガはほくそ笑む。
ドネルクを組織の長として冒険者ギルドへ押し込んだのは、そうする必要とオーグストでも無視できない働きかけがあったからだ。
この結果には、ドネルクの祖母上である“あのお方”も満足されることだろう。
近年の魔獣素材納品量および流通量の低下は、専ら、他国に対して弱腰で間諜を国内に引き込む下地を作った“融和派”の責と評価されている。
内戦に際しての他国の流通阻害工作も相まって、引き際を誤って国力を低下させる結果となった“融和派”―――、外交派閥に対する責任を追求する声は多い。
宰相であるサリトガ自身は素材輸出事業に関与していない。
禁輸品の密輸に絡んだ“事件”が露見して早々、自ら進んで王城内において謹慎の身となることで批判と責任を回避したのだが、傘下の“融和派”は大敗北と評さざるを得ない多大な損失を被った。
“事件”から連鎖して“中立派”が魔獣素材の利権を失ったのは、癒着構造で神教会に取り込まれていた“中立派”の自業自得だ。
そのこと自体はオーグストもサリトガも重視していない。
「この様子では“中立派”の動きも留意しておく必要が有るな」
「凶暴な魔獣の尾を踏んだのは“融和派”も“中立派”も同じだ。南部を中心に北部と東部が結束を強めた今、“保守派”の優位は変わらぬ」
オーグストとサリトガの脳裏に浮かぶのは、“事件”の発端となった少女の顔だ。
「フレイアの娘か」
「あの娘が鍵となろうな。私も手の者を送り込んではいるが、今、あの娘を失うわけには行かぬ」
オーグストもサリトガも面識を持った異国人の少女。
僅か5歳にして相当な知恵者だが、どこか抜けているというか、憎めない部分が有った。
賢く、愛嬌が有って、飛び抜けた魔法術式の才も有るのだから、圧倒的な武力をもって国内外を震え上がらせた“南部の雄”の中枢―――、女傑フレイアが入れ込むのも理解できる。
そして、あの娘を起点としてバラバラだった国内に連帯と結束が連鎖し始めている。
「テレサだけでなく、アマリリアもあの娘を随分と気に入っておるでな」
「王女殿下と王妃殿下だけでなく、“あのお方”も南部を訪われると言っていたな?」
政に深く関わる者ならば、裏側から睨みを利かせてきた女帝の存在を知らぬ者は居ない。
友誼を結んだ王女殿下や命を救われた王妃殿下があの娘を気に掛けるのは分かるのだが、それだけに留まらない。
どういうわけか、誰もが怖れる“あのお方”さえも、あの娘は骨抜きにしたらしい。
情報を得たとき、サリトガも耳を疑ったものだ。
「憑き物が落ちたようでな。大人しくなられたことは良いのだが、まだ死なれては困る」
「天命など人の身ではどうにも出来ぬ。それよりもドネルクをしばらく王都から離れさせた方が良いかも知れぬぞ」
これはサリトガの勘だ。
バカどもが騒ぐだけなら抑え込みようが有るのだが、どうにも足下がきな臭い。
サリトガからの注意喚起にオーグストが目を厳しくする。
「“中立派”が暴発する恐れか?」
「それも有るには有るが、市井でゴソゴソと動き回っている間諜ネズミがおるようだ」
ドネルクを引きずり落とそうと“中立派”が密告を行った裏で、市井に他国の影が有る。
直接的にドネルクを消そうと刺客を送ってきた可能性も無いわけでは無いが、ドネルクとは王国の武威を象徴する男だ。
刺客ごときで簡単に殺せる相手ではない。
つまりは魔獣素材絡みか、とオーグストは受け取った。
「また神教会か。懲りぬ連中よな」
「あの娘に封殺されたことが、余程、頭に来たのであろうよ」
禁輸品密輸という内戦の火種を送り込んだ上で、叛逆者への支援も神教会勢力が行っていたことは自明の理だ。
その上で、あの娘の機転が奴らの企みを挫いた事実はオーグストたちも政治利用した。
ならば、国外勢力があの娘を消しに掛かるのもまた自明の理だろう。
ただでさえ、あの娘の母国は新教会勢力に滅ぼされたばかりで、あの娘による意趣返しに見えるのだ。
「刺客を送られる可能性は?」
「今のところ、まだその動きはない。とはいえ、油断するわけにも行くまい」
首を振ったサリトガがティーカップのお茶に口を付ける姿を眺めていたオーグストが思い付きを口にする。
「ならば丁度良い。しばらくドネルクを南部へ行かせるとしよう」
「ふむ。今なら婚約締結の名目が有るな」
ドネルクを王都から離れさせて“融和派”と“中立派”の目に触れないようにさせつつ、あの娘の身辺に脅威を近付けさせない手を打つ。
どのみちドネルクには南部を訪う予定が有ったのだ。
公職から離れたドネルクを王都に縛り付ける枷は無い。
ならば、遠慮なく行かせれば良い。
こうして冒険者ギルド長ドネルク本人が知らない場所で、政治的な理由からドネルクの南部への旅が決まった。
奴隷⑨です。
ドネルク南部訪問の裏側!
このお話で本章は最終話となります!
次話より新章、第16章が始まります!
次回、事情!?




