冒険者 ⑲
ドネルクとケイナと立ち並んで待つこと2分間ほど。
作業場の奥からノシノシと歩いてきたのは胸元から膝までを覆うエプロンを着けた爺さんだった。
老齢のせいか身長は低めだが腕捲りした二の腕は筋骨隆々で、腰が曲がるどころか口ひげを蓄えた厳つい相貌は命の遣り取りを職業にしていたドネルクよりも、よほど人を殺していそうだ。
「大した獲物の納品もないのに何じゃい」
「おう。そこまで大した獲物じゃないが納品だ。解体してやってくれ」
「暇すぎて呆けそうだったからな。やってやる」
呆けそうってお前、頑固一徹を絵に描いたような面してジジイの自虐ジョークかよ。
「ほら。ここで獲物を―――」
「コウモリ臭え」
「あん?」
ドネルクの声に上から被せて濁声が作業場に響く。
「肉にコウモリの臭いが付くだろうが! 汚え格好で作業場に入ってくんな!」
「うわ。マジか! 洗っても臭いが取れねえから着ていた服も捨てたのに、まだ臭えのか!?」
突然怒りだした爺さんに驚くよりも、あのコウモリの臭いがまだ残っていることの方に驚いた。
ドネルクもコウモリの臭さを知っているのか渋面を作る。
「お前。コウモリまで持ってんのか?」
「持ってねえよ! 剥ぎ取った皮膜はリュックに入れなかったし、直ぐに素材屋に卸したから手元の持ってたのはほんの数時間だぞ!」
いよいよ人を殺しそうな目付きで睨み付けてくる爺さんが俺たちの足元を指す。
「臭えのは、そいつだ」
「靴!? あー。そっか。靴はまだ買い換えてなかったな」
新しい靴を買うつもりで居たのに忘れてたわ。
「コウモリの臭いは目立つ。死にたくなかったらサッサと買い換えろ」
臭いが目立つ? 死にたくなかったら?
どういう意味かと考えて、直ぐに指摘された理由に気付いた。
動物は鼻が利くから臭いで俺たちの居場所を気取られるってことか。
相手にするのは草食獣じゃねえんだから、確かに致命傷になり兼ねねえな。
森の中なんてものは食料で溢れているわけじゃねえから、臭いで獲物の存在を察知すれば動物が後を追ってくることも有り得るし、寝込みを襲われる危険性も高まるんだろう。
俺1人なら兎も角、ケイナの安全を第一に考えるべきだからな。
爺さんの指摘は間違っちゃいねえ。
「狩るのも面倒だし、あれは臭いからな。コウモリなんてどこで狩った?」
「なんつったっけな。ヘイレンヤード領? あそこの鉱山にコウモリが棲み着いて鉱石が掘れねえって言うから駆除を引き受けたんだ」
「ヘイレンヤード領ってことは、ガラスの原料か」
地域の産出品まで頭に入っているらしいドネルクが納得顔で頷く。
黙って成り行きを見ていたケイナがクイクイと俺の袖を引いた。
「テツさんテツさん。レイバンさんから何か預かっていませんでしたか?」
「あっ。そういや預かってたな」
すっかり忘れてた。
ギルドで渡せと言われてたんだったな。
ゴソゴソとリュックの中を漁っていると爺さんが睨み据えてくる。
「ヘイレンヤードのレイバンだと? ガラス職人のか」
「そうだが、知ってんの?」
「同じ村の出だからな。アイツが生まれた頃から知っとるわい」
何だ。同郷の知人か。
血縁関係まで有るのかは分からねえが、この爺さんとレイバンは何となく似た雰囲気が有る。
レイバンを知っているのは爺さんだけではなかったらしく、ドネルクも無精ヒゲが薄く生えている顎をジョリジョリと摩る。
「ガラス職人のレイバンか。名の通った職人だな」
「へぇー。あのオッサン、有名人だったのか」
「王宮にガラス製品を納入する程度にはな」
あのオッサンがねぇ。
頑固っぽいオッサンだとは思っていたが、俺の想像の上を行っていたらしい。
「御用職人ってヤツか。腕は良いんだな」
「それで? そのレイバンがどうした」
やっと見付けた封書をドネルクの前へ差し出す。
「こいつをギルドに渡せって言われたんだが、アンタに渡せば良いのか?」
「推薦状? ギルド長宛てだな。俺が預かろう」
表書きを読み取ったドネルクは俺の手から封書を受け取った。
「へそ曲がりのレイバンが推薦するとはな。良いだろう。獲物を出してみろ」
偉そうに腕組みで反り返った爺さんが鼻を鳴らす。
へそ曲がりって、アンタもじゃねえのか?
同族の臭いがプンプンするぞ。
一段落付いたとばかりにドネルクが肩を鳴らす。
「俺はギルドに戻るが、お前らの登録証を届けるようエテルナに言付けておいてやる。後はエテルナから聞け」
「分かった」
コウモリの臭いなあ。
ケイナも居るんだから、もっと気を付けるようにするか。
俺たちを爺さんに押し付けるとドネルクはギルドへ帰って行った。
冒険者⑲です。
意外な人脈!
次回、商品価値!?




