状況変化 ㉓
「この穴の底に薪を組んで、その上を生木で覆う。ケイナは薪に火を点けてくれるか?」
坑道の外で薪を用意して運び込むだけなら少しはマシだろう。
リュックに薪の残りも有るしな。
「分かりました。その後は?」
「坑道の入口近くで燻り出されたコウモリどもを迎え撃つ」
あの辺りなら坑道形状が真っ直ぐだし、数百メートルも火元から離れれば煙も比較的マシだろう。
「いつ燃やしますか?」
「明日だな。今日の内に生木を運び込んでおくぞ」
「はい」
鼻詰まり声のケイナが頷いたことを確かめてニオイの発生源から脱出する。
逃げ出すように最奥部から100メートル以上離れれば、臭いがマシになった。
気のせいじゃなく、マシになったと分かるんだよ。
ニオイがキツ過ぎて鼻がバカになってるはずなのに、頭がガンガンと痛くなってくるから臭ってることが分かっちまう。
頭痛がマシになったと言うことは、ニオイがマシになったってことだ。
手短に打ち合わせが終わったのは、ケイナも最奥部に居るのが辛かったんだろう。
半ば駆け足になっているケイナを先行させて坑道を逆戻りする。
転げるように坑道から飛び出して、もどかしく詰め物を取った。
「ぷはぁっ!」
ケイナが荒い息で山腹に背中を預けて脱力する。
酷え我慢大会だった。
俺もケイナの隣に腰を下ろして深呼吸する。
「ああ~。空気って美味いもんだったんだなあ・・・」
「本当ですね・・・」
しみじみと言えば、隣からもしみじみとした返事が返ってくる。
そうは言っても、ニオイが完全に無くなったわけじゃねえ。
これは、どこから臭ってるんだ?
足を上げて靴の裏を確かめてみても汚物が貼り付いているわけでもなかった。
汚物を踏まねえように気を付けてたしな。
しばらく脱力して呼吸が落ち着いたところで袖に鼻を近付けてみる。
途端に脳天まで突き抜けるような悪臭で鼻がもげそうになった。
「臭っ!!」
「うわぁ・・・。服にもニオイが染み付いてますよ」
ケイナも袖に鼻を近付けようとして、20センチメートルも離れた辺りで嗅ぐのを諦めたようだ。
「マジかぁ」
最奥部に入ってから出るまでで5分間ほどだっただろ。
俺もケイナも、どこにも触れてねえし、空気中に漂うニオイだけでコレか。
汚物塗れの岩石にツルハシを振り下ろして破片を浴び、汚物塗れの鉱石を直接手に取るようなことになれば、もっと酷えことになるのは簡単に想像が付く。
俺たちも、あんな場所で決戦は出来ねえ。
やっぱり坑道内の入口辺りで待ち伏せするのが最適だろう。
「ほんの少し居ただけでこれじゃあ、鉱石なんて掘ってらんねえわなあ」
「でしょうね」
溜息雑じりにボヤけば、ケイナからも疲れたような溜息雑じりの返事が返ってきた。
「休憩がてら馬まで薪を取りに行こう。一気にちゃっちまわねえと鼻が耐えられねえ」
「髪を洗いたいんですが、作業が終わるまで我慢します」
気丈な口調でケイナは言うが、女の子にコレはキツいだろ。
そこまで緊急性が高いわけでもねえのに仕事を請けちまったのは俺の身勝手だ。
腰を上げてケイナと並んで管理小屋への道を戻る。
「付き合わせちまって悪い。水浴び出来ねえか訊いてやるからな」
「何を言ってるんですか。私の意志でしていることですよ」
気遣ったつもりで口にした言葉への返事は、キッと目を強くしたケイナから反論だった。
「そっか。そうだったな」
本当に気丈なことで。
いや。俺の間違いだったのは分かってる。
気遣ってるようで、そんなもんは俺の勝手な気持ちの押し付けであって、ケイナの意志に添ってるかは別問題だからな。
ケイナの意志でも有る以上、余計な気遣いはケイナの意志を尊重していないことにもなりかねねえ。
気高いとか誇り高い女ってのは、こういうのを言うんだよ。
ケイナを見てると、ついついカナを思い出しちまう。
アイツも気丈だったからな。
管理小屋のドアをノックすればビクトルが顔を覘かせて、俺の顔を見た瞬間にドアを閉めやがった。
この野郎・・・。
「臭えから小屋には入れねえぞ!」
「分かった分かった。陽が暮れてからで良いんだが、どこかで水浴びは出来ねえか?」
ドア越しに喋るなんて失礼極まりねえ話だが、これはまあ、しょうがねえな。
今の俺たちはそのぐらい臭え。
「小屋の裏に洗濯場が有るから、そっちを使え! 井戸も有る!」
「おう。分かった」
ほう? 鉱山の麓だと水が出るんだな。
そうでも無けりゃあ、町から離れた鉱山には住めねえか。
「本当に駆除できそうか!?」
「今日は下準備だ。駆除は明日決行する」
「ヨシ! 頼んだぞ!」
ドア越しに聞こえるビクトルの声からは期待感が感じ取れた。
人に対する礼儀は感じ取れなかったけどな。
状況変化㉓です。
気高きエルフ!?
次回、燻製!?




