奴隷 ③
「武器が通用しねえって言ってたな」
「私も実物を見たことは有りませんけど、鎖帷子のように剣で斬れない剛毛の毛皮を持つ大熊と、板金鎧のように硬く矢も鎗も弾いてしまう甲皮を持つ大イノシシだとか」
“鋼毛熊”や“鎧イノシシ”という名前は通称で、正しくは“イェーティ”と“ベヒモス”ですね。
そう説明されたものをテツさんはそのまま覚えてしまったようで、依頼書にもそれぞれ「イェーティの討伐」と「ベヒモスの討伐」と書いて有ります。
テツさんがこういった覚え方をするはいつものことですね。
バジリスクを触角ヘビと通称で呼ぶのはともかく、バンダースナッチなんて犬っコロですから。
バンダースナッチの通称は“森オオカミ”なのですが、何度か教えても犬っコロのまま呼び方が変わりません。
呼び方で狩猟の結果が変わるわけでは有りませんから、どうでも良いことなのでしょう。
「熊もイノシシも雑食性だな。人里の近くまで出てきてるのは問題だなあ」
「そうなんですか?」
イノシシは郷でも獲れたことが有りますが、ベヒモスとは全くの別種で、そちらのイノシシは“パイア”という名前です。
認識を摺り合わせるためにエテルナさんから色々とヒト族の認識を教わったのですが、パイアの通称は“レイジングボア”と言うそうです。
聞き馴染みの無い響きの呼び名だと思っていたら、“えいご”というチキュウの言語だとテツさんが教えてくれました。
熊という動物の存在はお祖父さまたちから教わっていましたから知識では知っているものの、私は見たことが有りませんしね。
それらの動物の生態を私は知りません。
況してや魔獣です。野生動物と魔獣は似て異なるものですから、生態も違う可能性が高いでしょう。
ですが、テツさんは熊なのかイノシシなのかを問題にしているのでは無いようです。
いいえ。テツさんが口にしているのは一般論でしょうか。
「日本でも問題になってたんだよ。味をしめた野生動物は追い返しても人里へ出てくるから駆除するしかねえんだ」
「どうして味をしめるんでしょうね?」
人里に何か旨味が有るのでしょうか。
魔獣だけでなく野生動物も人間を襲うと言いますから、味というのは人間の味なのかも知れません。
「そりゃあ食い物が美味いからだろ。人間が育ててる作物ってのは美味くなるように品種改良されたもんだからな。色んな説は有ったが、それが一番説得力の有る説だったよ」
「そういうものですか」
なるほど。美味しいのは人間の方では無かったようです。
チキュウという世界は、やはり平和なのですね。
「こっちに来て俺も体験したが、森の中で食い物や水を探すのは大変だろ?」
「確かにそうですね」
狩猟や採取だけで暮らせれば苦労しませんが、そうも行かないから作物を育てるのですし。
郷の畑で育てていた作物よりも、森の外で口にした作物の方が美味しいことに私も驚きましたから。
わたしが美味しいと感じたのですから魔獣や動物が食べても美味しいのでしょう。
「本来の棲息域は、もっと北部寄りの深い辺りとされているそうなのですが、個体数が増えて森の奥から溢れたのか、数年前から人間の領域での被害件数が増えてきていたそうですよ」
「ふぅん。郷でも似たようなこと言ってたな」
テツさんも首を傾げています。
本来の棲息域ではないショージョーが郷の周辺に現れたこと自体が異常なのです。
食料を求めて出掛けた大人たちが帰って来ない原因が明らかになるまで時間が掛かったことで、すいぶんと多くの犠牲者を出してしまいました。
「はい。生態系に変化が起きているのかも知れませんね」
「ま。郷のことも有るから留意はしておくが俺たちの仕事は魔獣の討伐だからな。こっちに回ってくるまでは、原因が何かを探るのは俺たちの仕事じゃねえ」
テツさんは私たちの仕事として調査の依頼が来ると予想しているような口振りですね。
棲息域の異常がショージョーだけに限らず“魔の森”全体に起こっている異常だとすれば、郷にとっても他人事では有りませんし、森の外に暮らす人々にとっても無視できないものでしょう。
私もそのつもりで居るべきですね。
エテルナさんから聞いている事前情報を思い出します。
イェーティ、ベヒモスともに、人間を恐れず雑食性で凶暴。
同じ環境の地域に棲息して競合するせいで、ともに高い防御力と攻撃力を併せ持つ巨大な体躯に進化したのではないかと言われているそうです。
そして、両者ともに皮の商品価値が高く食肉としても美味。
美味しいだなんて言われば食べてみたくなるのも人情でしょう。
これを乱獲しない手は無いとテツさんは息巻いています。
奴隷③です。
森の異変!?
次回、すれ違い!?」




