冒険者 ④
「冒険者登録ですね? こちらへどうぞ」
「アッ、ハイ」
1ミリも動じた様子がない女声が淡々と告げる。
うへぇ。小学生の頃の担任教諭みてえだ。
あれ、絶対、目から冷凍ビームとか発射するんだぜ。
どうしようもないクソガキだった俺が悪いんだけどよ。
「加入申請書に記入していただきますが、文字は書けますでしょうか?」
「わたしが」
おっと。ケイナの翻訳魔法で忘れてたが、俺、こっちの世界の文字は読み書き出来ねえじゃねえか。
オバ―――、お姉さんが無差別に照射している冷凍光線の前に敢然と立ち塞がったのは、我らが敬愛するリアルプリンセス、ケイナちゃんだった。
で、サラサラっと。
このオバ―――、お姉さんはケイナに対しては当たりが柔らかそうだな?
オバ―――、お姉さんに書き方を訊きながらケイナが記入した項目は、名前と職種と過去のギルド登録の有無だけだったらしい。
《名前:テツ、職種:戦士、冒険者登録経験:無し》
《名前:ケイナ、職種:魔法術士、冒険者登録経験:無し》
と、そう書いたらしい。
ケイナが書いた文字を覗き込んでみたけどサッパリだわ。
やっぱり、文字と現地語を勉強しなきゃダメだな。
今後は本格的に交渉事も伴うってのに、現地語が分からねえと話にならねえ。
契約事には微妙なニュアンスが含まれることが多くて、その微妙なニュアンスこその部分が利害のキモだったりすることが多い。
契約事ってのは文明社会の基礎だからな。
社会の一員としてルールに従い、取り決めに基づいて労働者は労働力を提供し雇用者は労働対価を支払う。
商取引だって取引する対象物が商品か労働力化の違いで契約事が全てになる。
この根幹を担うものが文字というもので、この根幹を疎かにするものは搾取対象になっても文句は言えねえ。
なぜなら、契約事ってのは相互の信用を賭けた約束で、文明が成熟すればするほど契約事は絶対の判断基準になるからだ。
世の中ってのは語学が堪能なヤツばかりじゃねえから通訳って職業が存在するわけだが、契約事の微妙なニュアンスを正確に伝えられるかどうかで通訳の実力が評価される。
そのぐらい文字や言語ってのは重要なものだ。
すっかり忘れていた自分の課題を再確認している間に、所定の申請手続きは無事に受理されたらしい。
「では、登録証の発行を行いますので、しばらくお待ちください」
「ああ。分かった」
事務的に戻った一礼を残して女性が奥へ戻っていく。
冷凍お姉さんの背中を見送って、内心、息を吐く。
第一段階のハードルはクリアだな。
登録証ってのを作るのにどのぐらいの時間が掛かるのか分かんねえから、平行して用事を済ませちまうか。
「あのー。ちょっと良いッスか?」
「えっ? あ。はい」
別の職員に声を掛けると、奥の作業台っぽい机と向き合っている冷凍お姉さんの方へとチラッと目を向けた後、救援を諦めた様子の職員がノロノロと出てくる。
何か素人臭い子だな。
まだ若い女性の職員だが、冷凍お姉さんは登録証とやらの作成作業中で後ろを向いているから、こっちの様子には気付いても居ないだろう。
何も取って食おうってんじゃねえんだから、そこまで嫌がらねえで欲しいんだが。
「な、何か御用件でしょうか?」
「ここで素材の買い取りをしてくれると聞いたんだが、買い取ってるのか?」
今は晩秋に掛かる季節で気温も低めらしいが、生肉をいつまでも持っておきたくねえからな。
余分な毛皮も荷物になるから処分しておきてえ。
品薄な状況だと踏んだから貸しを作る意味でわざわざ冒険者ギルドまで運んできたんだから、サッサと売りつけて次の獲物を狩りに行きてえ。
そう考えての質問だったんだが、ギルド職員の反応は予想を裏切るものだった。
落ち着かない様子で困ったように眉尻を下げる。
「行ってはおりますが、一般的な食肉や素材は、それぞれ専門に取り扱うお店で買い取って頂いた方が実入りは大きいと思いますよ」
「そうなのか?」
損だからギルドで売るなってことか。
んん? 聞いていた情報と違うな。
当のギルド職員が親切心で言っている様子なんだから、そうなんだろう。
アテが外れた以上、作戦の組み直しが必要だなあ。
一旦、手持ちを処分してから、どこに食い込んでいくべきか情報収集から始めるしかねえな。
冒険者④です。
情報の誤り!?
次回、英雄!?




