冒険者 ㉒
宿の受付カウンターで、恰幅の良い女将に二人分の2泊料金を支払って、部屋に入る。
宿代は朝晩2食付きで一人あたり銀貨7枚。
都会価格はしょうがねえとはいえ、ちょっと高えな。
一人部屋にするか? とケイナに聞いたら二人部屋が良いと即答された。
一人部屋を希望するお年頃までは、まだまだっぽいな?
食事は部屋で摂ると伝えてあるので、配膳まではケイナもマントを脱いで寛げる。
そこそこ小綺麗だし悪くない宿だな。
ベッドに一度寝っ転がってからケイナが難しい顔をしたので敷き布団と毛布を出してやったら、すぐに毛皮に潜り込んですやすやと眠ってしまった。
まだまだ子供だ。
不満を漏らさない強い子だが、そりゃあ疲れてるわな。
食事が来るまで休ませて、メシが冷めないうちに起こしてやるとしよう。
自分のベッドに腰掛けて文字練習帳を開いてみる。
ふうん? 方式は分からないが、手書きの写本ではなく印刷なんだな。
手触りの悪い紙は藁半紙っぽい質感だが、和紙のように粗い植物繊維が見て取れる。
この国―――、というか、この大陸では、1000と数百年前から使われている統一言語があって、国によって文字ごとの発音は違うものの、使われている文字、文法や単語は同一のものだそうだ。
大昔の覇権国家が大陸全土を統一したときの名残だそうで、今でも、地域、地域で、発音が分岐して使われ続けているだけで、書面に起こせば全く同じ書類が出来上がる。
文字ごとの発音表を国ごとに丸暗記してしまえば、複数国家を股に掛ける行商人はどこの国へ行っても言語や読み書きで困ることが無くなるらしい。
便利なようで、不便だな。
練習帳に碁盤目状の文字一覧表が付いていたので、数えてみると、文字数は46個。
二つ折りの綴じ込みになっている一覧表は、縦5マス、横11マスで、1マスに1文字づつの記号が描かれており、空欄が9マス有る。
日本語でもアルファベットでもない記号の羅列に、頭痛を感じそうになる。
どう見ても、自由奔放に育ったモヤシやカイワレにしか見えねえ。
そこで気付く。
・・・んん? 46個?
落ち着いて文字の一覧表を見てみると、どこかでデジャビュな文字配列だな。
宿の記名帳に、ケイナが書いていた、“テツ”の文字の形を思い出してみる。
アルファベットに近い言語なら4~5文字にはなるはずだが、確か、2文字だったぞ。
えーっと?
“テ”が、右から4列目の上から4マス目。
“ツ”が、右から4列目の上から3マス目・・・。
まさかなあ・・・。
児童書を開いて、文字の一覧表と突き合わせてみる。
冒険者ギルドに相応しい全身甲冑の騎士が悪魔のような魔神? と剣を交錯させている、勇ましい劇画調の挿絵が表紙を飾った本だ。
内表紙を捲ると、剣を振り上げた軽装鎧のジジイ? が森で四つ足の魔獣をねじ伏せ、魔法杖を高く掲げたババア? が水辺で触手生物をブン殴っている劇画調の挿絵が目に飛び込んでくる。
ジジイもババアも、なんでこんなに筋肉の描写が妙にリアルでムキムキなんだ?
つーか。その杖の使い方は正しいのか?
ケイナは魔法使いだが、擬装用の杖を滅多に使わないのは仕方ないとして、杖でブン殴ってる姿は一度も見たことねえぞ。
普通に考えて、魔法使いの杖ってのは鈍器じゃねえだろ。
本当に情報が正確なのか怪しいところだが、子供向けの本だろうしな。
挿絵のほうが大きくて、文字が下端に数列だけ横書きしてあるので絵本みたいなものなのだろう。
子供騙しというか、本の目的が文字の習得だから記述の内容そのものには重点を置いていないのかも知れねえし。
まあ、そっち話はどうでも良い。
子供に嘘を教える倫理観を思えばどうでも良いわけじゃねえんだが、今はどうでも良い。
まさか、とは思いつつも、本能的な予感に導かれるまま児童書の文字と一覧表の位置を対比していく。
“ム・カ・シ・ム・カ・シ・ア・ル・ト・コ・ロ・ニ”・・・。
児童書をそっと閉じた。
目が疲れてるのかと、親指と人差し指で瞼の上から両目をグリグリとマッサージする。
「・・・・・・」
表紙の厳めしい7つの飾り文字も矯めつ眇めつしてから一覧表と対比してみる。
2文字目がちょっとだけ小さい気がするな。
“イ・ッ・ス・ン・ボ・ウ・シ”
平仮名かよっ!!
ペシッ! っと、児童書を床に叩きつけちまった。
カタカナかも知れねえが、そんなもんどうでも良い!!
「んん・・・」
あー、ヤベ。
ケイナが目を擦りながら起きちまった。
「なにか、ありましたか・・・?」
「悪い悪い。大銀貨2枚も無駄にしちまったと衝撃を受けてただけだ」
もう、これだけ有りゃあ良いや。
文字練習帳の二つ折り綴じ込みページの50音表だけをドラゴン包丁で丁寧に切り取った。
無駄金じゃねえのに無駄遣い感がどうしても拭えねえんだよな。
大昔から日本人が拉致されてたってんだから落ち着いて考えれば予想の範疇なんだろうが、値段を思えば釈然としねえ。
それなら日本語をそのまま教えた方が良かったんじゃねえの? と思わなくもねえが、色々と事情が有ったんだろう。
いつの時代の日本人が作ったものなのかは分からねえし、複数の日本人が数世代掛けて1冊の本に纏めたのかも知れねえ。
半ば事故みてえな形で後からこっちの世界に来た俺が、今の価値観で文句を付けるのはお門違いってもんだろう。
過去の被害者たちの苦労を思って神妙な気分になる。
せめて、彼らが幸せな人生を送ることができたと願おう。
そんなことを考えながら、冊子をリュックの底に仕舞い込んだ。
冒険者㉒です。
現代日本人なら誰もが通る道!?
このお話で本章は最終話となります!
次話より、新章、第15章が始まります!
次回、お仕事!?




